第4話 お持ち帰り
不忍池から歩いて小一時間。
俺は俺と結婚したい宇宙人のアンゴルモアを連れて父親の後妻さんのご実家こと現在の俺の家に帰ってきた。
連れて、というか、アンゴルモア側は彼女気取りで左腕に絡みついて離れない。連れてきたというよりくっついてきた。
幸いにも道中で顔見知りには出くわさなかったが、願わくば家の中に祖母がいませんように。
買い物にでも行っていなければこの一戸建てに100%ご在宅だけどさ。
「待て」
カバンから鍵を取り出そうとしたらアンゴルモアに腕を引っ張られた。何さ。
表札を指差して「参宮ではない」と言ってくる。
まあ、そりゃあ……。
「後妻さんの旧姓だからさ」
違う家に入ろうとしていると思われたんかな。
宇宙人に人間の、人間じゃあないな、日本人の常識は通じないか。結婚したら男側の名字になるっていうの。
女側の名字になったり、夫婦別姓が騒がれたりしているが、そういう少数例はともかく。
表札には
「よもや」
「読めるんだ」
初見で読める人は珍しい。
大抵の人は『しほう……?』で困った顔をする。俺もそうだったから。頭がいいのだか悪いのだかわからないな。
「ふんふん♪」
褒めたつもりはないんだけども。ちょっとびっくりしたってだけでさ。あんまり頭良さそうじゃないし。
いや、この顔はスマホで調べて出てきたモデルさんの顔だから、その人をバカにしているみたいになってしまうな。
というか、この人に偶然出くわしたらどうすればいいんだろう。確率としては低いと思うけどさ。
まあ、世界には三人も同じ顔の人がいるらしいし、低い確率の物事を今検討しなくてもいいか。
その時はその時で考えよう。
「……ただいま」
恐る恐る扉を開ける。
すぐさま祖母は気付いて「あら、早いわね」と言ってきた。
普段は夕方に帰ってくるから、確かにこの時間に帰ってくるのは早い。紅茶の香りがする。
「お邪魔するぞ!」
大声を出すな。
瞬間的に耳を塞ぐと「やあやあ我こそは、本日からこの家でお世話になるアンゴルモアだぞ!」と大河ドラマの戦国武将の名乗りのごとき挨拶をした。
お邪魔すると言ってからお世話になるというのは日本語的にどうなんだ。お邪魔するっていうのは一時的に滞在する場合なんじゃあないか。
本日からお世話になるって言ってるし。日本語は難しいぞ。
「アンドーモアさん?」
祖母よ、その聞き間違えは。
と思いつつ左腕のアンゴルモアをちらりと見やれば「アンドーモアだぞ!」と言い直していた。それでいいのか。一気に今風の日本人っぽい名前になったな。
アンドーはなんだろう。安藤とか?
「話を聞こうかしらね。そちらに座って」
門前払いとはいかなかった。
第一印象は好印象でよかったな。
俺は、――まあ、出会った直後よりはよくなっているよ。出会った直後は今と違う顔つきだったけども。
アイドルの子より今のほうがまあ、いいんじゃないかな。
というか、アイドルのまんまだったら、朝霞なんたらさんと一般人の俺が付き合っているみたいになっちゃうし。
それはそれで問題がありまくる。
アンゴルモア改め安藤モアの俺に対する熱意に
まだ疑っているところもあるさ。
宇宙人、何考えているかわからない。
取り急ぎ、セックス禁止はどうにかならないかな。他にセフレを作ればいいのか。
「タクミ」
二の腕をつねってくる。
痛いんですけどお?
なんですかそのジト目は。
「安藤さんは紅茶好き? コーヒーのほうがよければ」
「好き好き! 好きだぞ! ダージリン、アッサム、コロンビア!」
祖母の質問に勢いよく返事をするモア。コロンビアは違うんじゃあないかな。
でも祖母が「ふふふ、元気でいいわね」と笑ってくれているからいいか。
「タクミくんは?」
「同じのでいいです」
なんとなく。なんとなくではあるけれど、俺は祖父母との距離感を掴めていない。
一般的なおじいちゃんおばあちゃんと孫の関係性なら、甘えていいんだろうけども。この家は父親の再婚相手の実家。
しかも、俺の父親が起こした事故でその再婚相手と連れ子は亡くなっている。
再婚相手は祖父母にとっての娘さんだし。
連れ子のひいちゃんは初孫。
葬式で泣き崩れる姿を見てしまった。
人目もはばからずに。
あの父親が悪い。
あんな事故を起こしたせいで、こんな普通の人が悲しい顔をしないといけないなんて。俺は悪くない。
よくしてくれているのに、敬語で話してしまう。
あちらは何も言ってこないし、俺が壁を作ってしまっているだけ。きっとそう。わかっているさ。
でも、このままでいいと思う。
「よくないぞ」
モアに諌められてしまった。
俺も紅茶を飲むのはまずかったかな。
祖母が怪訝な顔をしているので「やっぱ、コーヒーで」と変えてもらう。
何が『よくないぞ』なのかはわからないけども。
別にコーヒーが苦手ってわけじゃあないし。
午後のティータイムに同席するのは初めてだからか「お砂糖とかミルクとか要る?」と訊かれる。
「大丈夫です」
靴を脱ぎ、二人でダイニングまで歩いていく。モアは二人三脚でもやっているかのように離れない。
ダイニングのテーブルにカップが置かれた。俺はコーヒーが置かれた前に座り、モアはその隣に座る。
ここでようやく離れてくれた。女の子にくっつかれているのは悪い気はしないけども、ここまでべったりされると気疲れする。
俺の向かい側に祖母が座って、テーブルの真ん中にはおそらく祖母が一人で食べる予定だったのであろうクッキーがあった。
「いただきます!」
モアは景気良く手を合わせてから紅茶を飲もうとして「あチッ!」と唇を離す。そりゃそうだ。
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