第16話 侵略対策委員会
さて、ここの
研究室の先輩方は自分勝手に、各々が好きなことをしている。
俺はプロ選手先輩を観戦しつつ、何をしたらいいものかと考えているのだけど。
大学院の院生って、要は教授の小間使いみたいなもんでしょ?
教授の研究に共感した人たちが集められて、一緒に新しい理論とか新技術とかを生み出すような場所なはずじゃん。
ぜんっぜんそんな感じしねェんだよな。
弐瓶教授と俺とが不仲なせいか、弐瓶教授から詳しい研究内容について聞いたことないしさ。
かといって他の学生と弐瓶教授とが話している様子はなし。
大体の時間をこの部屋に引きこもっていて、みんなが帰る時になって「おつかーれー」と挨拶しにくるだけ。
ここは情報工学を専攻する場所。
でもって、弐瓶教授は人間の脳波を外部からコントロールできるようにする研究をしている、らしい。
という、入る前に大学のサイトで見た――誰にでも閲覧できるところに置いてあった外部向けの情報しかわからない。
入ってからかれこれ一か月ぐらいは経ったのにさ。
隠されてんのか、聞かれないから答えないのか。
「ユニの研究成果を見せてほしいぞ!」
単刀直入にざっくり行ったな。
俺から言っても首を縦には振ってくれなさそう。
モアの言葉には素直に「いいよーん!」と返している。
……あれ、俺のほうが学生だよな?
弐瓶教授の研究室に所属している学生は俺のほうだよ?
学生に何について研究しているかを話さない教授、何?
「これがドーナツパワーかあ」
しみじみ呟いてしまう。
なんだっけ、モアがさっき言っていた『ドーナツの穴が宇宙の入り口』みたいな?
違うような気がしてきた。なんてタイトルだったんだっけ。興味なさすぎて記憶に残ってねぇのウケる。
「
非科学的な話がきたぞ。
弐瓶教授は自身のスマホを片手に、得意げな顔をして「参宮くんが生まれる前、この世界は言霊使いが統治していたのよーん」と語り始める。
いやまあ、俺の隣に
「ん? いや? 参宮くんって何年生まれ?」
「99年生まれです」
俺が答えると「うわ……若っ……」とその厚ぼったい唇をスマホを握っていないほうの手で塞ぐ。
弐瓶教授も教授にしては若いよ。8歳差?
「
気を取り直して、話が続く。
2000年の暮れに自宅での事故で亡くなるまで、長らく日本の総理だった人の名前だ。
まあ、99年生まれな俺はご本人に会ったことはないし、特段思い入れもない。
ただ、この世界の近代の政治にガチで向き合うなら避けては通れない人名になる。
在位中の日本はほぼほぼ独裁国家みたいなもんだったらしいからさ。
俺はそっちの方面には行かなかった。
大学受験の選択科目も政治経済は選んでいない。
人の名前覚えるの苦手なんだよな。関わり合いのある人ならまだしも。
「彼の独裁政治を支えたのが言霊使いとしての能力だったとする。超・常現象ってかーんじ? ……彼の言葉に扇動されて、人々は動いた」
「へえ?」
初めて聞いた説なので、ちょっと小馬鹿にしたような相槌を打ってしまった。
あんまりよくなかったっぽくて、弐瓶教授はうすーく桃色がかった頬を膨らませている。
やっぱりガキっぽくないか?
俺の横のモアは弐瓶教授のその表情のマネをして、プクッとしている。
なんだか吹き出しそうになった。
「人間は身体を動かす時に、脳からビビッと電気信号を送っているじゃーん?」
それでも真面目な話を続けたいらしい。
こめかみをコツコツと叩きながら「風車宗治はその言葉で、この電気信号を乗っ取ってたってわけよ」と物知り顔で言った。
科学的なような科学的でないような。
「私はスマホでこの能力を再現しちゃったのよーん。アプリで電波をビビッと飛ばして、人間を操っちゃう」
俺にスマホの先端を向けて、画面をタップする。
「その、洗脳みたいなことができるんですか?」
スマホで?
