第24話 罪と罰
あれこれと準備して行った海だけど、結局海で遊んだ記憶よりもその近くの屋内型アミューズメントパークで女組がはしゃいでいた記憶のほうが鮮明に残される結果となった。
俺が重い思いをして運んだ海に必要な各種アイテムについては、その間は手荷物を一時預かってもらえるところに預かっている。そのまま自宅まで送ってくれたらいいのに、そこまではやってくれないようだ。
疲労感でさらに重たく感じる。
「ただいまー!」
一方の身軽――ってほどではないか、リュックサックに自分の荷物だけを詰め込んでいるモアの足取りは軽い。
普段運動していないのに体力あるな。基礎体力の違い?
筋肉がついているようにも見えないし。
完全に孫娘のポジションを確保したモアには、合鍵が渡されている。もはや居候の宇宙人という話は遠い過去のもの。そういう設定だったと言ってもいいぐらいになってしまった。これが侵略者の成長力。まだまだ伸び代がある。
モアの宇宙人らしいところ、なんだろう。
体温が普通の人間より低いから、手を繋いでいると冷たいとか? でも末端冷え性の人もいるしさ。片手で数えられるぐらいしかなさそう。
「ただいま」
玄関に靴が一足多い。
おじいさまの分だ。
「おかえりなさい」
挨拶を返してきたのはおばあさまだけで、おじいさまは腕を組んで
おじいさまは寡黙な人だから、特に喋らなくともまあ、普段通り。といっても、俺ごときがおじいさまの人となりを解説できるほど親密な関係かというとそうでもないな。第一、俺は年上の男が苦手なんだよ。
葬式の時には、大泣きに泣いて取り乱している
孫である俺に、生前の
俺たち四人家族が住んでいた参宮家――俺とひいちゃんと、
だから、後妻さんは帰ろうとすればいつだってこの家に帰ってこれたはず。実際に帰っていたかどうかはわからない。俺が後妻さんの行動を全部監視していたわけじゃあないし。
テーブルの真ん中にホールケーキが置かれている。
他にはラップがかけられた手料理の数々。……実はそんなにお腹空いてないって話、できねェなこれ。モアが残さずに食べてくれるか。
「今日はタクミくんの誕生日でしょう?」
この人たちはどんな気持ちで主人公の到着を待っていたのだろう。
おばあさまの声に「そうだぞ!」とモアが返した。
自分で自分の誕生日を忘れていたわけでもなければ、誕生日というイベントは年に一度しか来なくて、他人から祝われるような出来事であると知らなかったわけでもない。
俺は本来ここにいるべきじゃあない。
この人たちに、誕生を祝ってもらえるような人間ではない。
喜ばないといけない。
表面だけでも、喜んでいるように見せないと。孫として正しい行動をしないといけない。中身のない空っぽな感謝の言葉を口にしないと。嘘をついて、本心を押し殺すのが得意になってしまった。俺はこの二十三年間、そうして生きてきたんだから。俺はそういう人間だよ。モアにはどう見えているのかわからないけども。
この人たちは俺の言葉を信じるしかない。
俺が黙っていればいい。誰かから後ろ指をさされようとも。いや、証拠は何一つとして残っていない。徹底的に消し去ったはず。この世界のどこを探しても、痕跡はない。
それに、後妻さんは! この人たちの娘は!
あの事故で亡くなったのだから!
死人は語らないし。
生き残った俺だけが、真実を知っていて、
罪は一生隠し通す。
許されるはずがないじゃん。俺は
許されないのなら、話さなくたっていい。裁いてほしいとも思わない。こうやって、笑顔でなんでもない日々を過ごしていけたらいい。
この人たちを騙している。
俺はこの人たちが死ぬまで、理想の孫として生きていく。
けれども、今もこうして喉がヒリヒリする。どうしておじいさまは険しい顔をしているの。俺は悪くないのに。謝るのは、自分が悪いって認めるようなもん。ここで頭を下げたとして、損しかしない。
もし、何らかの形でバレてしまっていたらと不安感に襲われる。バレる要素はないよ。ない。どこにもない。安心していい。
もしバレてしまえば、現在の、この日常は完全に崩壊してしまう。
ひょっとすると、すべてを洗いざらいぶちまけてしまったほうが楽なのかもしれない。許されないとわかっているから、俺をここではないどこかへと突き放してほしい。こんなに苦しむのなら、やらなければよかったと思う。
俺はどうして間違えてしまったんだろう?
間違いだったの?
許されざる恋、みたいな甘いものじゃあない。俺が後妻さんに抱いた感情は、確実に恋愛感情ではなくて、父親への復讐心だった。真尋さんっていう下の名前を、おばあさまから言われるまで忘れていたぐらいに、俺にとっての後妻さんは父親の所有物でしかなかったから。
生まれてから、ずっと、
逆らえないもの。上位の存在。俺はこの人の庇護下でないと、生きていけない。逃げ出そうという発想が出てこなかった。
でも、よくよく考えたらさ、高卒の
あのとき、後妻さんの怯える表情を見て、俺は父親に勝利したのだと錯覚した。
罪悪感を上回る優越感が、俺を救ってくれた。取り繕って作り上げた偽りだらけの外面に、覆い包まれた内面がどす黒い感情で満たされていく。
まあ、後妻さんは初対面の時から俺を息子とは思ってくれていなかったし。はっきりと拒絶されたのが、記憶にこびりついている。実際さ、後妻さんを俺の母親たらしめていたものは、書面上のつながりしかないじゃん。血縁上のつながりはないのだから、手を出してしまっても――
「タクミくん」
おじいさまが口を開いた。
「僕はお盆が過ぎたらまた旅立たねばならないが、みんなをよろしく頼むよ」
頼られてんなァ。
俺はほくそ笑んで、いや、しっかり者に見えるように。背筋を伸ばして「はい。任せてくださいよ」と答えた。これが罰なのだとすれば、なんて軽いんだろう。
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