eスポーツ戦線異状あり
第30話 ただのファンボーイ
ゆりかもめの国際展示場前駅で降りる人たちは、なんだかみんなそわそわしていた。
落ち着かない様子でスマホをチラチラ見たり、友人同士で昨日見たテレビの話をしたり。
わざわざ現地に向かっちゃうぐらいだから、みんなeスポーツが好きな同志なんだろうけど、推しのチームや選手の話をしている人はいない。
もしうっかり口を滑らせでもしたら、四方八方から照準を合わせられてしまうような、そんな緊迫感がある。
俺たちが出場するわけでもないのにな。
「タクミ! 写真を撮るぞ!」
人々の中でも一際目立つ、高身長の俺と真っ赤な童貞を殺すセーターを着たモア。
胸の谷間の部分だけ切り抜かれている。
童貞を殺すセーターって、正式名称なんだっけか?
ホルターネック?
家を出ないといけない時間のギリギリまで別の服に着替えさせようとしていたけども「赤はMARSのチームカラーなのだから、これで行くぞ!」と譲らなかった。まあ、確かにそうだよ。そうなんだけどさ。
ぱっくりと空いた背中を見て、玄関で「これを羽織っていったほうがかわいいわよ!」とおばあさまがワインレッドのスプリングコートを着せてくれた。なので背中はカバーできているけども、胸元は露わになっている。着ていきなさい、ではなくてそのほうが『かわいい』と言うのがポイントっぽいな。覚えておこう。
隣を歩く俺にまで視線が刺さる。
睨み返してやると何も見てませんよって顔されるし。
「すまないが写真を撮っていただけないか」
モアが会場へ向かっていく女の子グループに声をかけている。
グループの右端を歩いていた三つ編みの女の子が「あ、いいですよー」と言ってモアのスマホを受け取った。
「写真なら俺が撮るから、頼まなくてもいいじゃん」
「タクミも写るのだぞ!」
ああ、二人で撮りたかったの?
俺が「いや、俺はいいよ」と断っているのに、立て看板の横へと無理矢理引っ張られた。
「撮りますよぉー」
モアが手でハートマークを作ろうとしたから、こちらは親指を立ててグッドのポーズで応じる。俺は撮られたくないのにさ。ただでさえもデカくて目立つのにさらに記念写真まで撮ってるから余計に恥ずかしいじゃん。さっさと終わらせよ。
三つ編みの女の子は「ふふっ」と笑いながらシャッターのボタンを押してくれた。
「ありがとうございます」
俺はモアの手にスマホが返される前に、女の子からモアのスマホを取り上げる。
ロックが解除された状態で渡されていたから、写真が保存されているギャラリーを開いた。
「タクミぃ!」
モアは抗議の声を上げたが気にしない。
俺から取り返そうと手をグイッと伸ばしてくるので、かわしながら保存されている写真を――なんか、俺の写真多くない? いつの間に撮ったのコレ、みたいなの、結構ある。こんなの撮っといてどうすんのさ。
「大王様に、タクミを紹介しようと思ってだな……」
出た、右手の人差し指と左手の人差し指をくっつけたり離したりするやつ。
視線は俺に合わせず、左右に揺れながら「最近は毎日タクミの写真を送っている……」と白状した。いい迷惑じゃん。
俺だったら嫌だけど。毎日知らない男の写真送られてくんの。え、嫌すぎない?
「大王様、なんて言ってんの」
「おつかれさまです、って」
呆れられてない?
それってさ、コアラの雑なレポート作って送っていたのと同じ反応じゃん。写真見てないよ、たぶん。
機械的に返してるだけじゃん?
「どういう人なの、大王様って」
というか人なの?
人類を滅亡させようとしてるってんだから、地球にはご執心なんだろうな。
そうでなきゃモアを地球環境に適応させてこないだろうし。
一回目の失敗で諦めるんじゃん?
もし注意深く俺たちの会話を聞いている人がいたとしたら「?」となるかもな。
でも、俺たちは立て看板から物販コーナーに向かっている最中で会話している。
それぞれがそれぞれの目的地へと歩いているから、みんな聞いてないだろ。
「見る者によって姿が変わるぞ!」
「ふーん?」
モアは見た者に姿を変えられるけど、大王様はそうきたか。
さすが『ものすごく遠い星』だ。生物が人間とはまた違う進化を遂げている。
「我が仕えるは〝恐怖の〟大王様なのだから、対峙する相手が恐れ慄く姿になるであろう」
「モアにはどんなふうに見えるの?」
俺は質問してから「地球上の生き物で答えてくれよ?」と付け足した。
この前のツキウサギみたいに、地球上に存在し得ないような、もちをつく動物を挙げられてもピンとこない。
「ウツボ」
「ウツボ?」
疑問符をつけて言い直すと、モアは「ホァア」とブルブルした。
わかりやすく鳥肌が立っている。
「我の不倶戴天の敵である。従わざるを得ない。もう二度と口にしたくないほどだぞ!」
俺が「ウツボが?」とわざと言ってやると、再度震え上がった。そんなに嫌いか。……ウツボねぇ?
今の人間の姿なモアが恐がるような相手ではないけどな。
捌いて油で揚げてやったら「美味いな!」って言うでしょ。喜んで完食しそう。
俺にはウツボには見えないんだろうな。
別に怖かないし。
「あっれえ!?」
物販コーナーの方角からすっとんきょうな声が聞こえてくる。
それも、まさに俺たちの行き先として目指していたMARSのブースから。
「ちょっと、ちょっとちょっとキミい!」
バタバタバタバタ、と男の人が走ってきた。
俺の目の前で急停止してから「キミは、キミはどこの誰だね!」と喚き立てる。
「俺ですか?」
年上の男性ではあるけども、怖さよりおかしさがまさって「俺が何かしましたか?」と冷静に対処できた。
頭ごなしにがなり立ててきていたらこうはいかなかっただろう。
「オレのヨメちゃんと手なんかつないじゃって!」
なんだか人違いをされている。
モアが「我はタクミの彼女だぞ!」と言って俺にしがみつけば、ヒッと短い悲鳴を上げた。
MARSのブースのほうから来て、俺と手を繋いでいたモアを指して『オレのヨメちゃん』と言っている、ってところから、この人は
白髪――じゃなくてこれは銀髪をドレッドヘアーにしている。真理央くんが順当にすくすく育って二十年後ぐらいにはこうなりそう、と想像つくような、どことなく幼さを残したイケメン。
これでチームオーナーなんでしょ?
これから伸びるみたいなことを言われて久しいeスポーツ業界の上のほう。
そんで、モデルの奥さんと息子がいてさ。
中古とはいえ東京の上野に一戸建てを持っている。
ずるじゃん。
勝ち組ってやーつ?
「我は安藤モア。
俺が悔しがっている横で、モアは自己紹介をして誤解を解こうとしている。
名乗られて「あ、ああ、そ、そう、そうなんだ?」と篠原さんは動揺を隠しきれていない。そっくりだもんな。息子は見間違えたし、本人はぶっ倒れたぐらい。
「そ、そうだよね。ナハハ……あまりにも似てるもんだから……」
ぶっ壊してやりてェな。
順風満帆な人生を叩き壊したくなる。
どうしてこうも、俺は、俺には、何もないんだろ?
「似ているけども違うぞ! 次の大会の時には、二人も見に来るようにと我が誘おう!」
「零とは顔見知りなんです?」
「我は隣の四方谷家に居候しておる。お隣さん同士なのだぞ!」
「あ、ああ、キミたちが! マジでそっくりすぎる……!」
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