第31話 スポットライト
「おおおおおおおお!」
会場に入るなり、モアは「こんなに人間がたくさん!」と歓声を上げていた。
俺も正直なところびっくりしている。人間って言い方はしないけどさ。
入場チケットが三千円。
結局篠原さんとモアが話し込んでしまったせいで会場に入るのがギリギリになってしまったとはいえ、こんなに空席がないもんか。
大会は二日間開催。
今日が一日目。
キョロキョロしていたら腕章をつけたスタッフがパイプ椅子を持ってきて、一列増やし始めた。増えたところに座る。
前方には大きなスクリーンが三枚。ステージ上にはeスポーツキャスターと元選手な解説の人、あとはこのゲームをリリース当初から遊んでいるお笑い芸人の三人が座る実況席が用意されていた。
観客席と、実際に選手たちが試合に臨む選手席はホールが分けられている。
普段のマイル先輩の様子を見ているとすんごい集中しているから、ぶっちゃけ不正行為はできないだろうけども、ほら、戦っている間に実況の声が聞こえて相手チームの場所を特定しちゃうとまずいじゃん?
選手の皆さんが各自のデバイスをセッティングしたり、真剣な面持ちでミーティングしたりしている様子が中継されている。
真ん中のスクリーンがずっとそれ。
場内の音声はこの大会のために用意されたっていう楽曲がエンドレスでかかっている。そろそろ歌えるようになりそう。歌わねェけど。
カメラが近づいてくるのに気付いて手を振ったりポーズを取ったりする選手もいて、その度に笑い声がある。
「緊張感ないな」
マイル先輩曰く、この大会の上位1チームは世界大会の本戦に出場できる。ドバイで行われるらしい。
2位と3位には世界大会の予選の出場権が与えられて、予選を勝ち上がれば1位のチームと同じ舞台に立てるのだと。
モアは俺の言葉が聞こえていないようで「マイル先輩も映ってほしいぞ」と探している。
モアはマイル先輩の後輩ではないけども、俺が『マイル先輩』と呼んでいたら『マイル先輩』と呼ぶようになった。今は選手って呼んだほうがいいのかな。マイル選手。
「お隣、いいです――あ、さっきの!」
三つ編みの女の子。と、ベリーショートの女の子に、髪を編み込んでいる女の子の三人組。
さっきモアのスマホにより写真を撮ってもらった女子グループが、MARSの紙袋を提げてやってきたので「どうぞどうぞ」と歓迎する。これで他のチームの紙袋を持っていたらどんな顔をしたらいいのかわからなくなっていた。よくみたらかわいいし。クラスに一人は居る、中心グループのリーダーっぽい子。
なんか、体感だけど、観客に女子率が高い気がする。
ちゃんと数えてみたら半々かもしれねェけど。
ゲームのジャンル的にも、勝手に男ばっかりを想像していたからさ。
選手も女性はいない。
「どこ推しなんですか?」
椅子の下に紙袋を押し込んで、背負っていたリュックサックは膝の上に置きつつ、三つ編みの子が話しかけてくる。これで他の――例えば「DominatioNを応援しにきました」って答えたらどういう反応するかな。一瞬頭をよぎったけど「MARSの、M4ile選手のファンで」と本当のことを答える。
「一緒です! 同担ですね?」
そう言いながらリュックサックから取り出したのはうちわ。
アイドルの応援の際に作ってくるような、お手製の、名前の入ったうちわ。が二つ。
ここでうちわを振っても選手には見えなくない?
気持ちの問題?
