第35話 正解がわからない
「タクミくんは、どうしたいのかしら?」
おばあさまはひいちゃんにではなく、俺の顔を見上げて聞いてくる。
判断を委ねられたのはおばあさまなのにさ。
「私は」
「教授ちゃんではなくて、タクミくんに答えてほしい」
弐瓶教授なりに考えてから個人の意見を語りだそうとしていたのを、おばあさまは制した。
しゅんとして「はい……」と肩をすくめる弐瓶教授。
この場で一番強い人間はおばあさまだよ。
だから、ひいちゃんがおばあさまに俺の進退を考えさせようとしてるんだろ。
俺はその決定に従えばいい。
なのに、おばあさまときたら俺に「あなたが恐怖の大王――あなたには〝ひいちゃん〟に見えているその子についていきたいのなら、それはタクミくんの意志として尊重したい」とあくまで俺に俺の未来の決定権があると言ってくる。
「モアは、俺がひいちゃんと一緒に『ものすごく遠い星』? に行きたいって言ったら、ついてきてくれんの?」
はいかいいえかの二択で答えられるような簡単な質問に、モアは困ったように眉を寄せて「我には答えられない」と返してきた。
モアが「ついていくぞ!」と言ってくれたなら、俺はモアが行きたがっているからってこじつけることができんのに。
どうしてもおばあさまは、俺に責任を負わせたいらしい。
というのをモアは理解していて答えられないって言ったんだろ?
だとしたら、宇宙人、めちゃくちゃ空気読めるようになってんじゃん。ウケる。その辺の愚鈍な人間よりもはるかに人間らしいよ。よかったな。
「モアちゃんが来てから、タクミくんの目が輝き始めたの。比喩ではなくてね」
おばあさまは弐瓶教授の横の椅子に腰を落ち着けて語り始める。
俺には俺の顔は見えないし、ましてや瞳の光の有無にいちいち気付いてもいない。第一、このオレンジ色の目が好きじゃあないしさ。どういう人間かもわからない母親からの遺伝だもん。
「わたしとタクミくんは生まれも育ちも違う人間だから、タクミくんがどれだけつらくて悲しかったかなんて、想像でしかなくて」
おばあさまと俺とでは年齢も性別も違うから、近いもので比べてやろうか?
もし俺が何度も人生をやり直せるとして、何度やり直したとしても。マイル先輩と同じ場所には立てない。たどり着けないような場所にあの人はいる。だって、そうじゃん。
俺にも夢中になれるものがあったらこうはならなかった、と言い切れない。
理解のある親、恵まれた環境、努力を実力に変換する天賦の才能、好機を見逃さない嗅覚、最終的な目標地点であるところの世界大会を用意してくれるこの時代――すべてが、マイル先輩に味方してくれている。
生きている世界が違うよ。違いすぎるから、うらやましい。近くにいるのに、すんごい遠い存在みたいでさ。
真理央くんもそうでしょ。eスポーツチームのオーナーの父親と、モデルの母親。これからの成長をお隣さんとして、見せつけられ続ける。あの素直な性格なら、とんでもない事故でもないかぎり……ひいちゃんみたいに……。
どうして俺はこうなってしまったんだろう。生まれてこなければよかったの?
「悲しみのすべてに寄り添ってあげることはできなかった。でも、モアちゃんの存在がタクミくんを変えてくれた」
モアの頬に「おばあさま……!」と一筋の涙が伝う。
はたから見ていてそう見えるんなら、まあ、そうなんだろう。
俺が変わった。かつての俺と、今の俺と。
モアや弐瓶教授の知っている、前世の俺と違う俺が、今ここにいるのだとしたら、この俺にとっての正解は何。
俺は周りのイメージに振り回されてきて、優秀であろうとした。みんながそう言ってくるから。優秀な俺は、いつまでもこのまま。他人の求める俺の姿が、そうあるべき自分。絶対的な正しい姿だったはず。正解は他人の言葉の中にある。
「あなたを引き取ってから、わたしたちは――わたしとおじいさまはね、正しい大人として、あるいは、保護者として、できるかぎり最善を尽くそうと思った。驕りだって思われてもいいから、タクミくんを助けてあげたかったの」
その目標は、概ね達成できていた。
模範的で理想的な、よき家族として――血は繋がっていなくとも、祖母と孫っていう関係性ではあるけども、この俺を迎え入れてくれていたし。
あの事故で
俺は俺の意志で実行してしまった過ちのせいで、この人たちを避けていた。
「――答えたくないのなら答えなくてもいい質問だけど、いいかしら」
おばあさまはワンクッション置いて、膝の上で拳を握り締めて「あなたの口から真尋の話を聞きたい」とこの俺に投げつけてくる。
真尋さん。
バレてんの?
「前にタクミくんのお兄さんを名乗る人が、タクミくんのお父さんの話をしてくれたわよね。真尋の再婚相手ね。わたしたちには一度顔を見せたっきり、連絡が取れなくなった人」
上手くやってくれよ。
「わたしたちは、ずっと真尋が元気にしているかどうかを気にかけていて……でもあの子にも、あの子なりの考えがあっての行動だと信じて、こちらからは何もしなかった。そして一年ぐらい経って、連絡が来たと思えば、事故の話だった」
居づらそうにしていた弐瓶教授が「ヒッ」と短い悲鳴をあげる。
再婚してから事故まで約一年間ぐらい。
「タクミくんにとって、真尋はどんな母親だった? ……年齢も近くて、お母さんって感覚じゃなかったかしら」
嘘をつけ、俺。得意だろ。ずっと偽りつづけてきたじゃあないか。
おばあさまは、俺から見て後妻さんが後妻さんとして機能していたかどうかを聞いてんだよ。
「一緒に暮らしていて、あの子はどんな子だった?」
肉体関係なんて、真尋さんか俺かのどっちかが言わなきゃバレないじゃん。
ましてや親になんて話さないだろ。
「亡くなった母親のことを思い出させちゃってごめんね」
違うよ。……なんで泣いてんの、俺。違う、おばあさまの思っているのとは、違う。
誰か教えてほしい。おばあさまの隣に座っている教授ならわかるかな。教授って立場にいるんだからなんでもわかるだろ。
俺は、なんて言えばいいの?
「今、答えなくてもいいの。いつか、タクミくんのほうから話してくれる日が来るのを待ってる。いつまでも――って、言っておきたかっただけだから」
卑怯でしょ。
どうしても俺から言ってほしいんだ。言いたくない。わたしたちの大事な娘に手を出しやがってと、この人たちのほうから、なじられたほうがいい。わかってんならそうしてくれ。どっからバレたんだか知らねェけどさ。
「地球を離れるのなら、タクミくんもモアちゃんも、いつでも、好きなときに帰ってきてね。おばあさま一人が住むのには、この家は広すぎるわ」
俺はこの人には一生勝てないんだろうな。これだけのことを言って、なおも笑えるんだから。
この人のほうが先に亡くなるだろうし、勝ち逃げされる。
これは優しさなの?
口からは「ぅ、ぁ……」みたいな変なうめき声しか出てこない。こんなの答えになってないだろ。とめどなく涙が流れる。おばあさまに申し訳ないと思わないのか。
自分で自分を制御しきれなくて、その場に崩れ落ちた。モアが抱きしめてくれる。
やっぱり俺はここにいるべきじゃあないんだよ。
この人たちに甘えてばかりじゃあいけなくて、というか、甘えていいような人間じゃあないんだよ。
わかるか
「モア……!」
「我は、タクミが決めたことに従うぞ!」
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