第3話

その日の晩——。私はLINEで美和にメッセージを送り、もう一度話せないか説得する。場所は私の部屋。美和は最初は乗り気ではなかったが、しつこくメッセージを送ったため渋々、オーケーした。


「こうやって二人だけで話すの久しぶりだよね」

「ちょいちょい話してるっしょ」

「でも、だいたい事務的な事じゃん」


私はベッドの上で。美和は床に座る形で話がスタートする。当然、あんな事があった後だから両者ともにどこかぎこちなく、一向に目線を合わせようとしない。特に美和は早く話を終わらせたいオーラ全開だ。

ここで世間話を続けていてもあれなので早速、本題に入る。


「いつから私の裏垢の存在知ってたの?」

「三ヶ月前、たまたま美玖のスマホの画面が見えちゃって」

「ああ……」


今もそうだが、スマホを食卓に忘れる時がちょくちょくある。私のスマホは通知が来ると勝手に画面が開く設定になっていて、その時に知ってしまったようだ。


「でも、なんで別人を偽って私の下着なんか買ってたの?」

「売り子を辞めさせるためだよ‼」

「お、おう……」


美和の突然の気迫に私は気圧され、後ずさる。

本人曰く、本当は買う気はなかったが、どう説得して辞めさせるべきか思いつかず一先ず、自分の財布と相談して下着を買い占めることにしたらしい。なるべく他の男の手に渡らないようにバイトを増やして頑張っていたとか。


「そんなことしなくても、普通に直接言えば良かったのに。辞めろって」

「どうせ、真っ向から説得しても言う事聞かないと思って。美玖って変に頑固なとこあるし」

「確かに」


恐らく険悪なムードが漂っている状態で私に売り子を辞めるよう説得しても素知らぬふりをするか最悪、逆ギレして終わるだろう——。そう思うと、私ってマジでクソだな。


「ウチって基本、勉強とか運動とかなんでも器用にこなせるけど、美玖の前だと何故か不器用になっちゃうというか……。取り敢えず、下着を買い占めることしか思いつかなくて」


美和は少し俯き、ギリッと奥歯を嚙み締める。


「美玖が売り子やってるって知っちゃった時、凄い悔しかった……」

「ん? 悔しい?」


美和は感情が昂ぶったせいか、急に私の両肩を掴み、真っ直ぐな瞳を向ける。数年ぶりに見た彼女の真剣な表情だ。


「美玖はウチにとって双子の姉でもあり、憧れの人でもあり、ライバルでもあった」

「は? 私なんか美和と比べて欠点しかないじゃん!」

「その欠点を欠点だと思わずに、ひたむきに頑張ってた頃の美和が大好きだった」

「え、あっ、私のことが大好き⁉」


突然の告白に私は分かりやすく動揺する。こんな至近距離で言われると余計に照れる。美和は特に気にすることもなく、話を続ける。


「昔、訊いたことがあったよね。勉強でも運動でもいつもウチに負けて悔しくないのって。当時、少し揶揄ってやるつもりで訊いたのにそん時、アンタは笑って『欠点がいっぱいあった方が女の子っぽくて可愛いじゃん』って言い返してきやがった。なんか、ウチが一方的に負けた感じがしてめちゃくちゃ悔しかった。悔しくて、悔しくて、悔しくて——超カッコイイって思っちゃったの‼」

「へ、へぇ~」


そんな事を言った記憶がない。もっとも高校に入る前までのポジティブシンキングな私なら、言いそうなことではあるが。


「だから、今の卑屈な美玖が見ていられなくて避けちゃってた――。ゴメン」


そう云えば、私への対応が冷たくなったのも高校に入ってからだ。

どうやら美玖は不器用なくせに一切めげず、努力し続ける私に惚れていたらしい。しかし、最近になって急に性格が暗くなったことで戸惑いを隠し切れず、憤りを感じていたようだ。

美和は申し訳なさそうに小さく頭を下げる。


「ちょ、頭上げて!! 謝るのはこっちの方だよ」


私も申し訳ない気持ちになり、平謝りする。美和の話を聞いて不覚にも目頭を熱くさせる。私の事をこんなにも思ってくれていたなんてこの上なく嬉しいことだ。

勝手に卑屈になっていた自分が馬鹿らしくなる。


「もっと早く止めていれば、あんな目に――」

「あんな目にって?」


トイレで私を襲ったことを悔やんでいるのだろうか。別にもう気にしてないのに。

美和は伏し目がちに私の手を握る。


「ずっとストーカーに追われてたんだね?」

「ストーカーってなんの話?」

「アンタの下着買ってた客のこと」

「ああ、"世話焼きの妹"さんのことでしょ」

「それはウチ! 今言ってるのは別のストーカーのことだよ」


私はポカンと口を開けたまま固まる。

セクハラDMはたくさん送られてくるけど、ストーカーの被害を受けた覚えがない。

まさか、トップ画がピンクの髪の女の子のアイツか⁉


「昨日、家の前に変な男が突っ立てて、ちょっと乱闘になった。みー@ちゃんの顔を直接見たいって駄々こねて大変だったよ」


美和の口元にある傷はきっと変な男のヤツと揉み合ってできた傷だ。パトカーのサイレンがやけにうるさかったのも恐らく、関係しているだろう。

美和は空手の黒帯を持つ実力者だから特に心配は要らないが、逆に相手の怪我の具合が心配だ。無事、生きていることを祈る。


「ホ、ホント、ゴメン‼ まさかガチで住所特定しているとは思わなかった。完全に油断してた」

「ネットリテラシーが皆無のくせに売り子やんなっつーの、まったく——」


今度は私が深々と頭を下げ、謝罪する。美和は顔を隠すようにそっぽを向き、小さく舌打ちした。


「さすがにこのままじゃ、美玖が危ないと思って昨日、強硬手段に出たわけ」

「あのクソキモDMか」

「クソキモDM言うなし」


美和が即興で考えた作戦はこうだ——。まずDMで下着をフリマではなく直接手渡しするようにしつこく脅す。私が断れない状況を無理やり作り、一方的に待ち合わせ場所と日時を決めてその日は終了。そして次の日に、待ち合わせ場所に指定した公園で私と会い、勢いで公衆便所に連れ込む。そのまま、レ〇プ一歩手前のことをして私にトラウマを植え付ける——。売り子とはどんなに恐ろしいものなのか、身を持って感じることで更生するのではないかと考えたらしい。強硬手段にも程がある。本人の言う通り、不器用だ。


「私より賢いんだし、もっと他に良い手段は思いつかなかったわけ?」

「うっさい!!」


美和はまた拗ねてそっぽを向いてしまった。ぷくりと膨らむ頬が可愛くて、思わずつねりたくなる――いや、もうつねっていた。

こんな可愛い妹に対して一瞬でも怖いと思ってしまった自分が憎い。


「み、みく!?」


満足するまで頬をつねった後は、美和をそっと胸の中へ抱き寄せる。胸の中でもごもごと暴れていたが、すぐに大人しくなった。


「私たち、仲直りしよっか」

「――うん」


美和とこんなに密着したのは何年ぶりだろうか。時計の針だけがカチカチと鳴る中、私たちはお互いの熱を感じ合いながら額と額をくっつける。これは昔から仲直りするときのルーティンになっている。


「とりま、一緒にご飯食べる?」

「そうだね」


冷蔵庫に残してある昨日の晩御飯を食べに、部屋を出る。昔みたく手を繋いで私たちは前に歩き出した。


「私も大好きだよ、美和——」

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売り子の私は嫌いですか。 石油王 @ryohei0801

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