もしも願いが叶うなら
第33話 迎撃準備
ビッグサイトで恐怖の大王からの
ずいぶん急な話だよな。……ついにバレたか。
モアには地球を侵略する気がこれっぽっちもないってことがさ。
最近は俺の写真を送りつけていたらしいし。
クソ雑レポートよりも価値ないじゃん。
気もそぞろに第五試合まで観戦して、モアは「大王様をお迎えする準備をしなくては!」と帰ってくるなり隅々を掃除し始める。
というか、家にくるの?
「あら?」
普段と様子が違いすぎておばあさまが心配し、俺に答えを求めて目配せした。
俺にもわからないから「大王様って、人類を滅亡させにくるんじゃあないの?」と右手に毛ばたきを持って一心不乱に色んなところをパタパタしているモアに問いかける。
「モアちゃんの上司さんがうちに来るのかしら?」
恐怖の大王を上司さん扱いする人類、おばあさまぐらいだよ。
モアは掃除機を持ってきて「そうだぞ!」と答える。
「というか、恐怖の大王が来る条件ってモアが人類を滅亡させる任務を失敗した時じゃあなかったの?」
あとはレポートが途絶えた時とか。
前世とやらでは俺がモアを妊娠させたとか。
「そうでなくてもタクミに会いたいと」
俺に?
おばあさまは「ご指名なのねー」と他人事だけども、いつの間に地球人代表みたいな立ち位置にされてんの?
「一週間後までに、大王様が認めるような男にならねばな」
「そんな短時間で人類の命運をかけて鍛えなきゃいけないのか!?」
かつてないレベルの責任がのしかかってきた。
一週間といわずせめて一ヶ月、いや、一年ぐらいほしかったよ。
期間が長ければ長いほど、問題は先送りにできるしさ。
「いい考えがあるわ」
なんでしょうかおばあさま。
亀の甲より年の功と言いますけども、おばあさま。
「零ちゃんの力を借りましょう」
おばあさまはその類い稀なるコミュ力の高さで、隣の家の俺の姉(母違い)とも親しくなっていた。
力を借りるって、ああ、本業モデルだし?
食事管理とか運動とかちゃんとやってそうだよな。
肉体改造の前に精神的に痛めつけられそうで俺は嫌だから「嫌です」と素直に却下する。
ツンデレのツンの部分が強すぎるんだよあの人。飴と鞭の鞭が無限に飛んできそう。一週間耐え切れない。
俺が勝手にツンデレ認定してるだけで実際はデレ要素ねぇかもしれないけど、そこはほら、おねえちゃんとして、弟に情けをかけてくれてもいいんじゃあないかって期待しているところで……。
「付け焼き刃でどうこうしようとしても、うまくいかないと思うよ」
もっともらしいことを言ってみる。
恐怖の大王はありのままの俺を――いつの間にか撮られていた日常の風景の写真を――見ているわけだしさ。
急激に別人みたく変わってても驚かれるだけだろ。俺がなんかの病気にでもかかったみたいじゃん。
「大王様に、俺のことなんて言ってんの?」
写真だけでなく
モアは一回背筋を伸ばしてから、ちょっと照れくさそうに「タクミのことは、包み隠さず、結婚を前提に付き合っている彼氏だと」と答える。
「我とタクミの馴れ初めからな、1999年の7の月で出会ったとき、そして、不忍池のほとりで成長した姿に再会し、
恐怖の大王とモアの関係性、単なる上司と部下とは違いそうな気がしてきた。
おばあさまも「お父さんが娘の結婚相手を見にくるような感じかしらね?」と認識を改める。そういう感じか。一度もそういう経験ないけども。
モアから話を聞いて、俺がモアの相手としてふさわしいかどうかを品定めしにくるの?
