第7話 降って湧いたような金
「大学院?」
クエスチョンマークを脳天の真上に表示させたような反応。
モアの星の教育課程がどうなっているのかっていうか、学校があるのかどうかすらわからないからどこから話せばいいんだろう。
というか、日本語は独学で学んだのか、それとも必修科目として覚えさせられるのか。
言い方からすると前者っぽいけども。
まあ、こんな話者の少ない言語を必修科目にはしないか。
「ユニのいるところか?」
ユニ?
モアの星の大学院にはユニっていう名前の生き物がいるの? ユニ……? とこちらがキョトンとしていると「
「弐瓶教授のこと、知ってるんだ」
あの人、宇宙にまで知れ渡っているのかあ。
神佑大学が誇るロリ巨乳は違うな。
知名度宇宙クラスときた。
サイト見た限りでは何について研究してんのか、どんな成果をあげているのかイマイチ伝わってこなかったんだけどさ。
情報工学だけど、人間の脳波を外部からコントロールできるようにする研究だとか。
脳科学と違うのそれ。
「大学院に行けばユニに会えるのか!?」
モアは俺に飛びかかると、両肩を掴んで揺さぶってきた。
そんなに会いたいのか。
その両目は期待感かららんらんと輝いている。
ファンなのかな。ユニと名前で呼ぶほどだし。
距離感バグって友だちみたいに思ってない?
相手は教授だよ?
こっちは宇宙人だけども。
まあ、確かに大学院に行けば会えないことはない。会えないことはないけどさ。
「何か問題でも?」
俺が口ごもっているのを見て、揺さぶるのをやめてくれた。
部外者のモアが会いたくて連絡を取ったところで、会ってくれるかな。
会うではなくて見るだけにならないか。
「金だなあ」
俺が入学金を準備して、手続きをして、弐瓶教授の研究室の所属にでもなれば難易度は下がる。
同居人の安藤モアですって紹介すればよさそう。
なんか、教授のファンらしくて……ついでに教授の個人的な連絡先を聞き出してほしい。
女同士でうまくやってくれ。
俺も教授とはお近づきになりたいし。
それか「お金があればいいのだな?」
「うん?」
宇宙人は妄想をこれ以上広げさせまいという勢いで「いくらあればいい?」と捲し立てる。
弐瓶教授に会うための金、ってことでいいのかな。
まるでチケット代みたいだな。
「タクミは入学届と言ったな」
「言ったね」
モアはひとつひとつ確認するように「入学届を出すのに、お金が必要で、お金があれば、大学院に行けて、ユニに会える」と言ってくる。
その認識で間違ってはいないから、俺はうなずいた。
そのお金をどうやって調達するかなんだけどさ。丸一日バイトすればなんとかなる額でもないし。
祖父母に頼み込んで貸していただくしか。
どうしても勉強したくて行くってわけじゃあないから、奨学金は考えていない。どこかに借りるぐらいなら行かなくてもいいと思う。
だったら祖父母からも借りなくていいんじゃあないかな。
「我が用意しよう!」
ふんふん! と鼻を鳴らすモア。
威勢がよいのはいいけど何をするつもりなんだ。
その顔と身体のモデルとなった人の人生があるから、犯罪行為はやめてほしいな。
例の〝コズミックパワー〟で何とかするのかもしれないけどさ。
女さんならその身体を売ってくるみたいな――え、俺には禁止しといて?
「しばし待たれよ!」
意気揚々と家を出て行く。
パパ活ルートもなさそうか。本人のスマホは宇宙製のものしかない。地球人と連絡を取り合っている様子もなく。
でも、あてはあるような表情を浮かべていた。
待っておくか。
戻ってくるまでに閲覧履歴とか検索履歴とかブックマークとか整理しておこう。
そのうち本人のパソコンを買うとしても、無断で使われたら怖いし。
いつまでこの生活が続くのかわからんが、この生活が終わった時は人類が滅亡している。
被害がデカすぎやしないか。
パソコンを開く。
宇宙人を一人で放り出して大丈夫かな。
常識があるような、ないような子を。子っていうのも違うか。
見た目は俺より上っぽい。
上っぽいけど、それはただコピーしたモデルの人がたまたま俺より年上っぽいってだけであって。
本来のモアの年齢はいくつだよ。
宇宙人の年齢が地球計算でいいのかもわかんねェ……というか、ついていかなくてよかったのか?
