第32話 組曲『惑星』作品32.1 火星
前評判では古豪や、海外の凄腕プレイヤーを招致したチームが一位通過するんじゃあないかって言われていたけども。
蓋を開けてみればMARSの独壇場だった。
「
スクリーンに大写しになったのは、マイ――マイル選手が一人で相手チームの四人を倒して壊滅させたシーン。会場全体が沸き立っていた。実況はもはや席に座っていない。隣のマイル選手推し女子たちも大興奮で、立ち上がってうちわを振り回している。俺はうちわをぶつけられないように身を縮こませた。
このゲームはバトルロイヤル形式で、各チームの四人の選手のうち一人でも生き残っていればそのチームに15ポイントが入る。一人倒すたびに加算されるポイントは1ポイントだから、一試合のうちに20キルを達成してしまうのはとんでもないこと。ってのは、ルールをちょっとかじった程度の俺でもわかるんだけど。もうちょい落ち着いてくれ。耳がおかしくなりそう。
一位と二位のポイント差は広がるばかりで、以下は団子状態。
予選の出場権がかかっている三位争いが熾烈となっていて、食らいつけないであろう下位チームは上位チームの嫌がらせと言わんばかりに装備の揃っていない段階で突撃したり待ち伏せ作戦をしたりしている。
相手がMARSだった場合はご愁傷様としか言いようがなく、
普段はおどおどしていて、気弱な感じで、出かけるのにキーボードとマウスを持ってきてしまうようなちょっと天然な一面のある青年と同一人物とは思えない。モアのお仲間がマイル先輩の姿をコピーしてるんじゃあないかって疑っちゃう。あるいはユニフォームを着用すると性格が入れ替わるとか人格が豹変するとかさ。
第十試合まであり、今日行われるのは第五試合まで。
今日ダメでも明日で巻き返せれば……って、俺はMARSのファンなんだからこの絶好調のまま明日も逃げ切ってくれることを祈ればいい。
第四試合が終わった時点でのランキングを一目見るなり、モアは「こんなに差がついてしまっては飲み物に毒を入れないと勝てなさそうだぞ」と口をへの字に曲げて言った。
どのチームの味方なんだよ。いやまあ、素人目には圧倒的すぎてつまんないって話か。
「まあ、そんなことするチームはいないだろ」
俺はスマホでドバイのお土産について調べている。
何買ってきてもらおう?
「推しが今日もカッコ良すぎて……」
「ドバイの旅行券調べとかな」
この子たちは現地までついていくつもりか。すごいなファン。
日本からドバイって、フライト時間どんぐらいかかるんだろ。
俺は行きたくねェけど。暑そうだし。というかパスポート取らないとダメじゃん。
「ふむ」
モアはスマホ――じゃなくて、腕に収納している『ものすごく遠い星』で生産されているスマホもどきのほうの画面を見てから、腕を組んで、何やら考えごとをし始めてしまった。
食いしん坊なモアのことだし、ドバイで何が食べられるかでも考えてるのかもしれない。
金持ちの国だからなんでもありそうだよな。
「ほーそーせきー! ほーそーせきー!」
スピーカーからの女性の声で、観客はスクリーンに注目する。
マイクを持った黒髪ショートカットのこの人は「選手席リポーターの小島でーす!」らしい。
「本日最後の試合の前に、現在一位のMARSに突撃インタビューしちゃいまーす!」
現在一位というかもうこの点差がひっくり返ることはなさそうだけども。
それこそ明日、MARSの選手全員が揃ってお腹壊すでもしないかぎりはさ。
「あのー、大島さん」
お笑い芸人のボケに「小島だよっ!」と返していくリポーターの小島さん。
場慣れしている。
「選手たちに好きな寿司ネタを聞いてもらえます?」
「寿司な好きネタですか?」
ボケにボケを乗せていくことも辞さない。
解説のヨッシーさんは苦笑している。
元選手として思うところあるんだろうか。
「さっきの選手入場の時に思ったんだけど、細い子が多いなあと」
確かに、身体が平べったい人が多い気はした。あと、猫背。
