第6話 再会


 ぬくぬくのお布団で寝るのは気持ちがいいや。

 ずっとこのままお布団と一体化したい。


 なんて意味の分からない思考に耽っていると、こんこんと誰かが扉をノックした。ま、大体予想は出来てるけど。


 めんどくさい事情聴取ならお断りだ。


 ここは病院で、自分は病人という事を忘れないで欲しい。何度もあの日の事について話すなんて、疲れるようなことはさせないで欲しいものだ。


「失礼しま~す……立浪ちゃん、寝てるのかしらぁ?」

「……」


 また来たのか。


 寝ているふりでもしようかと思ったが、掛布団を剥がされたことで日光が瞼を貫通してきた。眩しさに思わず顔を顰めると、布団を剥がした犯人は笑った。


「あら、起きてるじゃないの」

「……なんですか」


 不機嫌だ。という表情を満遍なく張り付ける。そんな自分を頬を突いてきたので手で払いのけた。


 切り傷はまだ治ってないんだ。突かれたら痛い。やめてくれ……だっ、痛いって。やめて。


 謎の攻防を繰り返していればようやく飽きてくれたのか、ベッドの傍に置いてあるパイプ椅子に腰を下ろして、くだらない争いは終わった。


「何しにきたって思ってるでしょう?」

「それは……」


 当然ですと答えたくなるが、理性で感情を制御する。


 この人は一応自分よりも立場が上の人だ。何か機嫌を損ねては、将来に影響を及ぼすかもしれない。


 一度はその未来を投げ捨てようとしていたことは置いといて。


「ふふっ、図星ね?」


 この人は江守おりがみゆかりさん。

 

 あの日、学校で【ゲート】が開いた時に【将軍ジェネラル】から助けてくれた《月章組アルテミス》に所属する国防隊員だと言っていた。

 あの時に直接【将軍ジェネラル】を討伐した本人ではないらしいが。


 しかし養成学校に身を置く自分にとって、少なくとも彼女は上司となる。

 

 江守さん自身でお姉さんキャラだと言っているが、やることなすことがお姉さんのようにはとても思えなかった。

 何かと力で解決してくる。布団剥がすとかもそう。


 …………まあ、ただ口調だけはお姉さんだと認めてはいるが。


「違いますよ……。それで、何しに来たんですか」

「そうだったわ。あなたをからかうのが楽しくて忘れるところだったわね」


 もう一度布団をかぶってやろうと思ったが引っ張り合いの末、強い力で布団を奪われた。流石現役隊員のことだけある。あ、シーツ破れてる。


「今日はね、あなたに朗報よ」

「朗報……誰にとって、ですか」


 にんまりと満面の笑みで見てくるものだから、何か騙されそうな気がして聞いてみれば江守さんは顎に指を当てて考える素振りをする。


 動かず黙っていれば完璧なお姉さんなのに。と出そうになった言葉を抑え込む。口にした瞬間に残酷な未来が見えた、気がした。


 いつの間に自分は未来予知が出来るようになったんだろ?


「ん~、そうねぇ。私たちにとって、かしら?」

「お引き取り下さい」

「まだ聞いてないでしょうが」


 ドアの方に手を向けた。お帰り下さい、という合図だ。それなのに誘導のために出した手を掴んだ江守さんは逃がさないと言わんばかりに力を込めてきた。


 あの、痛いです。軋んでます腕。手首からもぎ取れそうです。ちょ、ほんとに痛い。


 もう掛布団は江守さんの手に堕ちている。ならばベッドの上に丸まって現実から目を背けよう。と動こうとするも、そうだった。腕掴まれてるから体勢を変えようにも出来ないっ!


 無駄に体力を使う事も、未だ若干痛む体で無理をしたくないということもあり、背こうという意思をあっさりと諦めてもう一度江守さんと向き合った。


「……朗報を、どうぞ」

 

 嫌な予感もするし、癪に障るが聞くしかなかった。


「お願いしてくれないとお姉さん、言いたくないなぁ?」

「お願いはしないので言わなくていいです」

「ん?」


 笑顔で、だからっ、握力どうなってんの……いただだだっ!


