第8話 ウサギに縋る
ありとあらゆる契約を済ませて帰ってくる頃には夕方になっていた。
特にスマホは、三月という時期的なものもあるのか受付が混み合っていたし。
いざ席に着いたらいらない機能を勧めてきたり公共料金とまとめられそうになったり。
モアに持たせるものだから、必要最低限のプランでいいと思う。
動画サイトを見まくって通信制限がかかったら本人の所持金からなんとかしてもらおう。
時間がかかってしまったのは、俺を対応してくれていた女性が途中で交代してしまったせいもある。
一度聞いたオススメトークがまた一からスタートになっちゃったからな。何が悪かったんだろう。休憩かな。
ひとつ思い当たる節といえば、半分本気で「お姉さんを二台目として契約したいんですが」と相談を持ちかけた時に眉をひそめられたぐらい。
冗談だってば。
「ただいま」
モアは俺が帰ってくるなり「あっ!」とパソコンを閉じた。
閉じてもどうせバレるんだけどな。
というか、雑に扱うと壊れるからやめてくれない?
「はい、どうぞ」
表面のフィルムを貼っただけのスマホを渡す。
俺が使い方を聞かれた時に答えられるように、俺の使っている機種と同じものにした。
新モデルではなくてちょっと前のモデルだから安くなっていたってのはある。
家族が増えることになったタイミングで新しくしたからな。ちょっと前と言っても去年のだし。
宇宙人がどれだけ使うかわかんねェけど、これぐらいのスペックで満足してほしい。
まあ、ラインぐらいは使えるようにしといてやろう。
「うわーい!」
モアは両手を挙げて喜んでから「よいしょー!」というかけ声と共にスマホを床に叩きつけやがった。
何してくれちゃってんの!?
「秒で壊そうとするじゃん!」
つい声を荒げてしまう。
よいしょー! じゃないが!?
ダイニングのほうから「どうしたのー?」と呼びかけられてしまう。
掃除はひと段落ついて、今は夕飯の支度をしている祖母の声だ。
どうしたもこうしたも、宇宙人が宇宙人スタイルを披露してくれたからさ。驚くじゃん。
モアが「なんでもないでーす!」と答えているけども、なんでもなくはない。
「我の星では真っ先に耐久性をテストすることになっているのだぞ!」
その文化にはついていけねェなあ。
ムッとしているモアの手前、屈んでスマホを拾い上げてから「地球のスマホは、あたりどころが悪いと爆発するんだよ」と嘘をつく。
「えぇ!?」
「内部の機密情報を守るためにさ。ほら、連絡先を登録したりスケジュール帳代わりに使ったりするから、敵に渡しちゃいけないやつだろ?」
反応が面白くてついデタラメを並べてしまった。
効果としては「わ、わかった。大事にする」と抜群に効いている。素直でよろしい。
「そうやって落としてると画面は割れるし。修理代がそこそこかかるから気をつけてよ」
これは嘘じゃあなくて本当の話。
俺もひいちゃんに貸していたら何度か落とされて、端っこのほうが欠けているし。
使えなくはないからそのままにしてるんだけども。
「タクミからもらったものだからな!」
正確には入手経路が不透明な金で買ってきたものだから、俺が買い与えたっていうとなんとなく語弊があるようなないような。
いや、買い与えたは間違いないけども。
今は俺の手元にある金だから、俺の金ってことでいいか。そうだな。
まあ、なんとなく落ち着かない気分にはなる。
早いところバイトを探したほうがいい。何しようかな。
バイトバイトっていうけども、ぶっちゃけこれまでバイトしたことないし。
入学金は問題なく――問題なくはないけども、問題ないことにしておいて――支払えたぶん、お次は授業料を納入しないといけなくなってきた。
物々交換の文化たる宇宙人には伝わらないだろうけども、世の中は金。
「……なんだか顔が疲れているぞ?」
モアは顔を覗き込んでくる。
なんだかというか、まあ、疲れてはいるよ。
お前のせいで、とまでは言わないが、疲れた。
一旦この場から離れたくて「祖……おばあさまには部屋にいるって伝えといて」と言い残して自分の部屋に向かう。
これまでは祖母と俺、あと二時間ぐらいしたら帰ってくる祖父の三人で暮らしていたから、立場上言いにくいおばあちゃんみたいな呼び方をなるべく避けて通ってこれた。
伝えておいて、だけだと「誰に?」と聞き返されてしまったらまた面倒だ。
モアが『おばあさま』と呼んでいたのをマネするようにおばあさまと言葉にしてみた。
尊敬の念はあるから、さま付けでいいと思う。
「わかったぞ!」
振り向けば、モアは先ほど床に叩きつけたスマホをいじり始めていた。
モアが元々持っていた改良型のスマホっぽいものとは機能違うかもだし。
見た感じ、背面にカメラがなかった。
星との連絡用っていうぐらいなら、カメラぐらいは付けといたほうがよくないか。
カメラは現地調達してスマホらしきものに写真を転送するのを想定しているのかな。侵略者はウィキペディアから画像拾ってたけどさ。
スマホの操作に手間取るイマドキの若者もそうそういないだろうから、操作に慣れておくのが無難っちゃあ無難ではある。人間になりたいっていうのなら。
人間らしい立ち振る舞いをできるようにしておかないと。
ここまでの行動は、点数をつけるとしたら満点とは言い難い。
待てよ。
なんで俺が宇宙人の心配してんの?
