第14話 ドーナツ作戦
しばらく様子見していたけども、他の人たちもわりと知り合いを連れ込んでいるからいけそうな気がする。
プロ選手先輩ではない先輩が外部の人を集めて麻雀を始めたのにはびっくりしたけど。
弐瓶教授も止めねェし。
新入生の俺は教授が止めないもんに対してとやかく言えないよ。
まあ、そういうわけで。
俺がモアと一緒に行っても問題ないだろう。
「ふんふん♪」
ただし。
全人類が宇宙人に対してフレンドリーだと思うなよ。
ご機嫌なところに水さすようで悪いな。
おばあさまは特殊な事例であって、普通の人は宇宙からの侵略者を名乗ったら警戒する。
こうして一つ屋根の下で暮らしていても、まだ怖いし。
一歩間違えたら人類を滅亡させようとしているタイプの侵略者だしさ。
間違えないように我慢させられているわけだけども。
「ドーナツを買っていくぞ!」
勇み足で家を出てから、本来は右に曲がるべきところで手土産の必要性を唱える宇宙人。
スマホを買い与えて、さまざまな現代知識にも対応するようになってきた。
「ドーナツ?」
ミスタードーナツなら秋葉原のほう行かないとないけど。
近場だと他はどこにあるっけ。俺がスマホを取り出して調べようとすると「クリスピークリームドーナツを買わないとダメだぞ!」と店を指定してきた。
ミスタードーナツより店舗数少ないじゃん。
上野から一番近いのってどこ?
「ユニはここのドーナツが好きだから」
弐瓶教授のファンらしいモア情報だから、信じて遠回りしよう。
別にこの時間に登校しろっていうルールはないし。
本来は乗る必要のない地下鉄に乗って、ドーナツを買いに行く。
「タクミはユニと仲が悪いのか?」
それからおんなじドーナツばかりを1ダースも買ったモアは、俺の顔色を窺うようにして聞いてきた。
仲が悪いというか、あちらが何かと突っかかってくるので「仲良しってわけでもないかな」と答える。
まあ、相手は教授だしさ。
立場ってもんがあるよ。
俺としては仲良くしたいし、なんならワンチャン狙っていきたいけども。
物事には順序があるじゃん?
「我はタクミとユニとは仲良くあってほしいぞ」
モアもそう思うんだ。
まだ会ってないけど。
「めんどくさい絡まれ方をされててさ……」
プロ選手先輩はあのあと俺に謝ってきた。
彼が悪いわけじゃあないから謝らなくていいし、練習時間を奪っていたのは事実なのにさ。
顔は好みなのに中身が苦手。
「我の出番だな。任せてくれ!」
自信満々に言ってくれる。
大学の門をくぐって、モアは思い出したように俺へ向かって左手を差し伸べてきた。
右手でドーナツの入った袋を持つ。
移動中はドーナツを大事そうに抱えていたけども。
「任せるよ」
宇宙人なりの距離の詰め方があるんだろう。たぶん。
また〝コズミック〟なんたらかんたらかな。
差し伸べられた冷たい手に指を絡ませて、研究室へと歩いていく。
体温低めの宇宙人。
最初来た時に大気が合わなかったのもこういうとこなんだろ。
四月。
緑色の葉が生い茂るイチョウ並木の下を恋人繋ぎで行くのって「デートみたいだな」と思った。
「デートじゃないぞ!」
「あ、そう」
しょげたつもりはさらさらないけども「デートはまた、折を見て計画するから!」と弁明してくる。
そっちが計画すんのね。
どんなコースになるんだか。
「ふんふん♪ 楽しみにしているがよい」
宇宙人、どこに行きたいんだろ。
この前、おばあさまとモアとの夕食時の会話では「新婚旅行はグレートバリアリーフを見に行きたい!」と指定していた。
南半球を推していくよな、この侵略者。
季節が逆になるから、今は寒くなり始めている頃合いなんだろうな。
「そうだ! 桜を見に行きたい! お花見!」
モアが上陸した時点でもうだいぶ散ってたけど。
それでも見に行きたいのなら早めに行かないとだよ。
どうせ近いし。
「帰りに上野公園のほうを寄ろう」
「ユニも一緒だな!」
弐瓶教授は俺とお花見したくないと思うよ。
現状の親密度だとさ。
「うわ!」
ほら。
研究室に入って、弐瓶教授と目が合ったら最初にこれだよ?
「何か?」
俺がすぐケンカ腰になってしまうのはよくないけど「彼女を連れてくるなら事前に相談してほしくなーい?」と周りに同意を求める弐瓶教授もどうなの。
「ユニぃ!」
「ほわっ!?」
さらにそれを上回る勢いで弐瓶教授に抱きつきにいくモア。
谷間に挟まれる弐瓶教授の頭部。――なんだこれ。
止めたほうがいい?
俺が助けを求めてプロ選手先輩に視線を向けると「キマシタワーだ」と拝み始めた。
ここでタワーを建築しないでくれよ。なんだよその名前。ついていけねェから。
止めるか。
「待たれい」
プロ選手先輩の一言で止まった(俺が)。
肩を掴まれて「百合の間に挟まる気か!?」と結構マジなトーンで正気を疑われてしまっている。
いや、挟まるんじゃあなくて片方を引き剥がそうとしてるんだけど。
「ユニは相変わらず可愛くてちっちゃいねぇ!」
今度は髪の毛をもみくちゃにしている。
ちっちゃくて可愛いんじゃあなくて、可愛くてちっちゃいなんだね。
まあ、ちっちゃくて可愛いだとちっちゃいことが可愛いみたいに聞こえるか。なるほどな。
というか、モア。
ドーナツ持ってることを忘れてない?
大丈夫?
「カレピ! 何なのこの子!」
弐瓶教授、キレる。
カレピって俺?
……俺っぽいな。
俺は弐瓶教授のカレピじゃあないし。
「教授のファンの子ですよ。会いたいってずっと言ってたんで」
包み隠さず返答すると「これ、お土産です! 弐瓶教授の『ドーナツの穴は無限の未来に繋がっている』読みました! 感動した!」とモアが箱の中でぐちゃぐちゃになっていそうなドーナツの箱を渡した。敬語になってやがる。
ここぞの時は弐瓶教授とお呼びするんだな。
シュレディンガーのドーナツだから箱を開けるまで本当にぐちゃぐちゃになっているかはわからないけどたぶん絶対そう。
あと、ツッコんでいいか?
そのバカそうなタイトルは何。
弐瓶教授の本? 論文?
「やば……いい子じゃーん……え、まじ、……もしかして?」
チョロい。
弐瓶教授はドーナツの箱を受け取りつつ、一瞬で手のひらを返した。
俺もドーナツを持ってくりゃあよかったのか。いいことを知ったな。
「安藤モアだぞ!」
「ご存知の通り、
改めて自己紹介を始めている。
弐瓶教授まで敬語になってんのおもろいなァ。
これがコズミックドーナツパワーかな?
体裁取り繕っても後の祭りじゃん。
「立ち話もなんですしこっちどうぞ。ついでにカレピもな」
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