第12話 初めての夜


 女性同士――女性? まあ、容姿といい喋り方といい女性か――の会話に巻き込まれつつ、夕食の時間が終わった。

 気疲れして寝て回復したあとで追加のダメージが来るとは思わないじゃん。


 一日目からこれで大丈夫?

 この生活を続けて一週間ぐらい経った俺、やつれてそう。


「はぁ……」


 深いため息の量と同じぐらいのお湯が湯船から逃げていく。


 今頃おばあさまとモアは食器を洗いながら何を話しているんだろう。

 考えていたらくしゃみが出そうになった。


 なんか噂されてんな。


「入るぞ!」


 浴室の扉が開かれ、一糸まとわぬ姿のモアが現れる。

 噂をすれば影ってやつ?

 影じゃあなくて実体を伴っているんだけどさ。


 食器洗いは終わったんかな。

 自ら進んで「我も加勢するぞ!」と宣言して、腕まくりしていたぐらいだし。

 途中でやめて来たようには見えない。


「宇宙人は男女混浴の文化でもあんの?」


 そもそも風呂ってあるのかな。

 スマホもどきがあって、おはしがあって、風呂は「風呂はあるが、異なる性の二人が入るのは珍しいぞ!」あるんだ……。

 地球上では風呂に入る地域と入らない地域とあるよな。


 話を聞いてるとさ、アンゴルモアの星って日本の文化に結構侵食されちゃいないか? って思う。

 実際行ったら『ものすごく遠い星っぽい独自の文化』はあるんだろうけども。

 さっきも話にちょこっと出てきた、郷土食みたいなやつ。


 モンゴリアンデスワームの香草焼きとか、ネッシーの刺身とか、スカイフィッシュの鍋とか。

 ――食べたくねェな。どんな味すんだろ。


「どきどきしないのか?」


 モアは風呂桶に溜めたお湯を豪快に自身の身体へとかけてから、左腕で胸を隠して恥じらってみせた。

 今更すぎない?


 堂々と入ってきた時点で「特には……」って感じだ。

 見ろ!

 とお出しされると逆にさあ。なんていうかさ。


 ほら、ミロのヴィーナス像ってあるじゃん?

 あれを性的対象として見られるかどうか、みたいな。


「コズミック色仕掛けのつもり?」


 何にでも〝コズミック〟をつけておけばそれっぽくなりそうなので俺も倣って〝コズミック〟をつける。

 色仕掛けされてもなァ。ノーチャンらしいじゃん。


 なのに、浴槽にそーっと入ってきた。

 左足、右足と浸けていき、俺と向かい合うようにしゃがむ。


 さらにお湯が減ってしまう。


「おばあさまが『裸の付き合いをしてくるといいわよ』って言うから……」


 入れ知恵かあ。そうかそうか。そういうことにしといてやろう。

 おばあさまが言ったことにすれば俺が追及しないって思われんのは癪だけどさ。

 都合の悪そうなことは全部おばあさまがおばあさまがって言いそうじゃん?


「タクミともっと早くに出会えていれば、悲しい思いをさせずに済んだのに」


 モデルの女の子をコピーしたその顔は、湯気にあたっても化粧が落ちない。

 撮影用のばっちばちなメイクのまま。


「と、思うのだが、――本来、アンゴルモアの再侵攻は次の世紀末の予定だったのだぞ!」

「へえ……」

「あの事故が起こって、我は恐怖の大王に地球行きを申請した。タクミのそばに行かねばならぬと、確信した」


 事故。

 おそらくはあの事故のことなんだろうけど。


「地球の侵略計画そのものは大昔――それこそタクミが生まれる前からあってだな。事前に地球側にはという形で警告していたのだぞ」


 その辺の話は詳しくない。

 ノストラダムスさんだかの大予言、らしい。

 ちょうどアンゴルモアご本人がいるから、俺も勉強したほうがいいんじゃあないかとは思うよ。

 どっちかっていうと占いとか迷信とか、非科学的なものは信じないほうなんだけども、非科学的なものの結晶たる宇宙人が真ん前にいるから否定しづらい立場になったな。


「地球時間で1999年の7の月に我はタクミと出会って、とんぼ返りした。そのあと、何度か我以外の者が地球に来ていた話はしたな」

「ああ。してたね」


 スマホだったりおはしだったり、風呂文化も持ち帰ってたり。

 モアは「ずっとタクミを見ていた。でもな、運命の赤い糸で結ばれていても、我自身が来ることは叶わなかった……だから、彼らから報告を受けていたぞ!」とストーカーめいた言葉を続ける。


 え、こわ。

 何の視線も感じなかったけどな。


 日本人である俺を監視していたから、日本の技術が『ものすごく遠い星』にダダ漏れだったってこと?

 まあ、おかげで日本語ペラペラ宇宙人ができたとも言えるのか?


「それでな、タクミ」


 モアは一旦この話を区切るように一拍おいてから「タクミはもう、自分を偽らなくてもいい。他人に甘えていい。過度に気を遣ったり、我慢しなくてもいい」と言って、俺の頭を撫でる。


 そのセリフは、俺のこれからの人生は他人に縛られなくともよいのだと、背中を押すものでもある。

 同時に。俺のこれまでの人生の在り方を否定するようなものでもある。


「我には全部話してほしい。我にできることは、なんだってしよう」


 そう。

 じゃあ。


「先っぽだけでいいから」

「だーめ」


 即答じゃん。

 いけそうな気がしたんだけどな。


 イタズラっぽく笑みを浮かべながら「一度ひとたび許したら何度でもつもりであろう?」と図星をついてくる。

 なんだってしてくれるんじゃあなかったの。


「それは何、例のってやつの経験談?」

「そうだぞ!」


 すんごい貞淑な宇宙からの侵略者になっちゃったじゃん。


 その『前世の俺』には殴り込みに行けないから、腹いせにモアの額を目掛けて水鉄砲を食らわす。

 咄嗟に目をつぶって「うきゃっ!」と悲鳴を上げた。宇宙人にも反射はあるっぽいよ。


「タクミぃ」


 濡れた手で顔をぬぐって、改めて真っ直ぐな瞳で見据えてくる。

 俺が「何?」と返せば、浴室の壁に両手をついて、腕と腕の間で俺の頭を挟む。


 えっと、何?

 壁ドンってやつ?

 座高なら人間そんな変わらんし?


「誰かに命ぜられたものではなく、我らなりの幸せを我らで勝ち取っていこう」


 いいことは言ってくれてるんだけどなあ。


 顔がほてってきていて、ほんのり赤くなっている。

 それに、息も荒くなっていませんか。


 上がったほうがいいんじゃあない?


「あと!」


 まだ何か。


「その、セックス禁止とは言ったが」

「撤回?」


 人類滅亡させてでもになってくれ「違うぞ!」なんだ違うんだ。

 期待して損したじゃん。返してくれよ。


「エッチなことはしていきたいと思うから、その、今後ともよろしきゅぅ」


 最後の最後の部分を言い切れずに、のぼせてしまったようでこっち側に倒れてきた。

 薄々感じてたけども、この宇宙人ポンコツかもしれない……。よく地球の侵略行為をこいつに任せたな。恐怖の大王の顔が見てみたいよ。

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