電波法的に大丈夫?
というか、俺の身体に害はない?
シミができたりアザが生まれたり、健康被害が出たら訴えてやるからな。
「今、参宮くんはその場から動けないよーん」
ニヤニヤしながら言われて、俺はソファーから立ちあがろうとした。
うまく身体が動かせない。
ケツが座面にくっついているような状態になってしまっている。
「それってなんか、催眠アプリみたいなもんじゃあないですか?」
使う側と使われる側が逆じゃん? って言ったらさらにやばいことになりそうだからやめとこう。
教授ってば自分の成果物が相手にばっちり効いているのを見て満足げにしているから。
機嫌がいい時に神経を逆なでするようなことを言わないほうがいい。
「おおー!」
モアはいたく感動した様子で、俺の腕を引っ張り上げて力づくで立ち上がらせようとする。
痛いんだけど?
「我には!?」
使われたいのか宇宙人。
自分の身体なのに自分の身体じゃあないみたいで気持ち悪い。
上から押さえつけられているような感覚がある。
こうやって身体の自由を奪って、弐瓶教授は教授というポジションまでのし上がったのかァ……?
「えいっ!」
お望み通りにやってござんしょうと弐瓶教授にスマホを向けられたら「うわー! やられたー!」と左胸を押さえてスローモーションで座り込んだモア。
どこで覚えたんだ、その三文芝居。
「やられてないぞ!」
一瞬座り込んでからすぐに立ち上がると、その場でぴょこぴょこ跳ねてみせた。
弐瓶教授は「あるぇ?」とスマホをぶんぶん振っている。
振ったら効くようになるんか?
「もう一回!」
「待ってくれ! 俺には故郷に残した妻と子がいるのだ!」
なんだそのセリフは。
弐瓶教授は「問答無用!」と無慈悲にもスマホの画面をタップする。知能レベルおんなじぐらいなの?
「ぐあー!」
今度は前のめりに倒れて、一旦ひざをついてから「効いてないぞ!」と言ってシャキッと背筋を伸ばした。
再起が早い。
もうちょっとやられている時間を増やして差し上げろ。
「侵略者に攻め込まれたら使えないのん……?」
青ざめているところ悪いけど、宇宙人が来襲したら催眠アプリで戦わないと思うよ。
いろんな兵器を使って迎撃するんじゃあないかな。
それよりも「あの、そろそろ解除していただいてもよろしいでしょうか」俺の硬直状態はなんとかならない?
ボタンひとつで治らないもん?
「よし……決めた」
何を?
「ここに、侵略対策委員会を設置するのであーる!」
なんだ!?
弐瓶教授は覚悟を決めたような顔つきでモアの手を握って、こう問いかける。
「敵性宇宙人が地球にいらっしゃったとき! 我々はどうすればいい!?」
「我のコズミックパワーで徹底抗戦するであります!」
モアは地球人じゃあないだろ。
地球人の味方をして戦ってくれるんか侵略者。
愛って偉大だなァ……(早く解いてくれねぇかな)。
「協力してくれるなアンゴルモア! 報酬は支払う! そのコズミックな力を貸してくれたまえ!」
金だ。
金はあったほうがいいな。あったほうがいいけどさ。
変なノリで謎の契約が交わされそうになってない?
なんだこの流れ。
「我でよければ力になるし、呼び名はモアでいいぞ!」
アンゴル=モアなんだね。
安藤モア呼びで本人が納得してたからまあ、そうか。
「今日からここが地球防衛の最前線になるのねん……!」
「そうだぞ!」
二人で盛り上がってんのはいいけどさ。
女同士で仲良くなってもらうのはいいよ。
俺だけのものではないし。
「ところで参宮くん、解いてあげてもいいけどけど、このアプリのことはみんなにはナイショだよーん?」
モアとキャッキャしていた弐瓶教授は、唐突に俺の存在を思い出してくれたようだ。
スマホのライトを付けた状態で背面を向けてくる。
まぶしっ。
「これから忘れるんだけどねん」
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