第23話 君がいる夏
上野駅から新橋駅まで行き、新橋駅からゆりかもめに乗る。
女子二人は案の定「一番前に座るぞ!」「交通機関っていうより、アトラクションだよねん?」と言い出した。
まあ、予想通りだよ。
既に止まっていた車両を見送って豊洲から終点の新橋まで来たばかりの折り返し運転の車両の、一番前の席を陣取る。
二人しか座れないので女子二人に譲って、俺とマイル先輩の男組は荷物を抱えて横並び。
「はあ」
マイル先輩はため息をついている。
一日のほとんどをゲーミングチェアから動かずに過ごす男に、今日ここまでの移動は堪えたか。それともモニターを見ていないことによる禁断症状が?
「どしたんすか?」
俺が問いかけると、マイル先輩は「次の大会の会場がビッグサイトだから、今度はチームのみんなと乗るのかなって思って」と天井を見上げた。
次の大会かあ。
「へえ、ビッグサイトなんすね」
結構でかいところでやるんだな。
どっかの会議室とかイベントスペースとかでやるもんだと思ってた。
パソコンたくさん並べたらできそうじゃん?
「今年からビッグサイトで、観客も入れるって」
「観客……なんか、マジでスポーツじゃん」
なんだか浮かない顔で「うん、まあ」と返される。
普通のスポーツみたいにユニフォームもあるしさ。
「見に行くか」
ほら、俺とマイル先輩とはこうやって出かけるぐらいなかよくなったけど、マイル先輩のチームメイトのことって知らないし。知らないけどチームとしては応援しているつもり。だったら、現地に行ってもいいんじゃあないか。ファンの一人としてさ。
というか、マイル先輩にファンがいるのかも気になる。いるとしたらどんな人だろう。普段から画面越しに、選手としてのマイル先輩を応援している人たちだろ? 男か女かもわからんし。見に行きたい。
「マジで?」
迷惑そうにされたらやめるつもりでいたけど、マイル先輩は驚いてくれた。
言い方としてはプラスの方の反応だ。
「たぶん、話している時間ないと思うけど……」
まだ練習試合しか見たことないけど、試合が始まる前も試合と試合の間も試合が終わってからも、先輩に話しかける隙なんてない。大会なら尚更ないだろ。
俺が行くって言えばモアはついてくるだろうし、モアと見に行けばいいや。
「一ファンとして観客席にいればいいんすね」
俺が心得たように言えば、マイル先輩は「余計に負けられなくなっちゃったなー」と笑ってくれた。
行っても行かなくても負けないでほしいけど。
「レインボーブリッジ!」
「封鎖できないやーつ!」
のんきな女二人組は東京湾を見てはしゃいでいる。
そんなに盛り上がれるもんか?
「自由の女神!」
「実物よりちっこいやーつ!」
着くまでに疲れないかこれ。
宇宙人のモアはともかくさ。
「ん?」
俺の視線に気付いた弐瓶教授は「なんだよぉ。見せ物じゃないからねーん?」と親指を下に向けてくる。
「いい大人なんだから公共の場で騒がないでくださいよ」
「だってさモアちゃん。怒られちゃった」
怒ってるっていうか車内の人たちの顔を見てから一般常識的に考えて言ったんだけど、モアは「わかったぞ!」と答えてくれた。
もうちょいで降りるんだけどさ。
「ウオオオオオオオオオオオ!」
その分、砂浜で海に向かって叫んでいるモア。コズミック早着替えなのかなんなのか、一瞬で水着にフォルムチェンジしていた。オレンジ色の、パレオっぽい、ハイビスカスの柄の水着。
俺は家で何度も見たので新鮮味はないけど、隣のマイル先輩が「わあ……」と感動しているので似合っているんだろう。
「出てこい! サメ!」
「出てこなくていいよ」
わざわざ出そうとするんじゃあないよ。呼びかけて出てくんのかサメ。モアの『ものすごく遠い星』ではそうだったんか?
「ふふふ」
弐瓶教授は含み笑いを伴って登場した。
あれ、水着どこ? モアと買いに行ったんじゃあないの?
「何さ」
「水着は?」
俺が聞けば「タダで見せちゃうわけないじゃーん?」と睨みつけられる。
じゃあ金払えば見せてもらえんの? いくら?
「サメを討伐してからってこーと!」
どこからともなく――上着のポケットからかな?――スマホを取り出すと、先端を海に向けて画面をタップする。
急に空が曇りだし、太陽が黒い雲に遮られた。ただことではない雰囲気に、一般の客が騒然とし始める。まるで映画のワンシーンのように変化するものだから、歴戦のライフセーバーがその見張り台から降りてきた。
波は高くなる。雷もなり始めた。目に見える範囲にある船たちが一目散に船着場へと進んでいく。
「サメだ!」
マイル先輩が指差した先に、その背びれが見えた。
マジじゃん。来ちゃった。サメ。いるのかよ。
遠近法がバグった。でかい。フカヒレスープが全国民分作れそうな大きさ。作れねェかも。ごめん盛った。
「きゃああああああああ!」
我先にと海から遠ざかっていく人々。砂浜に足を取られながら、他の誰かを押し退けながら。そりゃそうだよ。お台場海浜公園にサメが出るなんて前代未聞がすぎる。今は令和だよ。時代は関係ねェか。東京オリンピックでも使われたぐらいなのにさ。
水族館と間違えちゃいない?
