デートを止めるな

第17話 映画を観に行こう


 水曜日。

 昨日の晩にモアが「映画を観に行くぞ!」と言い出した。

 いきなりなんだよ、と思ったが、本人は前々から俺とデートしようと画策していたらしい。

 今日の予定が何にもないことは把握済みで。


 朝から。


 ……午後からでもよかったんじゃん?

 眠いんだけど。


「にしても、サメ映画かァ」

「楽しみだぞ!」


 俺たちは今、マルイの上の階にある映画館に来ている。

 こんな平日の午前中から映画を観るやつなんているのか、とエレベーターに乗り込みながら考えていたけども。


 乗っていた人たちの全員の目的地はこの階だった。


「あそこでチケットを発券するのだな?」


 モアは人が並んでいる列を指差し「行ってくるぞ!」と俺が答えるよりも先に離れていく。

 そこまで複雑な操作はしないからついて行かなくても大丈夫か。

 やり方がわからなくとも前の人のを見ていればわかるだろうし。


 ベンチに座る。


 遠目で観察していても(十文字零とかいうモデルの容姿をコピーしただけあって)見失うことはない。

 今日はそこまで派手な格好はしてないのだけど。

 身長も高くて、美人ときたら思わず見ちゃうよな。


 有名人がお忍びで映画を観に来たと誤解されてんのかもしれない。

 ――何の変装もせずに、これから観る映画に期待を膨らませて浮き足立っている。

 逆にわからないか。関係者ならもっと大人しくするだろ。


 サメ映画かァ。

 おばあさまとモアと俺とで何作品かを自宅で観てからの、今日。


 わざわざ映画館で観るほどかな……。

 先週公開の『シャーク・ネゴシエーション』ってのを観るんだけどさ。


 モアは「映画館で観る映画は自宅で観る映画よりもものよ。あと、サメ映画も立派なSFなの。CG技術を駆使しているしね」というおばあさまの言葉を信じ、今日のこの朝の回を自身のスマホで購入していた。

 いつの間にかデビットカードを作っている。

 これは弐瓶教授からの提案らしくて、俺がこのカードの存在に気付いた時には「ふんふん!」と鼻を鳴らして見せつけられた。


「このタイプのカードなら使いすぎないよーん、ってユニから勧められたぞ!」


 アンゴルモアの星は物々交換の文化だもんな。

 クレジットカードなんて持たせたら湯水のように使ってしまう危険性がある。

 金を使っているっていう感覚が薄いしさ。クレカって怖いよな。


 借金まみれになる侵略者は想像したくないよ。

 踏み倒して星に逃げ帰るかもしれん……。


 その場合も人類を滅亡させに恐怖の大王が来るんかな。やめてもらいたい。


「弐瓶教授なあ……」


 弐瓶教授、俺に対してはあたりが強いんだけど、モアに対しては優しい。

 扱いの差がひどくてさ。

 この前の帰り際なんか「また来てねーん」ってニッコニコで手を振った後に俺には中指立ててきたし。

 俺が何をしたっていうのさ!


「胸に手を当てて聞いてみてくださいます?」


 あまりにもあんまりなのでモアの興味がプロ選手先輩のパソコンに向いている間に問いかけたらそう返された。


 教授のそのふくよかな胸に触ってよかったんかな。いや、違うのはわかってんだけど。

 立場が上じゃあなかったら押し倒してるんだけど。力なら勝てるでしょ。向こうのほうがちっこいんだしさ。


 教授だからこっちが遠慮しているだけ。


 プロ選手先輩――本名でお呼びしたほうがいいのか、選手名で呼んでもいいのかわかってない――に相談したら「いいじゃないか。女の子同士の尊みを噛み締めよう」とおかしな宗教に勧誘されそうになった。


 いやまあ、いいんだよ!

 弐瓶教授とモアとが仲良しなのは俺にとって都合が悪い、って言っているわけじゃあなくてさ。


 二人で何コソコソしてるんだろうなとは思うよ。

 相変わらず弐瓶教授が何について研究してんのか知らねェもん。

 モアに聞いても「ヒミツだぞ!」って言われたし。


 むしろ好都合だよ。

 家におばあさまとモアとの二人きりにさせたくないし。

 モアが俺と二人で研究室まで来てくれるほうがさ。


 あのおばあさまと二人で放っておいたら、俺の部屋に上がり込まれそうだし……初日のコズミックパスワード突破とか風呂場乱入とかの悪事を思い出すと、やりかねないじゃん。


 百歩譲っておばあさまだけならいいよ。

 一兆歩譲ってもモアには入ってほしくない。

 何されるかわかんねェし。万が一ウサギさんになんか会ったらと思うと。


 というか、いつの間にモアと弐瓶教授とでライン交換したんだろうな。

 わりと頻繁にやりとりしてるっぽいし。

 今もちまちまスマホの画面を見ている。


 俺にも弐瓶教授の連絡先を教えてほしいなァ。

 人目につかない場所に呼び出したいからさ。


「タクミぃー!」


 そんな大声出さなくても聞こえてるよ。

 駆け寄ってくるモア。驚いている周辺の一般人たち。タクミは俺です。


 いかにして弐瓶教授を屈服させるかを考えようとしてたところなのに「行くぞ! サメ! 観るぞ!」と興奮気味にぐいぐい引っ張って劇場内に連れて行かれた。

 なんか、買わなくていいのかな、飲み物とかポップコーンとか。


「キャラメル食べたいんだけど」


 家で観ている時はおばあさまが何かと用意してくれているから気にしたことないな。

 たぶんこの宇宙人は人類の映画館っていうもの自体が初めてっぽいし。

 俺が売店を指差すと、その匂いは気になっていたようで「そんなの食べたらお昼が食べられなくなっちゃう」と困ったような表情をしている。


 そんなにモアの胃袋は小さくないだろ。

 それとも何、俺の食事量五歳児並だと思われてんの。


「まあ、どうしても食べたいわけじゃあないけどさ……」


 食欲より今はサメ映画っぽいな。

 さっさと行きたいっぽくてモアが足踏みしている。

 俺は観念してついていくことにした。


「あー、あー?」


 正しくスクリーンの前までやってきたところで、今度はオロオロし始めたから「最前列のど真ん中かな」と助け舟を出してやる。

 座席番号のシステムを理解しきれていなかったのかな。

 買う時に選んだ座席のはずなんだけども。


 モアはチケットの半券と座席の背に書かれている番号とを指差し確認してから座る。


「空いているからどこに座ってもいいのかと思っていたぞ……」


 大事故が起こる可能性があったっぽい。

 未然に防げてよかったよ。


 デート、厳しい戦いになりそうだな?


「ふんふん♪」


 ***


 それから約一時間半後。

 映画が終わり、モアは号泣していた。


 宇宙人だから化粧は崩れねェんだけど。

 俺が身体を支えながらでないと劇場から出られないぐらい。


 俺? ずっとモアの顔を見てたよ。

 途中からつまんなくて。横のモアの反応を見てるほうが面白くなったからさ。


 というか、そんな泣く要素あったのか?


 他の観客は「面白かったねー」とか「おなかすいたなー」とか、当たり障りのない感想を呟いている。

 泣いている人はいない。


「サメがぁ……」


 サメのほう????????

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