第5話 祖母であり母でもある
「二人は付き合って長いのかしら?」
同じ轍を踏まないように、息を吹きかけて冷ましてからコーヒーを一口飲もうとしたらめちゃくちゃ的外れなことを言われた。むせそう。
モアは「さすがおばあさま!」と目を輝かせて「前世からの付き合いだぞ!」とその胸を拳で叩く。
そのテンションのまま行くのか。
「なんだか雰囲気が似ているものね」
嘘だろ。
俺とモアと? ついさっき会ったばかりなのにさ。
というか前世の部分に突っ込んでくれよ。なんで納得してんだ。おかしいって。
隣は「えへへ」って照れてんじゃあないよ。
俺はお前がアイドルの女の子から今の姿に
「雰囲気……?」
「ほら、カップルや夫婦は似てくるって言うでしょう?」
そんな話を聞いたことがないわけではないけども。俺とモアとは本当にさっき会ったばっかりで。
俺としては彼女としても認めたわけじゃあない。そうだよ。
なんだか、結婚が大前提で同居しようとしてるみたいだけども。違うからな。
それなのに「まだ
「こんなにかわいい彼女がいるのなら、早く教えてくれたらよかったのに」
さっきできたんです。――いや、できてないできてない!
気を確かに持てよ俺。この流れに流されたら俺とモアとが彼氏彼女っていうのが既成事実となってしまう。
強めに否定しておかないと。
「彼女じゃあないです」
「結婚を前提にお付き合いしていて、今日からこの家で同棲しようと思う! おばあさま! ビシバシ鍛えてください!」
モアは額をテーブルに叩きつけそうな勢いで頭を下げた。マジかよこいつ……。俺が否定した横から被せてきやがったよ。
ま、まあ、こんな剣幕で言われたら祖母もドン引きするだろ。
「あら……お部屋はどうしようかしら」
おばあさまぁ!?
どっちかというと肯定寄りの返答、何?
「我はリビングで寝袋でも」
身体がバキバキになりそうな選択肢。
宇宙人、今は地球人の身体になっているという自覚があまりないのかな。その身体で毎日床の上に寝袋で寝たら全身筋肉痛になりそう。
「そうはいかないわ。そうね……真尋の部屋でもいいかしら」
祖母にとっての亡くなった娘で、俺にとっては二人目の母親。
後妻さんの名前が、真尋さん。
俺から真尋さんだなんて――父親の再婚相手を名前でなんて呼べないから、直接その名前で呼んだことはないけども。
「あの子が出て行ってから掃除していないから、あとで掃除するわね」
いいのか?
俺が口出ししていいのかわからなくて、視線を逸らしてコーヒーを啜る。薄めだ。アメリカンぐらい薄い。
「そんな、いきなり押しかけてきたのにいいんですか?」
宇宙人にも思うところがあるらしい。厚顔無恥かと思えば絶妙に常識的なところを兼ね備えている。敬語になってるし。
「いいのいいの。……なんだか、娘が帰ってきたみたいだから」
俺は余計に何も言えなくなる。あの事故自体、俺が悪いわけじゃあないけども。そうだけどさ。
「我は娘さんの、その真尋さんの代わりになれるかはわからないぞ。宇宙人だから」
「おい」
祖母に対しては何も言えないけどもお前には言うからな。宇宙人ってバラすのかよ。
「あら! そうなの!?」
なんかノリおかしくない?
テンションが急に上がったけども?
祖母はモアに対して人差し指を近づけていく。
その意図を瞬時に把握した宇宙人は、その人差し指に人差し指をくっつけた。……えーっと、E.T.のアレかな。
「おばさんね、生きているうちに宇宙人に会うのが夢だったの!」
初耳だな……。
そういえば、この家には本棚にDVDやブルーレイディスクのパッケージが並べられているもんな。最初に来たときにまじまじと見てしまった。サブスクリプションじゃなくて円盤を買う人なんだな。俺は授業で観させられた映画ぐらいしか知らないけど。E.T.もそれで観たし。
リビングのテレビがやたらでかいのは、映画用か。
「モアちゃんの星はどのぐらい遠いの? 移動手段は? 地球に来た目的は?」
矢継ぎはやに質問を投げかけていく。
モアは「ものすごく遠い! コズミックパワー! 人類の滅亡!」と端的に答えていった。
ものすごく遠いんだ……ウルトラマンの星とどっちが遠いのかな……。
「滅ぼすのが目的かあ」
「うむ!」
コズミックパワーも謎だ。移動手段に対しての返答だよな。コズミック……パワー……。
「一人で滅ぼしにきたの? それとも尖兵? 斥候?」
「我が失敗したら恐怖の大王が動くことになっているぞ!」
ふーん? 祖母も俺も、そうなんだ、って顔をしている。
それぞれ思うところは違うだろうけども。俺は、じゃあ前世ではアンゴルモアは作戦失敗した扱いになって、そんで人類が滅ぼされたんだなって思った。
「タクミくんと結婚するのは、成功なの、失敗なの?」
人類の滅亡を目的としていて、現地民と結婚する。
それだと目的のほうは達成されていないような、というのは俺も引っかかるところ。どうお考えだろうか。
するとモアは「ああ、それなら心配ご無用!」と右腕からスマホを取り出した。そこから出てくんのか。
というか、持ってんのかよ。
「これはタクミの持っているスマホとは違って、星との連絡用だぞ!」
俺が貸さなくてもよかったじゃん。って視線で気付かれてしまったのか、モアが膨れっ面で解説する。
「毎日、これでレポートを送る。今日はこの場所を侵略しましたって送り続けていれば、失敗したことにはならない」
「バレない?」
「そこはバレないようにするぞ!」
心配だな。
やけに自信満々なのも含めて。抜けているように見えて案外そういう仕事の面ではしっかりしているのかもしれないし。そうであることを祈ろう。
いつまでに滅亡させろみたいなのはないのかな。毎日欠かさずレポート提出でクリアするんなら、まあ、期限はないのか。
「なるほどねぇ……?」
祖母は含みのある笑みを浮かべながら、俺とモアの顔を見ている。
そして「タクミくんに人類の命運がかかっているってことね」と俺に圧をかけてきた。
えぐいて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます