第3話 我らの進む道


「なんでダメなのさ」


 彼女と同居しているけどもセックスはしていません。なんてことある? ないでしょ。


 宇宙人は婚前の性交渉を認めない宗教なのかな。宗教ならしょうがない。


 お引き取り願おう。うちには一歩も踏み入れさせないし、俺のことは諦めてもらおう。お互いのためにもそうしたほうがいいよ。

 宇宙人って保健所に連絡すれば引き取ってもらえるのかな。


「人類が滅びるから……」


 自分の両手の人差し指をくっつけたり離したりしながら壮大な理由を口にするアンゴルモア。ますます謎だよ。どういう因果関係でそうなんの。


「どんな玉突き事故だよ」


 だったら付き合わないほうがよくないか。

 なあ。他の相手を探してくれよ。

 背の高いやつがいいんなら俺じゃあなくてもいい。


「前世で起こったことをかいつまんで話そう。落ち着いて聞いてほしい」


 俺はずっと、落ち着いて聞いているつもりなんだけども。イライラしているように見えたかな。深呼吸して「どうぞ」と答える。


「我とタクミとの間に子どもができて、その子をどうしても育てたい我となんとしてでも産ませたくないタクミとで対立して、そのあと色々あって我を地球に遣わせた恐怖の大王がブチギレたら人類が滅亡寸前まで追い込まれた」


 なんだそりゃ……。どうぞ、と言った手前、なんらかのアクションは返したいが、まずは唖然としてしまう。

 すんごい風評被害。身に覚えがなさすぎて。


 俺何してんの。


 いやまあ、子ども――子どもはいらないな。まだ二十二だし。というか宇宙人と子作りできるんだな。知らなかったってことにしておこう。無知は責められないからさ。

 知ってたらやらなくない? 人間と宇宙人との間の子って何。


「今回はそうはならないようにしたいから、原因となった行為をやめようと思う」


 目を輝かせながら宣言してくれちゃっているが、原因となった行為のその前の段階でやめるのはどう?

 俺の意見としては「付き合わないってのは選択肢にないの?」だ。


「ふむ?」


 キョトンとしている。

 そっちは盛り上がっているけども、こっちはオーケーした覚えはなくて。


「そもそもアンゴルモア――さん? は、何しに来たのさ」


 前回は失敗してしまった侵攻行為をやり直しにきたんじゃあないのか。リベンジっていうか。マジで俺と結婚しにきたの?


「おおぉ……!」


 思ってたんと反応が違った。

 俺の手を握ってブンブン振りながら「初めてアンゴルモアと呼んでくれた!」と感激している。そうなの?


「台本とは異なる展開だが、嬉しいぞ! 我の名をもっと呼ぶがよい!」


 そう言われると言いたくなくなる。前世の俺はなんて呼んでたんだよ。なんかあだ名でも付けてたのかな。


「さっきの話だと、地球を侵略しに来たんじゃあないのか?」

「うん!」


 うん! じゃないが。今回も目的は一緒ってことね。

 1999年の7の月前回と変わらず、この地球を次なる移住先とするために宇宙の果てから来たと。

 前回の失敗を活かして、環境に適応する形で。


「それで、なんで俺に声をかけたのさ」


 俺の手を強く握って「人類を滅ぼしたくないから」と答えた。うん?


「タクミと二人で、この地球で、人間として幸せな家庭を築きたい」


 それって前回――じゃなかった、前世の二の舞にならないの? ああ、それで俺に我慢しろって話?


「他をあたらない?」


 俺には荷が重すぎる。

 恐怖の大王とやらがキレないようにご機嫌を窺いながら、この美人には一切手をつけずにずっと待てを喰らい続けるんでしょ? 

 据え膳食わぬはなんとやらじゃあないの。


「……我のことは嫌いか?」


 あれ。ミスりましたか。嫌いかって話ではないんだけども。

 女さんのこういうところ、めんどくさくて嫌い。もうちょっと俺の話を聞いてほしい。


 人類を滅ぼされるのは、人類が滅んだみたいで嫌だよ。俺が悪いって言われるじゃん。

 アンゴルモアのほうから惚れられているのにさ。理不尽じゃあないか。


「タクミはとは言われたくないのだったな」


 知ってんじゃん。これもまた前世の知識ってやつなのかな。そうだよ。


 その言葉を異性からかけられたとき、その言葉通りに俺のことを好いてくれているのだろうと俺は思うが、俺はどのような反応を返せばいいのかと困ってしまう。

 心が性欲に押し負けて、過去に何度か女性と付き合ったことはあった。求められるままに相手へ「好き」という言葉を返すことはあっても、本心から「好き」と思ったことはない。おうむ返しっていうのかな。


 どういう気持ちが「好き」なのか、わからない。


 俺の生育過程において正しい形の『愛情』が注がれなかったからだと心理学の教授には指摘された。ふーん。そうなんだ。


「でも、このままでいいとは思っていない」


 心を見透かされているようで気味が悪くなって目を逸らす。


 よそ様のは、うらやましいぐらいに輝いていてまぶしくてキラキラしていて、どんなに手を伸ばしても届かない。


 誰かに付き従うだけの人生ではない。真の意味での家族がほしい。

 誰かに命ぜられるままに動く人生ではない。当たり前の幸せがほしい。

 燃え上がるような熱い情愛ではなく、包み込むような暖かい愛情がほしい。


 それなのに、誰にも理解してもらえない。恋人がほしいのではない。距離感がわからない。不必要に近づいて、傷つけてしまって、恋人気取りの相手は離れていく。


 俺が悪いのか。そうか。悪いんだな!


 悪いなら悪いと言ってくれ。反省している顔をしてやるからさァ。よぉく見とけよ。どうしてまた俺は他人に振り回されているのだろう、と気付いてしまって、涙が流れる。

 勉強ばかりができていても、人間としては未完成らしい。なんらかの障害と診断されたほうが、まだ、諦めがつく。


 誰かにそうだと言ってほしい。適切な言葉を当てはめて、俺を安心させてくれよ。


「我はの人間ではないから、お望み通りではないかもしれないが、……我なりにいっぱい考えて、タクミと歩んでいきたいぞ」

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