第6話 賽は投げられた


 お茶会はモアがクッキーをペロリと平らげて終わった。

 他人の家に上がったときにお出しされたお茶菓子を食べ切ってしまうのははしたない振舞だけども、おそらく宇宙人のマナーでは『出されたものは全部食べる』が当然なのかもしれない。そう思うことにしよう。

 こいつの辞書に『郷に入れば郷に従え』という言葉はあるんだろうか。


 今は俺のパソコンを借りて、リビングでレポートを作っている。

 祖母はレポート作りに興味津々といった様子だったけども、モアが寝泊まりする部屋――元々は自身の娘が使っていた部屋を片付けるためにそっと離れた。

 見ていても地球人がパソコンで作業しているのと何ら変わらんしな。


 フォトショを開く。グーグル画像検索をしている。コアラの画像を見つけて「かわいいー」と呟きながらデスクトップに保存して、今度はウィキペディア。


 スマホの次はパソコンを貸し出している俺。スマホはまあ、スマホには見られたら困るようなものは保存していないからいいけども……パソコンはできることなら貸したくないな。


 フォトショぐらいならいいけどさ。

 閲覧履歴とか検索履歴とかブックマークとか見てほしくない。

 他のファイルも触ってほしくないし。


 というか、ずいぶんと使いこなせている。

 これだけ普通に使ってんのを見ていると尚更貸したくねェな。例の前世の記憶とやらのおかげなのかな。


「これで完成だぞ!」


 オーストラリアに住んでいる動物の写真に、ウィキペディアから引っ張ってきた紹介文を貼り付ける作業が終わったらしい。


「これで……?」


 地球に住む動物の図鑑かな。


 俺が出来上がった画像を見て首を傾げていると、モアは「人類を滅ぼした後に、我々は動物たちと共存しないといけないからな」と付け加えてきた。


「人類の調査結果をまとめて、我らの星で保管しておかねばなるまい」


 立派なお仕事だが、ソースはウィキペディアでいいんだろうか。

 モアは人類を滅亡させる気はないらしいけども、恐怖の大王のほうはこれで納得してくれるのかな。……俺が気にかけることじゃあないけどさ。


 専門書を読むなり、論文を調べるなりしたほうがいいだろ。


「パソコンで作ったレポートをどうやって星に送るの?」


 俺の疑問に、モアは得意げな顔でスマホもどきの側面を指差して見せる。

 USB-Cの差し込み口だ。


「地球とモアの星とは『ものすごく遠い』んだったよな?」

「そうだぞ!」

「地球の技術、流出してねェか?」


 スマホもどきはスマホにしか見えないけども、モアの右腕の中に格納されていたところから鑑みるにスマホではない。

 慣れた手つきでパソコンのUSBポートにケーブルを繋いでスマホもどきとを接続した。

 ケーブルも腕から引っ張り出している。どういう収納方法だよ。血管?


 デスクトップ上に『アンゴルモア専用』のフォルダが表示される。


「我が初めて地球上に来てから、その後に何体か派遣されてだな。そのうちの一人が持ち帰ってきたものを我らの技術で作り直したのがこの現行モデルだぞ」


 アンゴルモア以外にも宇宙人が地球に来ているっていうところに驚けばいいのかな。

 結構アップグレードしてんじゃん。

 地球とその『ものすごく遠い』星とで連絡が取り合えるってさ。


 スマホはせいぜい地球上と宇宙船ぐらいまでなのに。

 宇宙人の技術力、何。


「我のレポートは『ガイア戦記』でいこうと思う! 来た、見た、勝った、だぞ!」


 ガリア戦記をもじったのかな。

 歴史の知識があるのかないのかよくわからん。

 それに、勝ってはいない。


 モアサイドの勝利条件は人類の滅亡じゃあないのか。


「ふんふん♪」


 モア自身はこのレポートが上出来だと思っているのか、鼻歌まじりにボタンをタップしている。

 小学生でも作れそう。


「これを毎日、正午までに送っておけばよし」


 ああ、毎日なんだ。

 毎日この低クオリティのレポートを送り続けて、恐怖の大王の目を欺く。

 これで本当にいいんなら、毎日できそうではあるけどさ。


 完全に人選ミスじゃあない?


「あのさ、週報じゃあダメ?」


 毎日送るより一週間に一度、しっかり調べたものを送りつけたほうがいいんじゃあないか。

 提案したら「毎日送らないと恐怖の大王が『アンゴルモア、どうしてるかな』って地球まで見に来るぞ!」と返された。

 心配性すぎない?

 でも、ご本人に来られたら困るな。全然侵略してないってバレるし。


「ほら、返事が来た」

「はやっ」


 画面を見せてくる。そこには『おつかれさまです』の一言があった。

 日本語なんだな。

 というかレポートも日本語だったし。


「モアの星の共通言語は日本語?」


 なんか『ものすごく遠い』星なのだからそちらで根付いた言語がありそうなものだけど。


 モアはケーブルを引き抜きつつ「我に関心を持ってくれて嬉しいぞ!」と満面の笑みを浮かべる。


 そりゃあ、祖母ほどじゃあないけどさ。宇宙人と出会えるなんて思ってなかったし。

 それに、コミュニケーションが取れる宇宙人なんて人生の中で会えるかどうか。大体の人は会えないよ。


「我はタクミと話したくて日本語を学んだのだぞ」


 なんて言えばいいのかな。俺はモアの笑顔から、何と言ってほしいのかを考える。

 こういうのは得意なはずなのに、……まあ、現地語が日本語じゃあないのは確定かな。


「一仕事終えたところで! タクミの秘密のファイルでも探すぞ!」


 言葉を探していたらフォトショを終了してデスクトップ内でマウスポインタを泳がせ始めた。やめろ。


「できたんならいいだろ」


 俺は横から電源ボタンを長押しして強制終了する。

 モアの不満げな顔が黒い画面に映った。


 やってほしくないこと第一位をやろうとするな。

 唇を尖らせてもダメだから。


 モア専用のパソコン、買わなきゃダメか?


 モアのスマホもどきとスマホとでファイルの転送ってできねェのかな。

 モアも人間として生きていくんならスマホを持ち歩いたほうがよさそうだけども。


「出費……金……大学院の入学届!」


 未知との遭遇のせいですっかり忘れそうになっていた。

 振り込まないと。


 その相談を祖母にしないといけないんだよ。部屋の掃除をしてもらっている場合じゃあない。

 結局行くのか行かないのかってところも話さないといけないし。

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