マイル先輩は小学校の頃に水泳はやってた、とは聞いたけども。
実況が「おお! いいですねえ! 優勝したチームには志木さんから寿司があああ!?」と煽っていく。
「いいよいいよ。それぐらい出すよ」
「生放送ですよ? 会場のみなさんも聞きましたね?」
わー! と盛り上がる前方の席。
隣の三つ編みの子は「差し入れに生モノはダメだから、聞くなら寿司じゃないほうがありがたかったな」とぼやいている。
寿司なんてすぐ悪くなりそうだし。生モノの中でも一番ダメそう。
「というわけでMARSのみなさん! 好きな寿司ネタは!?」
考える時間は与えてやったぞと言わんばかりのフリ。
スタッフからマイクを渡されたMARSのリーダーはカメラ目線で「大トロです!」と勢いよく答えた。
「いいなあ君! 高いもん言ってくるじゃないの! 寿司桶全部大トロでいいのか!」
「はい! ……あ、でも、他のメンバーが大トロ嫌いかもしれないんで」
カメラを見るにあたって背を向けてしまっているメンバーたちのほうを見やってから、リーダーは隣の席の選手にマイクを回す。
マイル先輩は、一番左端の席にいた。
リーダーとリポーター、実況席とのやりとりには見向きもしない。
視線はモニターに向けたまま、ゲーミングチェアに背中をくっつけて指を組み、親指をくるくると回している。
「ぼくは魚苦手なんで、肉寿司がいいでーす!」
「そうかそうか。そういうのもありだな。……今日とんでもなく活躍している、一番奥の彼は?」
話が振られた。
今まさに答えようとしていた三人目が、二人目からマイクを受け取って「マイル」と呼びかける。
「あ、はい、なんでしょう?」
ゲーミングチェアから背中を離してマイクを握るなり、全く聞こえていなかったような素振りを見せた。
今は選手席にも実況席の声が届いているはずじゃあないか?
他のメンバーの受け答えを見てる感じ。
「うちらのマイルさんが集中してんだから声かけないでよね」
「この質問コーナーいる? いらんよなあ?」
隣の女の子たちが文句を言い始めた。ベリーショートさんだけが黙々とメモをとっている。
画面の向こう側の小島さんは「志木さんから、好きな寿司ネタの話があってですね。今、好きな寿司ネタを聞いているところでーす!」とリポーターとしての仕事を全うしようとしていた。
これがプロ根性かあ。
「タコとか……?」
「タコぉ!?」
なんでそこで驚くんだよ、モアが。
女の子たちが「タコならたこ焼きがいけそうね」「たこ焼きなら火が通ってるしいけるかもしれん」と相談し始めた。
「タコって、あの八本足の水棲生物のタコのことか?」
モアが俺の腕にしがみついて聞いてくるから、俺は「寿司ネタの話だし、そうなんじゃん?」とうなずく。
空を飛ばす
マイル先輩がいくら天然でもそんな拾いにくいボケはしないだろ。話聞いてなさすぎじゃん。
「食われるかもしれない」
「え、誰に?」
「先輩に……」
ないでしょ。どうやったらそう飛躍すんの。びっくりだよ。
俺のことをモアの彼氏って認識してるしさ。
人の彼女取り上げるより俺の横に座っている人たち狙ったほうがいいと思うよ。ファンに手を出すっていうと聞こえが悪いけどさ。
「我は大王様から『タコさん』と呼ばれていてな」
俺は頭の先からつま先まで見て「どこら辺が?」と反射的に聞いてしまった。
今は十文字零さんの姿だから『タコさん』って言ってくるやつの目はおかしい。頭もバグっている。
「地球に来てから、タコの姿を調べて、大王様のおっしゃった意味がよくわかったぞ」
自他ともに認める『タコさん』ってわけね。
モアの真の姿はタコ……言われてまじまじと顔を見てもタコには見えねェな……。
それだけ擬態の性能が高いってことか。
「それで、さきほど連絡が来たのだが、」
なになに?
まじめくさった顔に切り替えちゃってさ。
「来週、大王様が地球にいらっしゃるらしい」
今言う!?
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