「いやー、お兄さんお目が高いっすねー」
編み込みの子が口元を隠しながら褒めてくる。
腕にはラバーバンド。
「やっぱ現役最強のアタッカーはちげーっすわ」
「応援しがいがあるっていうか。絶対に勝ってくれるその、安心感? っていうか」
「どんな武器を持たせても持ち前のキルポテンシャルが光っちゃうんだよねー」
「ねー!」
「グレネードもドンピシャ。どこに目ついてんのって感じでさー」
この流れでは「大学院の先輩で」とは言いにくくなってしまった。
一緒にお台場まで遊びに行った仲だけど、そういう仲だからこそ、アイドル扱いしている人たちに素性がバレるわけにはいかないよ。現実のマイル先輩はゲームバカで、純情派で、たぶん童貞。彼女いたことなさそう。
こんな女の子たちに取り囲まれてチヤホヤされたら頭から煙出て倒れるでしょ。侍らせているところ、想像つかない。
まあ、言わなきゃバレないか。
モアがポロッと言いそうになったら止める。
「そろそろ始まるよ」
ベリーショートさんは冷静――じゃあないな。
手元にノートを用意していて、何やらメモしている。
達筆すぎて読み取れない。
「私、毎回レポートマンガ描いてて。そのメモです」
俺が覗き見ているのに気付いて、表情ひとつ変えずに説明してくれた。
よく聞かれるんだろう。
正面のスクリーンが開始時刻までのカウントダウンに切り替わったからか、モアが「レポートマンガとはなんだ?」と口を挟んでくる。
「この現場の空気感を、来られなかった人に伝える、マンガ」
「見たほうがわかりやすき」
編み込みの子が自身のスマホでベリーショートさんのアカウントらしきものを開いて、画像を見せてくれた。
二頭身のキャラクターがあーだこーだと、その日あったことを紹介している。
「我が大王様に送っているレポートのようなものだな」
あれと同列に扱われんのかわいそうじゃない?
もっと時間かかってるよこれ。
「全国のeスポーツファンの皆様! お待たせしましたああああああああ! 実況の! シンザブロォでえっす!」
ステージに実況を担当するeスポーツキャスターのシンザブロォさんが走りながら登場したら、前のほうの席の観客がお揃いのスティックバルーン二本をバタバタと打ち鳴らした。
俺たちはもらえなかったけど、前のほうが持っているってことは早めにきたらもらえてたんかな。
もらえるんならほしかったけど、またの機会があれば。
「本日はココ、東京ビッグサイトにて! 大会が行われるわけなんですけ! ど! も! いやあ! 興奮して眠れませんでしたあ!」
「開幕からこのテンションで大丈夫? 最後までいける?」
舞台袖からゆっくりと歩いてきたお笑い芸人が突っ込んでくれて、会場に笑いが起こる。
そのあとから現れた解説の元選手の人は「いつもこんな感じなんで」とまるで相方のようにフォローした。
「さてさて、ボクらの紹介よりも! 皆様、早く選手に会いたいですよね!」
「せめて名乗らせてくれよ。いや、オレたち目当てじゃないのはわかってるけども!」
「あはは、失礼しました。解説はヨッシーさん、ゲストは志木俊之さんでお届けしまあす!」
みんなが拍手をしているので、俺も拍手する。モアもそこに蚊がいるかのような勢いで両手を合わせていた。
そういや、モアがこういうコンサートやライブみたいな場所に来るのって初めてか。俺も学校行事ぐらいでしか行ったことないけどさ。大勢の人が一箇所に集められるの、息苦しい感じがするし。
今日はマイル先輩から直々に来てほしいと言われたからってところもある。
俺自身もモアも見に行きたかったし……。
万雷の拍手の中で実況と解説とゲストの三人がそれぞれの席に座った。
「それでは、……はい! 準備万端ということなので! いってみましょうか!」
会場内の照明が落とされる。
ステージの
「まずは古豪、青き
スモークの中から一列になって選手が入ってくる。
入場順は、チーム名順ではなくて直近の大会の成績順となっているので、MARSが出てくるのはこの次。
「赤き
兵の次が戦神になっちゃうの、扱いの差がデカくないか? と俺は内心思ったし、言いそうになったけど、隣の女の子グループの黄色い悲鳴にびっくりしすぎてモアの手を握った。
え、そんなに?
ここまできゃあきゃあ言うもん?
「あ、マイル先輩だ。頑張るのだぞー」
モアはどこ吹く風で俺に握られていないほうの手を振っている。
その声量だと本人には届いてないだろうけど、マイル先輩は気恥ずかしそうに、控えめに手を振りかえしてくれた。天皇家のお手振りみたいな。
「きゃあああああああああ!!!」
「今目があった! 絶対こっち見た!」
そんなに??????
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