for the Uni-Verse

第13話 第一印象の悪さ


 大学院の一年上の先輩は、七色に輝くキーボードを持ち込んでいる。

 持ち込んでいるけども、普段からキラキラさせてはいない。単純に「目が疲れる」からだそうだ。

 ならレインボーに光るように作る必要はなくないか?


「う、うん、そうだね。ただ、これ、スポンサー様の提供品だからさ。あんまり悪く言いたくないなあ……」


 目を泳がせながら答える先輩。


 彼は『MARS』っていうeスポーツチームの、FPSファーストパーソン・シューターのゲームの選手らしい。選手としての登録名はM4ile――これでマイルって読むんだってさ。4がA。難しい文化だ。

 いわゆるプロeスポーツ選手。イマドキの子どもが憧れる職業のうちのひとつ。


 まあ、ゲームやってて金がもらえるんなら楽な仕事っぽく見えるよ。俺も先輩を見るまではそう思ってたし。

 ゲーム内で人を撃ち殺すし、撃ち殺した数が大会中一番多いと追加で賞金がもらえるんだってさ。


 普段の先輩はおとなしい系だ。俺が俺がっていうタイプではなさそうだったから、近づきやすかったっていうか。

 黙っていても喋っていても、殺人ゲームのプレイヤーとは思えない。

 公式サイトに載っている写真はユニフォーム姿だけども、いつもは長袖ティーシャツとジャージの下。


 頭の側面を刈り上げにして、上のほうはワックスでガチガチに固めている。

 ガチガチに固めているけども来る時にはスポーツキャップを被っているのは、チームのグッズだかららしい。

 言うなれば歩く広告塔。宣伝も大事なんだな。


 シルバーアクセサリーが好きなのか、耳にはピアスを付けて、指輪も三つぐらい。

 イマドキっちゃあイマドキな男の人だ。


 最初に俺から話しかけた時には「ピャ」と謎の擬音を発してしまったような生き物なんだけど。


「参宮くん、ちょっとやってみる?」


 スポンサー様の提供品を見栄えだけで否定したのがまずかったか。怒っている感じではないから違うかな。

 先輩はゲーミングチェアから立ち上がって、俺をその座席に手招きする。

 後ろで見ていてなんだか面白そうだったから、教えてもらえるんならやってみたい。

 しかもプロ選手から直接のコーチングだなんてさ。

 断る理由はないよ。


「俺、ゲームすんの初めてなんですけど、どのキーを押せばいいんですか?」


 案の定「えっ」と引かれた。


 携帯ゲーム機や据え置き機でゲームをやったり、パソコンがあればマインクラフトやらフォートナイトやらに触れて育ってきている同年代の人たちと比べると、俺はゲームのたぐいを一切やってこなかったから。

 そういう方針だったし。

 俺もゲームやりたかったよ。やりたかったけど。父親アイツが悪い。

 勉強すればするほど「教育熱心でいいわね」って評価になるからさ。


 というわけで、基本の基本。


「キャラクターを歩かせるところから教えていただきたいです」


 先輩はまた困ったような顔をしてから「んじゃ、射撃だけしよっか」と片手でキーを押してキャラクターを操作する。

 銃を持たせて、的の前へと動かしてくれた。


「このキーで構えて、こっちを押すと撃つ」


 タタンッという銃声がヘッドセットから聞こえてくる。

 俺の耳に覆い被せているのではなくパソコンに引っ掛けてあるのだけども、そこそこ音量が大きい。


 身体がビクッとしてしまったのに気付かれていて「音で相手の場所を把握しないといけないからね。ちょっと大きめかも」

 と先輩が説明してくれた。

 今日はないっぽいけど、昼間に練習試合スクリムというらしいがあるときは研究室の他の音もあるだろうに。

 それでもなんとかするのがプロ選手か。


 というか、この研究室、まともに研究っぽい研究をしてそうな人がいないんだよ。


 先輩もそうじゃん。

 一日のうちの大半でこの射撃場の画面が表示されてるし。


 プロだから練習時間を確保したいのはわかるんだけどさ。

 集弾率の研究でもしてんのかな。


 俺はやりたいことが特にないのにここに来たから、人のこと言えないけど……。


「スペースキーを押すと射撃訓練が始まるから、やってみて」

「わかりました」


 先輩がいともたやすく的を撃ち落としているから、俺でもできそうだよな。

 という甘い考えは一回目にして崩れ去った。


 難しいじゃん。


「あ、あれ?」


 目が追いつかない。

 タイピングの速度は俺も先輩も大して変わらないのに、的を見つけてから指が反応するまでの速度が違う。

 マウスで視点を移動させなきゃなんねェし。


 難しいじゃん、これ!


「うん、最初はこんなもんだよ」


 一個も落とせずに終わって、先輩から慰められた。

 そりゃまあ、こうなるよな。……悔しいけどさ。


 ゲーマーになるっていう夢を応援してくれる親のもとで育った先輩と、今まさにゲームを始めた俺とでは雲泥の差があって然るべきだよ。

 おんなじじゃあ、先輩の練習量をバカにしてるようなもん。


「へぇー! ゲームは苦手なんだ。弱点見つけちゃったかもかも?」


 ゲーミングチェアの背後から女性の声がする。

 この研究室に女性は一人しかいないし、先輩が「おっ、おは、おはようございます!」とたじたじになっているので誰だかわかってしまった。


「おはようございます、弐瓶教授」


 座ったままゲーミングチェアを回転させて挨拶する。


 弐瓶柚二にへいゆに教授。

 1991年11月11日生まれ。


 三十代なのにこの大学の教授というポスト、怪しくない?

 ぜってぇ裏でなんかやってんじゃん?


 身長は目算で150センチメートルないぐらい。チビ。

 体重はわからないけどバストがHカップぐらいありそうだからそのぶんで重そう。

 ショートボブに、揃った前髪が水色に染められていて、チワワみたいに潤んだ大きめの瞳がチャームポイント。キャンキャン吠えてくるところもチワワっぽいな。


 実験するような場所じゃねぇのに、Vネックのニットの上に白衣を羽織っている。

 今日は膝丈のスカートにショートブーツ。


「プロの練習の邪魔しちゃダメじゃーん」


 俺のことが嫌いらしく、初日から「小論文はハナマルだったけどユニちゃんの目は節穴じゃないんだよーん?」と突っ掛かられた。どういうこと?

 本人を見て判断していくって意味?


 今日は俺が先輩の練習を妨害しているように見えたらしいな。


「あ、あの、参宮くんは悪くなくて」

「いいですよ先輩。弐瓶教授は俺が悪いってことにしたいらしいんで。すいませんっした」


 俺がゲーミングチェアから離れると「むむっ! その言い方はよくなくなーい?」と追撃が来た。


 だるいんだけど、モアは「ユニに会いたくて会いたくて震えるぞ!」と俺が帰るたびに震えているからアポイントメントを取らないと。

 なんかそういうちょいちょい古い感じのネタ発言増えてきたんだよな……。

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