第18話 高級イタリアン
「サメが歩み寄っているというのに人類ときたら」
ひとしきり泣いた後、今度は人類に憤慨し始めた。
人類がサメと対話して、サメを説得するシーンがあったらしい。
なんだそのシーン。観たかったな。その時だけでも画面を観とけばよかった。
モアの顔が七変化して面白すぎたのが悪いよ。俺は悪くない。
「サメに足はないだろ」
俺が揚げ足をとると「そうだった……」と落ち着いてくれた。
このまま泣き止まなかったらデート中止だったな。映画を観にきて帰るだけ。
まあ、俺はそれでもよかったけどさ。
せっかく考えてくれたデートプランに乗っかりたいじゃん?
モアはハンカチで顔の上にあった雫をそそくさと拭き取って「昼は高級イタリアンに行くぞ!」と宣言した。
映画と同じく、スマホで予約したんだろうか。高級イタリアン。
この辺に長く住んでいるとはいえ、外食しないからどこにどんなレストランがあるかは詳しくねェんだよな。
モアと手を繋ぎ、エレベーターで一階まで降りて、大きな通り沿いを上野駅に向かって進む。
「前にさ」
事故があったのはこの通りではないけども。
というか、事故の話をしたいんじゃあないよ。
赤信号で待ちながら、車を見ていた。
うちにあった車と同じ車種の車が通り過ぎて――
「タクミの思い出話か! どんどんしてほしいぞ!」
モアの声のおかげで、はっとなって現実に引き戻される。
あの車は、うちの車じゃあない。違う人の、違う車。
不忍池には突っ込んでいないし、これから突っ込むこともない。突っ込まないでほしい。誰も幸せにならないからさ。
「そこの二階の喫茶店に行ったことがあるんだ」
事故の被害者遺族である五代さんと会ったあの日を思い出す。
日を改めてまた行きたいと思っていたから、行けるんなら行きたいけども。
高級イタリアンに行くんだったら無理強いはできない。今日でなくても、全然いい。
「タクミが行きたいなら、明日行ってもいいのだぞ!」
モアは俺の視線の先にある喫茶店を見ながら、明日と言ってくれた。
毎日デートかァ。……まあ、これまでも二人で出かける機会は何度もあったし。デートと銘打っていないだけで。
本人的には、いつもよりもデートらしくしているつもりなのかな。
デート服っていうの? 普段よりも派手な服を着ているような、気はしなくはない。
俺がもうちょっとファッションに詳しければ、それとなく褒めてあげられるんだけどさ。
うまいこと言おうとすると、なんだか付け焼き刃で、嘘っぽくなりそうだから言わない。
俺?
俺はプロ選手先輩のチームのパーカーだよ。ネットで売ってたから買ったら、プロ選手先輩が喜んでくれたので普段着にしている。黒地に、肩に沿うように『MARS』と赤で入っているパーカー。
これぐらいならeスポーツチームというかファッションブランドに見えなくもないし。
「今日はここだぞ!」
モアの指差す先には両腕を左右に伸ばして手のひらを広げるポーズをした社長の人形がある。
ここってイタリアンじゃあなくて寿司屋じゃん?
そっか、あれだな。
モアの『ものすごく遠い星』に寿司屋はないだろうし。
あるのかな。あったとしても魚はいるの? 海は?
外国の人たちがジャパニーズ寿司をありがたがるような感覚で寿司屋に行きたいって感じ?
「二階だぞ、二階」
俺が社長の人形を前に首を傾げていると、モアは階段を上がるように促してきた。
「ファミレスじゃん」
高級イタリアンじゃあない。
二階にあるのは高級イタリアン――とインターネットであだ名を付けられたファミレス。
「何名様ですか」
「二名様だぞ!」
モアにスマホを持たせたの、間違いだったんじゃあないかな……?
デートで来るような場所じゃあなくない?
もしかして俺の感覚がズレてる?
「ふんふん♪」
本人がご機嫌だからまあいいか。いいのか?
半信半疑になりながら席に着く。
水曜、平日の真ん中、ランチタイムの前。
これから混み始めるんだろうな、っていう店内の雰囲気を感じつつ、メニューを開いた。
「ミラノ風とはなんだ?」
モアがドリアを指差して問いかけてくる。
ホワイトソースの上にミートソースの乗ったドリア。
「イタリアのミラノで食べられているタイプの。広島風だとか、関西風だとかみたいなもん」
正解かどうかは知らない。
俺が答えてやると、モアはふぅんと納得したようでページをめくる。
パスタのページで「このシシリー風ってのはシシリーという土地か?」と新たな質問が飛んできた。
「シチリア島のことじゃあないかな。イタリアという国はブーツみたいな形をしてて、つま先の先っぽのほうに島がある。レモンが有名な」
こっちは合ってそうな気がする。
気がするってだけだけど。
「タクミは物知りだなあ」
受験で社会科の選択を地理にしたせいで、覚えなくちゃいけなくて覚えた知識。
感心されてしまった。得意げになるようなもんでもないよ。
みんなが常識的に知っているような事柄でも、宇宙人にとっては新鮮らしい。
「わかったぞ。この『ディアボラ風』というのは『ディアボラ』という地域か!」
肉料理のページで『ディアボラ風』の文字列を指差して、俺から一本取ったような顔をする。
残念だけど不正解なんだよな。
「違うよ。ディアボロ――イタリア語で『悪魔の』って意味で」
「引っかけ問題か?」
メニュー作る人そこまで考えてないと思う。
「俺はこれにするよ」
ひいちゃんと来たのが最後だから、このファミレスに来るのは久しぶりだな。
最近はおばあさまの料理か、大学の食堂のランチしか食べていないし。
モアと出会う前は、昼は食べない日もあったぐらいだ。
モアは地球の料理をやたら食べたがる。よっぽど来たかったんだろうな。地球の話だけは聞いていたらしいし。
食堂のメニューを端から順番に頼んでいて、何を食べても「美味しい! シェフを呼んでくれ!」と言っている。シェフは呼ばないでくれ。恥ずかしいから。
特にハンバーグがお気に召したようで、夕飯にハンバーグが出てきた日は喜んでいた。
今日も「ランチメニューの『オニオンソースのハンバーグ』というのにしてみるぞ!」とハンバーグを選んだ。
「この『ドリンクバー』というのは?」
ランチメニューの記載に気がつく。
気がついてしまったか。
「あのコーナーから好きな飲み物を自分で選べる」
俺が『ドリンクバー』のコーナーを指差して答えると「何杯飲んでもいいのか!?」と声を張り上げた。
「そうだよ」
自宅だとおばあさまの目があるからさ。
一応、モアにも居候の自覚があって、冷蔵庫の中の飲み物を減らしすぎないようにしているのだとか。
お茶とか牛乳とかを買って帰る日もある。
「いっぱい飲んでもこの値段?」
「一杯でも何杯でも据え置き価格」
「なら、元をとるぞ!」
何杯飲むつもりなんだ、この宇宙人。
願わくばこの世に存在する『食べ放題』というシステムに気付かないでほしいな。一通り平らげそう。
想像しただけで店が可哀想になるな……。
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