「俺の優れた点って何?」
最初の頃は高学歴高身長高収入だとかなんとか言ってたけど。
高収入にはまだなっていない。収入ならマイル先輩のほうが上だろ。この前の大会の賞金もあるし。
「我を誰よりも愛してくれること」
恥ずかしげもなく言ってくれる。
おばあさまが「あらあら!」と囃し立てて俺の背中を叩いてくれたおかげで呼吸ができた。
「そう?」
俺も、と言ってやれたらいいんだろうけど、口をついて出てきたのは否定とも肯定とも取れない言葉で。
その言葉を受け取ったモアはいつものように「そうだぞ!」とは返さずに「こういうのはしちゅえーしょん? が大事だったのだな。ふたりきりのときに言おうと思う」といつもの人差し指のクセをし始めて、この会話は終わった。
* * *
翌日の弐瓶教授の研究室にて。
「お前はいつもそう。何度でもおんなじ過ちを繰り返す。学習しないなら動物以下じゃんか」
このセリフを聞いて改めて、マジで俺に対して辛辣だよなァこの人は、と思った。
モアから直接、弐瓶教授に「大王様が地球にいらっしゃるぞ!」と伝えたときのセリフだよこれ。
「おおかわいそうな安藤モアよ。今回こそはかわいい赤ちゃんを産んでほしいよん……この地球は恐怖の大王によってはちゃめちゃクレイジーな世界になっちゃうけど、私はモアちゃんとこの子の幸せを祈ってるからねん……」
弐瓶教授はモアのおなかをさすりながら妄想で盛り上がっているけど、中には誰もいないよ。
モアの顔が赤くなっているのは、あれかな、妊娠初期と間違えられるぐらいに下腹部が膨らみ始めてるから……?
というか、弐瓶教授も例の前世ってやつを知ってんの? 知らないのって俺だけ?
知らないほうが幸せってやつなのかな。
たまにこうして蚊帳の外に追いやられるわけだけども。
「ユニ、大王様はタクミに会いにくるのだぞ!」
「今回の人類はむざむざやられないのよーん。抵抗するで! 拳じゃなくて! スマホで!」
会話がすれ違っている。
その場のノリで結成された侵略対策委員会の大一番だと、信じて疑わない。
モアの話を聞いてやってくれ。
でっかい胸を揺らして「とうとうこの日が来ちゃったってこーと!」とどこからか溢れてくる自信で光り輝きながら言い放つ弐瓶教授。
まあ、恐怖の大王対策として地球を守りたい派の宇宙人のモアと共同研究してたっぽいし。
何ができたんだか知らないけど。
「人間以外にも効くようになっているのはお台場のサメで実証実験済みだしだし。恐怖の大王もガッツリばっちり撃退!」
お台場にサメがいたら怖いだろ。
曲がりなりにも東京湾なのにさ。
「ユニ、その催眠アプリについて我からタクミに話してもよいだろうか?」
催眠アプリ?
そんなAVみたいなもん作ってたの?
弐瓶教授が「いいよーん」と許可する。
二人で示し合わせて俺を騙そうとしている風ではない。
「これまでもユニはあのスマホで、人間の記憶を
やばいじゃん。
ガチで効果があって、弐瓶教授はそれを使いこなして?
「教授が教授になったのも?」
俺が疑いの目を向ければ「大学教授って楽そうじゃーん?」と言いながら水色の前髪をくねくねしている。悪びれる様子がない。
自分の研究室を持って自分の城みたいにして、学生の面倒をたまにみている。
まあ、楽といえば楽なのか?
教授として最低限やらねばならないことも回避してそうだよな。やったことにして。給料泥棒じゃん。
「我がサメに会いたくて海に行ったとき、催眠アプリでサメを呼び出したのだぞ!」
「海に行ったのにジョイポリスで遊んだ記憶しかない、あの日?」
俺の誕生日当日な。
「いまモアちゃんが説明してくれたことも、私のこのスマホワンタップで記憶から
前日まであんだけサメの話をしていたモアなのに、午後には全くその話をしなくなったもんな。
言われて思い出そうとしてみれば、ゆりかもめを降りてお台場海浜公園に到着した直後から記憶がすっぽり抜け落ちている。
抜け落ちて、そのあとは屋内に移動していた。
「そんだけ強力なものを完成させていて、恐怖の大王に立ち向かおうと?」
「ぶいぶい」
ピースサインを作った弐瓶教授は「こうして私は人知れず世界を救うのでした。めでたしめでたしってこーと!」という一言を添えてにやりと笑ってみせる。
なんだそれ。
恐怖の大王とこの人と、どっちが真の悪なんだかわかんねェな?
俺はさ。
俺個人の意見だけども。
こうやってモアと一緒に暮らしてきて、宇宙人だろうが侵略者だろうが、そんなに恐れるような生命体じゃあないんじゃないかって思っている。
人間となんら変わらないよ。
だから、恐怖の大王が来訪しても、実はうまくやっていけるんじゃあないのとも思っていて。
そんなおかしなアプリなんて使わなくてもさ。
最初っから全力で人類を滅ぼそうとしてんのなら、前もってモアに連絡してこないでしょ。
そのまま文字通り、文面の通り、俺に会いにくるために来るんじゃあないの?
見る人が畏怖する姿に見えるんだっけ。
モアにはウツボに見えるらしいんだけども、俺には何に見えるのかな。
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