相手は人類を滅亡させるために来たくせに、恐怖の大王っつー、言うなれば上司を欺こうとしているようなやつなのに。
情が移る前に手を打ったほうが人類のためにも、――いや、死なせたら恐怖の大王が直接来るんだった。
クリア条件が難しすぎる。
本人がやろうとしているように、程よく侵略しているように見せかけていくのが最良の選択なのか。
考えれば考えるほど責任が重大だなァ俺。
俺は悪くないのに。
前世の俺はうっかり孕ませて、そんで捨てようとしたら人類ごと巻き込んだっぽいし。……やっぱり規模感おかしくね?
俺にははっきりとした前世の記憶はないからな。何がモアの地雷なのかを避けて通っていける自信はない。努力はするよ。向こうは俺と歩んでいく気があるから、歩幅を合わせてくれそうだけども。
相手は侵略者。その気になれば世界は破滅する。
俺は嫌われないようにしないと。
「ひいちゃん、助けて」
これはきっと、悪い夢だ。
俺はずっと夢を見ている。そんな気がするんだ。目が覚めたら、この家にはいない。
あの父親も、後妻さんも、生きていて、ひいちゃんももちろん生きている。あんな事故なんて、事件すらなかった。そうであってほしい。
俺がそうであってほしいと願っているだけで、目の前にあるウサギのぬいぐるみは現実を教えてくれる。
悪い夢などではないのだと。
「あのときのように」
この立場を、誰かに代わってほしい。宝くじに当たるよりも低確率じゃん。人類代表みたいにされちゃってさ。
上手くやってくれる人はいるよ。人知れず人類を救ってくれるような、ヒーローみたいな人はどこかにいる。俺ではない。
ひいちゃんは、五歳の女の子だったけども、俺を救ってくれた。でも、もういない。この世にはいない。代わりにウサギのぬいぐるみが俺の部屋にある。
ひいちゃんの誕生日に俺が贈ったウサギのぬいぐるみだ。
上野動物園に行った帰りに購入したもので、燃やしてしまったら大事な思い出までもがなくなってしまうような気がして、斎場に持っていかなかったから、ここにある。
生前のひいちゃんがとっても大切にしていたものでもあるので、魂と共に天国へ送ったほうがよかったかもしれない。
むしろ『大事な思い出がなくなってしまうような』というのは後付けの理由であって『当日にウサギのぬいぐるみを持っていこうという考えが浮かばなかった』のほうが正しいのかな。
唯一と言ってもいいぐらいの心の支えなんだけども。
このどうしようもない不安を身体の外に追い出すには、涙を流すしかないと思っているからこうしてウサギのぬいぐるみを抱きしめて泣いている。
俺にとっては大事なものなんだよ。察してくれ。無理かな。難しいか。そうだよな。
ウサギのぬいぐるみを抱きしめて泣いている男って、はたから見たら相当気持ち悪いんだろうな。自室の鍵をかけているから誰も入れない。誰かに嘲笑されたり罵倒されたりはしない。
過呼吸がおさまらなくて、動悸は激しくて、鏡で見なくともわかるぐらいに目の周りを泣き腫らしていても、どうせ誰も救ってくれやしないんだ。知ってる。
かつて俺のそばに突っ立っていた一般的には彼女と呼ばれるような存在も、あくまで一時的なものであって、内面では『男らしくない』だのと嫌悪していたからこそ恋人という関係性が長続きしなかったんだろう。
人間は他人を外見だけで判断し、その内側に秘めた心も強いと勘違いする。
自分で立ち直り、どうにかするだろうと値踏みして、手を差し伸べるようなマネはしない。
同じぐらい困っている人間がいて、性別が男と女であれば女を手伝うのが当たり前だ。俺でもそうすると思うよ。
俺ではなく容姿のかわいい女の子が泣き崩れていたとすれば、大なり小なり下心はあるやもしれない男どもが競い合って駆けつける。
そういうもん。
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