本人の『待たれよ』はどこまで信用できる?
「はあ」
なぜ俺はモアのことを気にかけているんだろう。
帰ってこないなら帰ってこないでいいじゃあないか。
最初は一緒に住む気がなかったんだし。
一時的に変な宇宙人と交流しただけ。
春の短い夢みたいなものさ。
迷子になって、他の親切な人に拾ってもらえばいい。
見栄えはするから、誰かしらが世話してくれるよ。
「ただいま!」
え。はや。
もう帰ってきた……。
しばしってこんなもん? 宇宙基準だとこれぐらいなの? 俺の悩んでいた時間は何。
バタバタと靴を脱ぐ音がしてから、不意打ちに後ろから抱きついてこられた。「ぎゅぇ」と変な声を出してしまう。
スキンシップが多めなのは嬉しいんだけどさ。
「これでどうだ!」
モアは左手で握っていた封筒をポイッとキーボードの上に投げる。
俺の左肩にあごを乗せて「ふんふん♪」とご機嫌だ。
開けてみろってことなんだろうな。
「どうだって……」
札束が入っている。
一万円札が束ねられたものだ。
千円札や五千円札ではなく、一枚抜き取って透かしを見ても本物の一万円札。
偽札じゃあない。
「これだけあれば、我のスマホやパソコンも買えるだろう?」
いやまあ、そうだけど。
そうだけどさ。
「どこから持ってきたのさ」
入手経路が気になる。
モアは「宝くじが当たったぞ!」と即答してくれたが、これだけの金額の当選金は銀行でないと受け取れない。
銀行口座ないじゃん。
ご本人を確認する書類も持っていないし。
「元手は?」
宝くじ路線を保ちつつ、なるべく声のトーンは変えないように聞いてみる。
それでも何らかを察したようで、モアは俺から離れて「ご、五百円が落ちてて」とまた人差し指同士をくっつけたり離したりしながら答えた。
「本当は?」
「タクミのダウンジャケットを売って……」
売らないでほしい。
返してくれよ。
あ、でも、くれてやるって言った気がしてきたな。言ってはいないか。どっちだったっけ。
「スクラッチで当たったぞ! これで我々の当面の活動資金が確保できたなって思って、急いで帰ってきた!」
スクラッチなら窓口で受け取れるのかな。
いやいや、そんなことはないだろ。
「我らの星では物々交換が主流だから、こんな紙に価値があるなんて信じられないぞ!」
モアは俺から離れて、俺が札束から抜き取った一万円札をひったくって抗議する。
スマホもどきを作る技術はあるのに。
そういうところは原始的だな。
「まあ、いいよ……宝くじに当たったってことで……」
結局俺が根負けして、半分の五十万円を受け取った。
まあ、入学金を支払って全てではないし。
ないよりはあったほうがいい。当選金と思い込もう。そのほうが精神衛生上いいから。
これから払込をして手続きを済ませてこないといけない。
ついでにモアの分のスマホを俺の名義で契約して、あとパソコンも――パソコンはバイトを探してからにしよう。そうだな。今すぐに必要ってものでもないしさ。
しばらくはモアと共用にしておこう。パスワードかけたりクラウドストレージに移動させたりしたし。
そこまで漁らないだろ。
「いってらっしゃーい」
ついてくるかと思いきや、モアはヒラヒラと手を振ってきた。別についてきてほしいわけじゃあないけど。
「我は来週までのレポートを作っておくぞ!」
なるほどね。
アレぐらいならまあ、作っておいて送るだけにしとけばいいのか。
さっそくオセアニアの動物を調べている。
南半球から侵略を開始したことにしたいのかな?
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