第25話 屋上から見る花火
7月の最終週の土曜日に、隅田川の花火がある。
モアはおばあさまにミニ丈の浴衣を着せてもらって「ふんふん!」と鼻を鳴らしていた。
「どうだ!」
真尋さんがまだ実家にいた頃に着ていた浴衣を加工したものらしい。後妻さんはモアより小柄なので、そのまま着るわけにはいかなかった。おばあさまの高校時代からのご友人による職人芸だ。
そのご友人の持ちビルの屋上から花火が見られるというので、今日の夜はおばあさまと俺とモアの三人で伺わせていただく。人混みに巻き込まれながら見上げる花火より、特等席から眺める花火。おじいさまは取引先の人と見るらしい。
「いいんじゃない?」
俺が褒めたら、モアはスマホをおばあさまに預けて「写真を撮ってくれ!」と頼んでいる。
写真なら俺だって撮れるのにな。わざわざおばあさまに渡して、何枚かポーズを変えて撮影していた。
「今撮らなくても」
家の中で撮る必要あるか?
屋上行くんだし夜景と撮るとか、花火と撮るとか。
モアはよっぽど浴衣が嬉しかったんだろうか「ユニに送る写真だぞ!」とニコニコしながらラインの送信ボタンをタップしていた。いつになったら俺に弐瓶教授の連絡先を教えてくれるんだろう。
というか、俺にスマホを触られるのも嫌がるようになってきたけどさ。弐瓶教授と何話してんの。隠されると気になる。
「恐怖の大王には送らなくていいの?」
アンゴルモアとして『ものすごく遠い星』にいる上司である恐怖の大王に毎日雑なレポートを送る業務は、真面目に継続できているらしい。タイムリミットは正午だっけか。連絡を途絶えさせると恐怖の大王が直接人類を滅亡させに来るっぽいから、マジで真面目にやってほしい。
その点モアは三月から誠心誠意忘れずに送信しているので優秀だと思う。内容はともかく。動物図鑑の完成度は
「浴衣は侵略には関係ないぞ」
ほら、への字になった。
俺は「浴衣っていう文化があったことも残しておこうよ」と言って、袖についていた髪の毛を取ってやる。モアのことだしはしゃいでいるうちにどっか飛んでいきそうだけども、俺が気になったから。
宇宙人も髪の毛抜けるんだな。……違うな。髪の毛にしては白くて細いし? 白髪にしては短い。
「ん」
会話の流れを切るようにモアが目を
ちらっとおばあさまを見たら「見てませんよ」とでも言わんばかりに斜め上へと口笛を吹かれた。うーん、この。
「ん!」
催促されている。
付き合いたてのカップルじゃあるまいし。……カップル?
虚実ではなく事実として「可愛いよ、モア」と囁いて、しゃぶりついた。
***
ところで俺とモアって付き合っているんだっけ。
周りからは彼氏彼女って扱いにされてるけども。
マイル先輩からは「参宮くんは彼女がいていいなあ……」とぼやかれるし。ワイプに自分の顔を映して配信していると、必ず一回は『彼女いないんですか?』とコメントされるんだとさ。なんだ? 容姿の自慢か?
普段のマイル先輩を知っていれば彼女はいないし、彼女を作ろうとも思っていないというか、女同士でキャッキャしているのを見ていたほうが幸せみたいな人だってのはわかるんだけど。
そのコメントがある度に「ゲームが彼女みたいなものなので……」とかわしているらしい。俺は顔出し配信やめたらいいのにって思うし、言ったけど、チームの運営サイドの指示でもあるのだとか。
それはともかく、そばで俺とモアを見ていて恋人に見えるんならそうなんだろうよ。俺もそういうことにしたいところだな。本当は。なのに、まだ一回もヤらせてもらえてない。
そんな一回ぐらいで孕まないでしょ。性交して受胎率百パーセントならこの世の子どもがほしいのに子どもができない人たちは減るはずだし。
人類の滅亡と天秤にかけられて四ヶ月焦らされ続けている。
片方の皿に乗っているものがデカすぎるんだよな……。
「お邪魔しまーす!」
いつも通りにモアが元気よく挨拶して「お邪魔します」と俺が続く。
最後におばあさまが入って「今年も楽しみにしてたわよー」を皮切りに家主と長話を始める。
俺はケータリングサービスの業者よろしく、おばあさまとモアが手分けして作った料理をこの家まで運んできた。とりあえず冷蔵庫に入れときゃいいのかな。今すぐ食べるわけじゃあないし。
着付けてからやたら気に入って、浴衣を脱ぎたがらなかったモア。浴衣のまま台所に立とうとしたから「調理中に飛び散って浴衣についたら困るだろ」と言ったらしぶしぶ上は長袖シャツと下はホットパンツの組み合わせの普段着に着替えた。
宇宙人に裸エプロンはまだ早かったらしい。早かったっていうか「飛び散った時にやけどするから、浴衣より危ないぞ!」ってマジレスされてしまった。ぐうの音も出ない。
「モア」
「味見だぞ!」
食いしん坊のモアはからあげを一個つまみ上げてパクッと口に放り込んだ。
味見で全部なくなったらどうしようか。その時はモアになんか買ってきてもらおう。
「花火は確か、十九時からだったはずだけど……」
ずいぶん早く家を出るなと思った。
おばあさまと家主は玄関先の会話が続いている。
クーラーの効いているこっちで話せばいいのにさ。
「おなかいっぱい食べてから、花火を楽しむのだな!」
モアは手近にあったビール缶を開けている。カシュっという音にはびっくりしたらしく、目を丸くしていた。
食べ物は招待されている側が用意して、場所と飲み物は家主が準備するシステム――とおばあさまから聞いている。
勝手に開けていいのか?
「それ酒だけど」
モアは見た目こそモデルの
「炭酸入り飲料といったところか。いただきます!」
高級イタリアンでも炭酸をやたら飲んでいたし、シュワシュワする飲み物が好きなのかもしれない。あるいはおばあさまが常備しないから、物珍しさもあったのかな。
ゴキュゴキュと音を立てて、一気に飲み干してしまった。
「ホワァ……もう花火が見える……」
ダメな気がする。
たったの一本で赤ら顔になると「ふむふむ……よく眠れそうだな……」と人ん家のリビングのマットの上で寝転がってしまった。弱すぎない?
そんなすぐ眠くなってしまうもん?
「あっ、ねこちゃあん」
来客を察知して一旦避難してこちらの様子を観察していたらしいネコが、隣の部屋からそろりそろりと入ってきてモアの鼻の匂いを嗅ぎ始めた。壁に写真は貼ってあるけども、ご本人……ご本ネコ? が見当たらなかったからさ。過去に飼っていたネコなのかと思っていた。白くて毛の長いネコ。
浴衣についていた毛はこのネコのものっぽい。
野良猫に何度か出くわしてはいるが、奴らはモアが近付くと威嚇しながら逃げていってしまっていた。生き物として察するものがあるのかな。催眠アプリが効かなかったみたいに、人間とは違うなんらかを本能的に感じ取ってしまうような。
この家のネコはモアに撫でられると、すぐにひっくり返っておなかを出した。
「ごろにゃんこ」
その横でモアも仰向けになる。
くつろぎすぎじゃん?
家主――と玄関の方を見やれば、おばあさまと二人してニヤけた顔でこちらを眺めていた。類は友を呼ぶってやーつ?
まあ、怒ってないならいいけどさ。
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