「分かりましたから! ちょっと手を離してくださいっ」

「お姉さん、欲しい言葉を言ってくれないから意地悪しちゃう」

「もうしてるでしょうが」


 無言で腕を締めるな。関節を極めるな。


「あがが、タンマっ!」

「お願い、お姉さん聞いてないよ?」

「朗報聞かせてくださいッ! お願いしますっ!!」

「はぁい。よ~くできましたねぇ」


 ほんとに肩の関節外れるかと思った……。


 飼い犬を愛でる飼い主のように頭を撫でてくるが、もうこの人には逆らわないでおこうと誓った。

 まだ世間を経験したことのない自分には怖すぎました。


「じゃあ今から公式に言うからちゃんと聞いてね?」

「公式に……?」


 肩にかけていた鞄の中から取り出した一枚の白い紙を広げて見せてきた。


立浪たちなみあきら訓練隊員。貴下きかに本日付で《月章組アルテミス》への配属を命ずる。だそうよ」

「あ~…………………………、はい?」

「おめでとう。今日からお姉さんたちの仲間よ」


 まるで飲み込めない現実に、紙を机に置いた江守さんは再び自分の手を取りと軽く握手を交わした。


 貴下ってなに? あ、自分の事? 《月章組アルテミス》に配属?


 …………ん???


「つまりそれって、自分は《月章組アルテミス》の隊員になるってことですか?」

「その通り。お姉さんたち《月章組アルテミス》はあなたの配属を歓迎するわ」

「……ありがとうございます。えっと?」


 んー。ただいま脳内回路渋滞中。


 きっと皆(脳内の人々)はこう思っているであろう。


「お前ってそんなネタキャラだったか?」


 違うんだ。自分はあんまり感情を外に出さないタイプなだけで人並みに……いや、それ以上に感情とか持ち合わせてるし何ならいっぱい考えてる。


 そういうわけでキャラブレしているわけじゃない。勘違いしないで欲しい。ご清聴ありがとう。


 ところで自分はかの有名な《月章組アルテミス》に入るって?


「ふふ、まあ突然の事だし困惑するわよね」

「は、はい?」

「簡単にこれまでの経緯を説明すると、こうよ?」


――――どうやら学校に【ゲート】が出現した日の自分の行動が【将軍ジェネラル】を刺激し、戦況に影響を与えた戦犯として扱われた。


 校長や教員などが話し合いの末、戦犯である自分を学校から退学させる方向で働いていたので、勇敢というよりかは蛮勇に近い自分のことを《月章組アルテミス》が引き取るという話が昨日ついたらしい。


「じゃあ自分はもう学校を退学した扱いに……?」

「そこは経歴に傷がついちゃって申し訳ないけどぉ、でも無事国防隊員になれたからよかったわね。常盤ときわちゃんに感謝しなさい~」

「とき、わ......?」

「そうそう、まだ話してなかったわね。あなたを学校から引き取れるように働いてくれたのよ。それから《月章組アルテミス》で働くあなたの上官になる人。名前は常盤――――」

「――――常盤ときわ志乃しのだ。よろしく」


 その時ガラガラと扉が開き、姿を現した人物が自己紹介をした。


 今後の上官となるその人の姿には見覚えがあり、それは江守さんが来るまで脳内で思い出していたあの人だった。


 初めて聞いた声は、凜。という感じだった。まさにイメージ通り。


「えっ、あ、立浪たちなみですっ。先日は助けて下さりありがとうございました!」

「職務を全うしただけだ。気にするな」


 慌ててベッドから飛び降りて敬礼すると答礼で応えてくれた。

 あ、これ。あの日に持った刀みたいな武器、腰に装備してある。


「無理に立たなくていい。ベッドに戻れ」

「、承知しましたっ」


 椅子に座ったままのお姉さんは少しよろめいた自分の身体を支えながらベッドへと戻してくれた。


「てっきり江守さんが自分の上官になるものだと思っていました」


 何度か見舞いにも来てくれてたし。そう言えばお姉さんは嬉しそうに頭を撫でてきた。頭撫でるのが好きなのか?


「生憎お姉さんはまだ部下を持てなくてぇ。でも常盤ちゃんもお姉さんに負けない美人だったからよかったじゃない?」

「そう、ですね」

「なんで言い淀むのかしら?」


 負のオーラを放つ江守さんを置いといて、ドアの傍に立ったままの常盤上官は艶のある長い黒髪を後ろで束ね、鼻が高く顔立ちの良い、綺麗。という言葉が似あう人物だった。


 ......江守さんも十分綺麗だけど、それとはまた次元の違う美しさだった。

 


 というか上官は立ったままなのに自分が座っているのが申し訳なくなってきた。


「あの、常盤上官。パイプ椅子ですがお座りになってください」

「ひどいわよ立浪ちゃん。お姉さん座ってるのに~」

「いや私は座らなくて大丈夫だ。気遣い感謝する」

「ほら、常盤ちゃんもそう言ってることだし」


 結局上官を立たせたままの空間にひどく気まずさを感じた。


「……そういえば、江守さんは誰にでも“ちゃん”呼びなんですね」

「流石に公の場ではしないわよ? でも普段からもだと疲れるじゃない? だから気を緩めるために“ちゃん”呼びをしてるわ」

「へ、へえ。ん? じゃあ江守さんと常盤上官ではどちらが……」

「もちろん常盤ちゃんのほうが立場が上よ」


 食い気味で答えてきたけど、何を当然のように上司を“ちゃん”呼び出来るんだ……。


 じゃあ今この部屋の中で一番くらいの高い人物を立たせておいて、下の者が呑気に座っているってことになるんだけど?


