三冊目 thousand
なんてことはない日常
第37話 誕生日
2023年7月20日。
俺たちは地球へ向かっている。
まあ、これまでも何度か行き来しているんだけど。
マイル先輩が出場する大会を見に行ったり、弐瓶教授とドーナツを食べたり、隣の篠原家とバーベキューしたり。ただ、俺が四方谷家の敷居をまたぐのは、マジで久しぶりのことになる。モアは何度か出入りしているけどさ。
あんなことがあって、おばあさまとはさらに顔を合わせづらくなってしまっていた。心境的に。いずれ向き合わなければならない問題を、先送りにしている自覚はある。特に弐瓶教授はおばあさまともそこそこにやりとりしているらしいから、弐瓶教授経由でも俺が地球に来ていると知らされている可能性は高い。
モアからは情報ダダ漏れじゃあないかな。おばあさまもおばあさまで、宇宙人大好きだから『ものすごく遠い星』のことを聞きたくて聞きたくて仕方ないだろうし。二人の会話の中でポロッと、モアが喋ってしまっているシーン、想像に難くない。
おばあさまがどう思うかを考えてほしいよ。いや、まあ、そう。俺が、――帰りたくなってきたな?
「ダメだぞ!」
自動操縦を切ろうとしたらモアに阻まれた。
だいぶ使い慣れてきたなこの宇宙船も。
「タクミの誕生日を祝うために色々サプライズを準備してきたから、主役不在では興醒めだぞ」
「サプライズなら、相手にバラしちゃダメだろ」
「内容は話していないからセーフだぞ!」
危ないことじゃあなければいいけど。
具体的には俺がケガするとか、まずいもの食べさせられるとかさ。
「また宇宙店主に相談して、ツキウサギを仕入れてもらっているぞ」
ツキウサギ。『ものすごく遠い星』に移住して判明した情報で補足すると、この『ものすごく遠い星』がこっちの太陽系でいうところの地球ポジションにあって――要は、水金地火木の地の部分に相当していて――モアの言っていた〝月〟は『ものすごく遠い星』の衛星の〝月〟の話をしていた。そりゃあウサギも住んでいるし、もちつきをする。カニもいるし、ライオンやワニもいる。食材として一番人気なのはウサギ。その毛皮も重宝される。他の動物たちは〝月〟の環境に適応しすぎていて食用にはちょっと向いていないらしいよ。
こいつらが地球に住まう動物の姿と似ているってのは、モアが恐怖の大王に送っていたレポートで判明したことでもある。あの杜撰で雑な五点満点中一点みたいなレポートにも意味があったってことで。よかったよかった。
「ああ、あれかあ」
美味しかった。
皮はパリッとしていてペキンダックみたいなんだけど、ペキンダックみたいに肉は捨てるんじゃあなくて、肉にもちゃんと肉汁が残っている。細かい骨も軟骨みたいで、歯ごたえがあって、むしろこれだけを塩焼きにしてもイケるような。付け合わせのさっぱりとしたマーマレード入りのソースもぴったり。そりゃあ乱獲されるよなって納得の味だった。
『ものすごく遠い星』に来てからというもの、結構忙しかったせいか空腹感が鈍っていて、食べなくてもいいやぐらいになっていたんだけど、ツキウサギの丸焼きを思い出したら急におなかが鳴った。飯食わないぐらいに忙しかったくせにお忍びで地球来るなよと思われるやもしれないけど、忙しいからこそ、ほら、息抜きがしたくてさ。
「レイもマリオも大層喜んでいたからな。奮発して三羽だぞ」
「三羽も焼ける……? 四方谷家のオーブン、そんなに大きくなかったし一個しかないよ?」
「近所の高級イタリアンにオーブンを貸してもらえるように取り計らってある」
「用意周到だな」
これも俺を祝う準備のひとつなのだろう。
モアは得意げにふんふんと鼻を鳴らした。
「ケーキも焼いたぞ! 我とタクミのぶん!」
「我と?」
「うむ!」
食欲旺盛なモアのことだ。
みんなで食べるぶんと、自分一人が食べるぶんとを作っていてもおかしくはないか。
「我も誕生を祝われたいぞ!」
……?
そういや、モアの誕生日を知らないな。仕事の関係上、参謀と話す機会が多いから色々と情報交換をしているんだけども。『ものすごく遠い星』に誕生日を祝うような文化はないっぽい。参謀に「失礼ですが、おいくつですか?」と訊ねたら、彼なりの怪訝な顔をされたのを思い出した。
「我とタクミは運命共同体だから、その、人間的に大事なイベントであるところの誕生日も一緒だといいなって思って」
俺の反応がイマイチだったからか、モアは両手の人差し指をくっつけたり離したりしながら補足した。誕生日ってそういうものじゃあないんだけど。真理央くんの誕生日会に参加して、うらやましそうにしてたのは見てたし、人間の真似事をしている宇宙人としては憧れみたいなものもあるんじゃあないかってのはわかる。わかるけど、誕生日ってそういうものじゃあないよ。
「タクミ、忙しそうだから、大掛かりなイベントは同時に終わらせたほうがいいかなとも」
しょぼくれている。忙しそうじゃあなくて忙しいんだよな。大佐は「次の星を侵略」とうるせェし、俺は参謀と同意見で内政をどうにかしたいし。星の現状をよく考えて、国力ならぬ星力を上げたほうがいいと思う。手始めに食料自給率の改善。他の星との物々交換に頼りきりでは、もしよそから裏切られたり、よそに侵略されたりしたら共倒れだよ。
「そっか」
モアは恐怖の大王の側近という立ち位置なので、そういった実務的なあれこれは降りかかってこない。作戦に従い他の星に乗り込んで侵略活動をする。その作戦がどういった内容なのか、その裏までは知り得なくていい。
戦力の一人として数えられているけど、俺はモアを戦わせるつもりはない。恐怖の大王のそばに仕えていてほしい。モアの視点では俺ばっかり忙しそうに見えるんだろうけどさ。モアには戦ってほしくなくて、俺は動いている。
大佐がモアを兵器みたいに言うんだ。
俺にとってのモアは、俺のことが大好きな女の子なのに。
『ものすごく遠い星』の人たちと話していると、アンゴルモアっていう別の人がいるように感じることがある。
結構高頻度で。
「今日はこうして、二人きりになれて嬉しいぞ!」
宇宙船は自動操縦だから、あと三分ぐらいで地球に到着する。
実は三分で人類を滅亡させるぐらいの力を秘めているらしい隣の家の奥様と同じ顔をした女の子は、俺の唇と自らの唇を重ね合わせた。
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