☆縺翫∪縺医?隱ー縺?  〈前編〉

 ソイツは言った。


「おれとふたりで、アナタの息子を育てていきませんか?」


 ソイツはおれと。背格好がトレースしたように一致している。服装も、今着ているものとまんま同じ。最初の嫁とのハネムーンで買ったオートクチュールのコートは、オートクチュールだから同じものが存在してはいけないのにね。おれたちが騙されてたって話になっちまう。


 おれは最初の嫁に裏切られたんだけど。


 笑えない。


「はあ?」


 おれは参宮隼人さんぐうはやと。二回の離婚歴を持つ、女運が壊滅的な冴えない男。いずれにせよあちらさんが悪い。一回目のほう――最初の嫁は、仕事から帰ってきたおれにカップ麺しか出さないような女だった。付き合っていた頃はお料理教室に通っていて、食べたいものは言ってくれたらなんでも作ってくれる風の素振りを見せてくれていたのにね。実際、おれんに来たときにゃあアクアパッツアだとかティラミスだとかを振る舞ってくれちゃったから、ありがたくいただいて釣られちまったわけだよ。


 実家はビンボーで、中学ん時にぐんと身長が伸びたおれは年齢を偽ってバイトしまくっていた。朝は新聞配達、昼間学校で爆睡、夕方からパチスロ屋のホール。タバコの煙でいぶされながら「おれははなりたくねーな」と思っていた。高校は定時制に通って、バイト先をシフトの融通が利きそうな――ぶっちゃけあんま利かなかったけど――コンビニに変えて、なんとか卒業。働きぶりをオーナーが評価してくれた結果、コンビニの雇われ店長になる。高卒で、特に資格も持っていないおれの就職先を探すのに難航していたから、二つ返事で店長になった。


 最初の嫁との出会いは、あちらさんがバイトとして応募してきたところから。なんだか可愛い子が応募してきたぞとオーナーから聞いて、面接して、シフトを決めて、ふたりで働いているうちに流れで付き合うことになる。結婚したのは、長男の英伍えいごができたから。おれの父親はおれの就職が決まってから「もういいな」と言い残してどっか行っちまっていた。母親は脳卒中でぶっ倒れて、おれが家へ寝に帰ってきた頃には亡くなっていたから、そんときおれは天涯孤独の身。一人っ子だから、実家がそのまんまおれの家になった。上野のマンションの一室だけども、三人暮らしにもう一人増えても問題ないっていう広さと、余らせている一部屋がある。あちらさんのおうちにご挨拶するぐらいで、結婚前のいざこざはなかった。


 夕飯のカップ麺生活は、子育てが大変だからだって言い聞かせていたんだよ。英伍にはちゃあんと作ってくれていたからね。おれは手のかかる子どもだったって、生きていた頃の母親によく言われたもんだ。


 おれの子どもには大学までは行ってほしい。そう思っていたから、将来かかるであろう教育費は、嫁に預ける生活費の他に貯蓄してあった。なんだか通信教育だったり、塾だったり、習い事だったり、いろいろやらないといけないことがたくさんあって、それらにお金がかかる。コンビニも人手不足で、べらぼうに働いて、結婚前と変わらず家は寝床みたいになっていた。


 そうやって家庭を顧みなかったのが、悪かったんかな。

 あちらさんもあちらさんで、おれのことは金を稼いできて、気が向くと一緒に寝るだけの相手になっていたわけで、おれだけの責任じゃあない。


 そんで、二人目ができたことは知らされず、おれの心は別の女性に移ろっていた。

 二番目の嫁。おれが絶賛ワンオペ育児中の息子拓三の、母親。


 オレンジ色の瞳の、年上の女性。一目見ただけで恋に落ちたね。通常業務が手につかなくなって、高校一年生のバイトくんから「体調悪いんすか?」と心配されたぐらい。

 彼女がコンビニにキャッシュカードを落とさなければ、接点は生まれなかっただろう。それに、この好機を逃したら、もう二度と出会うことはないと思った。あちらさんからの電話から、キャッシュカードを返却するていで、デートの約束を取り付けて、勢いで告白する。断られたら力づくでホテルに連れ込むつもりだった。既成事実を作ろう。でも、オーケーされたから、卑劣な性犯罪者にはならなかった。


 おれはおれの女運の悪さってやつを、みくびっていたのかもしれねえ。


 二番目の嫁はいいところのお嬢様で、おれみたいなのと付き合うのを、親として認められないと言ってきた。結婚なんてもってのほかだと。それでも(そんときは)おれと彼女はラブラブだったから、こっそり届け出をして、いそいそと子どもを作った。おなかが大きくなるにつれて、お嬢様のご両親も認めざるを得なくなる。挙げ句の果てには経済的に援助してくれるようにまでなったのだから、孫のパワーはすごい。


 お嬢様の気が変わったのは、この息子が誕生してからだ。唐突に別れを申し出された。理由を聞けば、おれに前妻との子どもがいるのは嫌だとか、パパとママのお金を湯水のように無駄遣いするクズ野郎だとか、散々なことを言ってくる。おれだって最初の嫁との結婚後の生活がこうなるってわかってたら結婚してなかったよ。女さんわかんねえ!


 口論の末、二番目の嫁はどっか行ってしまって、連絡がつかなくなった。ご実家のほうに行ったら門前払いされてしまったよ。手元には息子が残る。何が悪かったんだろう。とはいえ、この子を河川敷に捨てるわけにもいかねえから〝拓三〟と名前をつけて育てているって話。


「苦労されているのですね」


 おれの半生を黙って聞いていたおれのそっくりさんは、そんな感想を述べた。まあな。皮肉にも最初の嫁との子のために貯蓄していた金のおかげで、仕事量を減らして育児に時間を割いてもなんとかやっていけている。苦しいっちゃあ苦しいから、誰かに助けてもらえるんならありがたい。


「そんな子どもをおいて、どうして一人でブランコを漕いでいるのですか?」

「……怒鳴っちまったから」


 心にもないことを言った。怒りに任せて「生まれてこなければよかったのに」とまで。拓三は身体を硬直させてその場に立ちすくんだ。オレンジ色の瞳が、急激に澱むのがわかった。母親から引き継いだ、宝石のような目。見ていられなくなって、公園まできてしまった。


 いうて、拓三がおれのパソコンに触ろうとしたのも悪いよ。

 売上データとか、シフト表とか、消されたら困るじゃん。


「おれは、アナタの息子を監視するよう、アンゴルモアから命ぜられて地球にやってキマシタ。なので、おれがアナタの姿を借りて、アナタは仕事に全力投球しおれはアナタの息子を育成。二人三脚、分業制でどうでしょう?」


 地球にやってきた?

 ソイツはおれの隣のブランコに座って、見よう見まねで漕ぎ始める。


「おれは、アナタがたの常識から言いマスと、宇宙人です。偵察隊の一人デス。アンゴルモアは、地球の侵略者でありますが、アナタの息子になのであります。ただし、アンゴルモアは恐怖の大王の許可がなければ城から出られませんで、おれに白羽の矢が立ったのです。おれの名前は、便宜上フランソワとでも呼んでクダサイ」


 はあ。

 おれは馬鹿だからわかんねえや。


「その、フランソワさん?」

「ハイ」

「おれとしては、助けてくれんのはありがてえから、頼んでもいいか?」


 おれが仕事場にフルタイムで復帰できるのは、みんなにとっても朗報だ。

 フランソワさんの宇宙人設定はついていけねえけど、拓三の面倒を見てくれる人、おれの周りにいないもん。

 そっちはそっちで拓三を監視しなきゃならないなら、一石二鳥だよ。

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