「モア!」
人間が逃げていくのに、宇宙人は海へと近づいていく。
呼びかけに答えてくれないから、俺は「タクミくん!」とマイル先輩が制止する声を振り切ってモアに駆け寄った。
「タクミは、ユニやマイルと共に安全なところに避難してほしいぞ!」
何をしたいのか知らねェけど、俺はモアも連れていくからな。
クソでかサメはどっか、その、駆除する専門の人たちに任せとけばいい。もう誰か通報したよ。すぐに来るだろ。近くの放送局のヘリは早々と来てるしさ。
「サメは見れたからいいだろ」
海に来たかったのはサメ映画で観たサメのホンモノを見たかったからで、目的は達成されたわけだ。
あとは専門家にどうにかしてもらえばいい。
「タクミぃ」
その声は呆れているように聞こえた。なんでさ。モアもこの場から逃げるべきで、こんなところに仁王立ちしている場合じゃない。
コズミックサメ退治なんてしなくていい。
モアは人間になりたいんじゃあなかったの?
「……ああ、そうだとも」
俺は何も言っていない。
想いが伝わったのかはわからないけども、モアは「タクミを怖がらせてしまうからな」と言って、俺の頭を自らの谷間に
だから俺の視界には何も映っていない。
両手で耳を塞がれていたから、何も聞こえてもいない。
きっと実際の時間は何秒とかかっていなくても、一時間ぐらいはその小宇宙に漂っているような感覚があった。
心音は複数聴こえる。モアが人間ではない別の生き物であることの証左のようにも思えた。
誰がどう見ても、疑う余地もなく、モアはかわいい女の子なのに、こうして事実を突きつけられてしまう。
それでも俺は、信じていたい。
***
突然ですがここから
解説はプロeスポーツチームMARS所属の
「なんですかこれ」
ユニちゃんの結界だよーん。ユニちゃんはとってもすんごい教授ちゃんだから、結界を張るぐらいお茶の子さいさい朝飯前なのん。ブイブイ。マイルくんの足元にバミリがあるじゃーん? そこから一歩でも出るとデンジャーゾーンだから、気をつけてねん。
「えー、解説のぼくが状況を理解できていないのですが……」
右手をご覧ください。
今しがた東京湾に現れたる巨大なサメは、快晴の空を暗転させるほどのパワーを持っている激ヤバなバケモン。人類が対抗するには爆薬なり兵器なりが必要なわけだけども、そんなのすぐに降ってこないじゃーん?
てなわけで、私たちの頼れる仲間のモアちゃんが本領発揮なのん。
モアちゃんの〝コズミックパワー〟を信じてもろて。
「なんですか、その〝コズミックパワー〟って」
知らんのか。
モアちゃんから教えてもらってません?
研究室でちょいちょいカレピを差し置いておしゃべりしてるじゃーん? さてはマイルくん、タクミを差し置いてモアちゃんを横取りしようって魂胆じゃないでしょうね? プロとして恥ずかしくないのん?
「いやいやいや、ないでしょ。あんな大勢の前で抱き合ってるような」
ちゃうねん。
あれはモアちゃんが侵略者としての攻撃手段を見せたくないだけであって、リア充アピールちゃうのん。
「といいますとおおおおおおおおお!?」
モアちゃんは宇宙からの侵略者。本当の名前はアンゴルモア。もっと言えば、本当の姿も人型ではない。元々の目的は、人類の滅亡。人類の代わりに、この地球を支配する者。けれども、今は、人類の為に人類の脅威を打ち破る存在。
水着だから(触手で服に穴を開けることはなくて)恥ずかしくないもん!
「ぐるおおおおおお!?」
サメの悲鳴がここまで聞こえてくる。まさか陸地にやべー奴がいるとは思ってなかったでしょ。残念無念また来世ってかーんじ? 触手によってぶつ切りに解体されたサメはスタッフが美味しくいただこうねん。
***
再び光と音が戻ってきた時には、空はすっかり青くなっていた。
サメどこ?
「夢オチ! そういうことにしとこう! うんうん。ぼくらは何も見なかった。いいね?」
マイル先輩がやたら元気に言ってくれたので、サメなんていなかったってことにしとこう。
頭の中で夢オチって唱えていたらそんな気がしてきたしさ!
「今日の夕飯はサメ肉のハンバーグだぞ!」
台無し!
え、やっぱりサメいたよな……どうなったんだサメ……。
俺がモアに抱きしめられている間に何があったのか教えてくれ弐瓶教授。
「あれ使っちゃうか。記憶消すやつ」
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