第15話 関係性の構築


 俺とモアは研究室から扉を一枚隔てた弐瓶教授専用の部屋に案内された。

 本棚を見やればそれっぽい学術書が並べられていて、見た目通りのガキっぽい人でもそれなりに教授一室にはなってい――いや嘘、一角に飲み終わったエナジードリンクの空き缶がボウリングのピンみたいに並べられている。


「あんまりジロジロ見んなよヘェンターイ!」

「へいへい」


 この有様だと自宅はよりひどいんだろうよ。

 というかこの人、ここに住んでそう。


 冷蔵庫や電子レンジ、電気ケトル、ウォーターサーバーまで置いてある。


「見んなよって言ってんじゃーん?」


 気付かれたか。

 自身の机の上――これもまた書類が散乱している――にモアから受け取ったドーナツの箱を置いているからさ。

 気付かれないと思ったよ。


 こっちの視線なんてどこにあってもいいじゃん。

 減るもんじゃあないし。


「タクミとユニは、なんだか姉弟きょうだいのようだな」


 そうかぁ?

 俺はそうは思わないけど。

 モアがニコニコしながら耳打ちしてくるので「ガキっぽいって言われてますよ」と弐瓶教授に伝える。


「のんのん。気持ちが若いってこーと!」


 ポジティブ変換された。

 三十代女子……女子? 女子ってことにしとくか。若いらしいし。


 姉、姉ねェ?

 しっくりくるようなこないような。


「さっさっさ、どうぞおかけになっておくんなまし」


 弐瓶教授は一人が座れるスペース分だけほこりを叩いて払って、ソファーへとモアを誘導する。

 その隣に俺が座れってことなんだろうし、俺は自分でゴミを床に落としてから座った。


 モアの向かいに腰掛けると、弐瓶教授は自身の手をモミモミしながら「、実物は写真よりも美人さんですね。加工いらずってかーんじ?」と言う。


 

 モアはついさっき、安藤モアと名乗っていたけど?


 二人してキョトンとしてしまう。

 白衣のポケットからスマホを取り出した弐瓶教授が「十文字零じゅうもんじれいちゃんにクリソツじゃありませんの?」とウェブサイトの写真を見せてきた。


 十文字零。

 今のモアの顔とそっくりの女の人。


 というか、モアがコピーした人じゃん。


 この写真ではショートカットでボーイッシュな雰囲気だけども。

 メイクの感じと髪の長さで印象変わるもんなんだな。


「我はア・ン・ゴ・ル・モ・アだぞ!」


 おばあさまに初手で聞き間違えられた経験からか、一文字一文字を区切って本来の名称を言ってのけた。

 対して弐瓶教授は「アンゴルモア?」と聞き返している。

 知らないほうの人の反応だなこれは。


 ネットで調べた感じ、わりと大騒ぎになったっぽいけども。


 当時の弐瓶教授は小学校二年生になる年で、七歳?

 興味ないっちゃないか。

 人類が滅亡すんぞって世の中が慌てても。


「宇宙の果てにある星から、タクミと結ばれるためにやってきた」


 満面の笑みで言ってのける。

 結ばれるためじゃあなくてそもそもは人類を滅亡させるためじゃん?

 まあ、いいけどさ。


 恐怖の大王はまだ騙されてくれているっぽいし。


「ふ、ふーん?」


 信じてなさそうな人の反応だ。

 ついでに「そりゃあ、コイツと付き合っているわけないじゃんじゃーん。他人の空似ってかーんじ?」と言ってくる。

 コイツ呼ばわりかよ。勘違いしたのはそっちじゃん。


 低身長の弐瓶教授が身長の高めなモデルの十文字零のコーディネートをパクって似合うんかな。

 野暮な指摘だから言わねェけどさ。

 真逆じゃん?


 そんなこと考えてたら当の本人は急いで〝アンゴルモア〟を調べて「侵略者ってこと?」と訊ねてくる。


「侵略はしないぞ!」


 しないらしいですよ。

 しないし、上司たる恐怖の大王に侵略をさせないために雑なレポートを提出するという遅延行為をしている。


「ちょっと失礼」


 弐瓶教授は立ち上がると、屈んでモアの頬をツンツンと突き始めた。

 モアが「うむ?」と首を傾げている。


 もうちょっとで白衣の下に着ているVネックのニットの隙間から見えそうなので続けてほしい。


「む!」


 飛び退いた。惜しい。

 ムッとした顔になって「ジロジロ見んなって言ってんじゃーん!」と吠えてくる。

 見るなっていうか見えるところにあったら見るだろ。


「なんでこんなのをカレピにしちゃったわけ?」


 こんなのってなんだよ。

 人のこと指差すのやめてもらえませんか教授。お前それでも教授か。この大学の。

 この人を教授にするよりも適任いそうなもん。


「我とタクミとは、赤い糸で結ばれているのでな」

「切れ」


 うぉう。俺めっちゃ嫌われてんじゃん。知ってたけどさ。

 モアが目を丸くしている。

 弐瓶教授はさらに「こんなウソつきでくのぼうよりいい男の人は世の中にたくさんいるからさーあ?」と捲し立ててきた。


 例えば誰だろ。

 プロ選手先輩はゲーム以外まるでダメっぽいし。


「はあ?」


 ウソつきはまあ、いいとして、……よかねぇけど?

 でくのぼうのほうは聞き捨てならないなァ。


「ユニはまだ、タクミと知り合って間もないからな」


 フルフルと頭を横に振って、モアは俺の手首と弐瓶教授の手首とを掴むと「二人が仲良くしてくれたら、我は嬉しいぞ!」と二人の手を重ね合わせようとする。

 が、弐瓶教授は嫌そうな顔をして引っ込めてしまったから、モアの思惑通りとはいかなかった。


「あのさ、モア。なんで俺とこの人とを引き合わせたいの?」


 来る前はモアが弐瓶教授と親しくなりたいんだと思っていたけども。

 そうじゃあないっぽいし。

 俺と弐瓶教授との親密度を上げることと、モアが俺と結婚したいこととが結びつかないっていうか。


 そりゃあ、弐瓶教授と付き合えるんなら――この脈なしの状態から?


をこの人って言ったなぁ? 不敬ですわよーん?」


 一回殴っていい?

 一発でこの研究室から追い出されそう。やめとくか。地位がなければボコボコにしてたな。


「ユニはタクミを守ってくれる心強い味方だぞ!」


 嘘だろ。

 現状は味方じゃあなくて敵なんだけど。

 こっちが近づきたくないぐらいには。


 いやさあ、入学したて間もない頃はワンチャンやっていく気持ちはあったよ。

 今でもなくなっているわけじゃあない。


 でも弐瓶教授側は「やだ!」って言ってるし。

 道が険しいよ。モア。

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