第34話 帰郷
恐怖の大王が地球に着陸する――予定の時刻となった。
スマホを右手に握りしめて、ダイニングテーブルのモアの席に座り、どっからどうみても武器は持っていないしなァんもしませんよって顔をしながら臨戦態勢だった弐瓶教授の右手めがけて銀色の小さな飛行物体が体当たりする。
ハエぐらいの大きさだ。ギリギリ人間が飛んでいるのを視認できるぐらいの速さで飛んでいる。
「のー!」
不意打ちにしては結構痛かったらしく、弐瓶教授はスマホを落としてしまった。
フローリングに画面が叩きつけられる。なんかぴきっと音がした。嫌な予感しかしない。
近くにいたおばあさまがスマホを拾い上げ「あらまあ」と言いつつ割れた画面を俺たちにも見せてくれた。
スマホが割れた時のお手本みたいな割れ方をしている。クモの巣みたいな。
「マジでぇ?」
ぶつかってきた箇所をこすりながら、弐瓶教授はおばあさまからスマホを受け取り「わ、電源入らないじゃーん!」と悲鳴をあげる。
弐瓶教授の野望、一発で潰えたじゃん。
こんなオチってあり?
「大王様がいらっしゃったぞ!」
モアがリビングで片膝をつく。
見れば、リビングのソファーとテレビまでの空いているスペースへ弐瓶教授に手痛い一撃を喰らわせた銀色の小さな飛行物体が着陸した。
これに恐怖の大王が搭乗しているにしてはずいぶんと小さすぎやしないか、と人間一同は首を傾げていたら、その飛行物体はなんらかの――おそらくは〝コズミックパワー〟でグイッと巨大化する。
次の瞬間には銀色の円盤が出現していた。
世間一般的には
「あらあら!」
おばあさまが嬉しそうに自身のスマホを取り出して写真を撮り始める。
本当にこういうのってこういう形をしているんだな……俺も撮っておいて、マイル先輩に自慢しよう。
「繧医>縺励g」
謎の音声が円盤のほうから発せられて、円盤の下からにょきっと足が生えてきた。
どう見ても人間の足。ひざの部分まで。細くて、毛が生えていない。
見守っているとさらに「縺ゥ縺」縺薙>縺励g」と日本語とは思えない音声が聞こえてきて、人間のヘソの部分まで――かぼちゃパンツを穿いた下半身が現れる。
「ワレワレハウチュージンダ」
呆気に取られている人間たちへと、ようやく意味のわかる言葉が投げかけられた。
ヘソから上に銀色の円盤をかぶったまま。女の子の声で。
「あの、大王様! お顔を見せていただけませんか!」
この空間で動けるのは宇宙人のモアだけだった。
いや、別に何かされているってわけじゃあないけどさ。
宇宙人のほうからまさかワレワレハウチュウジンダが聞けるとは思わないじゃん。
人間のやるボケの一種じゃあないの、コレ。
マジで本物の宇宙人がウチュウジンダって言うもんなの?
我が耳を疑っちゃうな。
我々って言ってんのに明らかに一人だし。
モアが「到着してからこう言うとウケますよ」って事前に伝えてたんだとしたら、滑ってるよ?
滑ってるっていうか、人間たちは困惑しているところ。
「繧ソ繧ウ縺輔s縲√%繧悟、悶@縺ヲ」
恐怖の大王が足を踏み鳴らして謎言語を発すれば「了解しました」とモアは銀色の円盤を引っ張り上げた。
飛行物体のほうに持っていかれていた
髪の毛はツインテールに結ばれていて、身長は1メートルないぐらいの女の子がバンザイの格好で現れた。
「ひいちゃん……?」
その顔は、ひいちゃんに――
そっくりなんてもんじゃあない。
本物だよ。
このひいちゃんが本物じゃあないなら何なの。
あの日死んだわけじゃあなかった。
あの日の朝のまま、そのままのひいちゃんがいる。
俺を見送ってくれた、あの時。
「ははは」
俺の目の前に、こうして、生前と全く変わらない姿でさ。
もう一度会えたじゃん。
ひいちゃんはいい子だったから、死んでなくて、きっと『ものすごく遠い星』に行ったんだ。
俺のそばにもいてくれたけどさ。
「ひいちゃん、俺だよ、おにいちゃんだよ」
俺の歩みを「タクミには一二三の姿に見えるのだな」とモアが阻む。
どうしてそんなことを言うの。
どこからどう見てもひいちゃんじゃん。
「ははははははは!」
あの『ものすごく遠い星』に転生したひいちゃんが、その姿のまま、俺に会いにきてくれた!
転生だのなんだの非科学的だと思ってたけど、宇宙人がいるんだし。
今この現実も、俺の思い通りにはいってないじゃん?
家にいても嘘をつき続けて、隣には義理の姉が引っ越してきちゃって、研究室には将来有望なスターがいて。
俺は何。
俺には何があるの?
モアはモアへの愛があるって言ってくれたけど。
ひいちゃんだけが俺を救ってくれる。
あの日、おにいちゃんという居場所を作ってくれたようにさ。
「おにいちゃんどいて! そいつ倒せない!」
背後からは弐瓶教授が歯を剥き出しにしてひいちゃんに飛びかからんとしている。
キャンキャン吠えやがって。
チワワみたいな瞳だと思ってたけど、性格まで子犬みたいだな?
なんでひいちゃんを倒す必要があるのさ。
ひいちゃんはとってもかわいい俺の妹で、五歳の女の子だよ。
俺から二度もひいちゃんを奪うの?
「そいつは恐怖の大王で、人類の敵なのん!」
「黙れ!」
俺がひいちゃんだって言ってるじゃん!
弐瓶教授はいいよな。
スマホは壊れちゃったけど、渾身の一作である催眠アプリはどうせバックアップ取ってあるでしょ?
再インストールして、左うちわの生活を続けていくんだろ。
「ひいちゃん、大きな声出してごめんね」
やり直そう。
あんな事故なんてなかったよ。なかったんだ。
ないから、五代さんとの因縁も存在していない。
ひいちゃんと俺とで二人で生活していこう。
「我は?」
寂しそうな顔でこちらを見ているモアと目が合って「俺にも好きな人ができたんだよ」とひいちゃんに語りかける。
ひいちゃんは妹だし。
たとえ血が繋がっていなくとも、妹とは恋人にはなれないじゃん?
俺はおにいちゃんなんだからさ。
ひいちゃんと俺とモア、三人で、平和に暮らしていきたい。
ひいちゃんのそばにいたい。
モアとも恋人同士でいたくて。
結婚は、まあ、そのうちできたらいいけど。
三人一緒、そのほうが、俺は幸せなはず。
ここでこうして、いつか終わりがくる日常を過ごしていくんじゃあなくて――。
「この家の
スラスラと日本語が出てくるじゃん。
しばらく見てないうちに流暢になったなァ。
例の『ものすごく遠い星』には日本語講師がいるのかな。
ひいちゃんに問いかけられたこの家の主人の妻、おばあさまはこれまでに見たことのないような複雑な顔をしている。
映画を観終わって、そのオチが腑に落ちなかった時よりもシリアスな。
即決じゃん?
俺なんて、この家にいないほうがいいでしょ。
別に真尋さんと血が繋がってるわけでもないしさ。
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