「私も初めは江守を注意していたが、今はもう諦めた」

「その気持ち、よく分かります」


 この人を変えることは出来ない。さっきこの身をもって実感しました。常盤上官とは良い仲になれそう。


「それで、常盤ちゃんがどうしてここに?」

「新人との顔合わせとこれからの予定について伝えに来た」


 ようやくドアの前からベッドの方へと歩いて来て、真正面に立つ形で向かい合う。


「時間がないため手短に話す。聞き洩らしのないように注意して聞け」

「はっ、はい」


 普段フロウズに向けられているであろう鋭い眼光に気が引き締まり、正座になって背筋を伸ばした。


 江守さんは微笑ましい光景を見るかのように、にこにこぉとしている。


「まず君には身体能力を上げてもらう。先日の戦いを見ていたが、身体が思考に追い付いていない様に見えた」

「あ、見てたんですか」

「君のまるで様になっていない戦闘を観察していた。危険と感じた際にはすぐさま討伐できるよう準備はしていたから安心してくれ」

「その際は本当にありがとうございます」


 別に早く助けてくれてもよかったのに、と思ったが実際に今こうして生き残れたわけだし結果オーライだろう。

 頭を下げると、話を続けると伝えられたので顔を上げ、しっかりと常盤上官の声に耳を傾ける。


「私とタッグを組み、仕事をするにあたって、君には私より強くなってもらう。とまでは言わないが、せめて着いてこれるよう力を付けてもらう。死なない程度に討伐に貢献でき、私のタッグとして強くなってもらう必要があるからだ。新戦力に簡単に命を落とされでもしたら《月章組アルテミス》の名誉に傷がつく」

「強く……」

「そこで、だ。明日からの三カ月は “体力底上げ・身体能力向上特訓期間” とする。その間も私と共に実地に赴くことになるため気を引き締めて挑んでくれ」

「あ、明日から? 分かりました!」


 明日からの特訓に少し怖くなってきたが、やる気を伝えるために元気よく発声すると、こくんと常盤上官が頷いた。


「今日はこれで退散させてもらう」

「ありがとうございました!」

「うん。立浪、今日は十分に休息をとれ。明日からの訓練に備えるように」

「っ、常盤上官に相応しいタッグになれるよう全力で取り組みます!」


 そうして出ていった常盤上官とのやり取りを見ていた江守さんは、可笑しそうに笑った。


「うふふっ。常盤ちゃんにしては珍しいわね」

「え?」

「最後、遠回しにあなたのことを気遣っていたのよ?」

「え、......あ、休息の部分ですか?」

「そうよ。常盤ちゃんが人に気遣うことは滅多にないからね」


 これから魔境に放り込まれる新人に情けでも掛けたんだろうか。それでも自分の命を救ってくれた恩人に、これからお世話になる上官に気遣ってもらえたことが嬉しかった。


「それでも明日から特訓ねぇ。常盤ちゃんはいつも通り鬼畜ね。まだ立浪ちゃん、身体痛むでしょ」

「それは、まあ」

「気張りなさい? 中途半端じゃ着いていけないわよ」

「そう言われると怖いんですけど」

「お姉さんたちも一回受けたことあるけど、やばいわよ」


 ごくりと唾を飲む。お姉さん……間違った。江守さんはほんわかと柔和な顔を一瞬真顔に変え、その凄みのある顔を見せた。


「でももう、立浪ちゃんはがんばるしかないわよね」

「そうですね、もう行くところもないし」


 もう学校に戻ることが出来ないと思うと寂しさがぎるが、意外に思い出がないことに気が付いて


(……なんだそこまでかな)


 なんて未練のないことにあっけなさを感じた。


「だからこそ拾ってくれた上官の為にも死に物狂いで頑張ります」

「その調子よ。じゃあお姉さんも行くわね。今日限りの二度寝を満喫しなさい~」

「最後に脅してくるの止めてくれません?」


 本気で怖くなってきた。


「つい意地悪しちゃったわっ☆」

「きつい」


 きゃぴっ!とした仕草に思わずツッコんでしまった。江守さんだってそこまで歳いってないはずなんだけど。


 なんでだろ。あれ、やばいかな。江守さんが拳作ってる。


「お姉さんが朝日を拝めないようにしちゃうぞ☆」

「すいませんごめんなさい許してください」


 冗談に聞こえない脅しに命の危機を感じすぐに降参。江守さんはそんな自分に対して冗談よ、と告げるとまたねと去っていった。


 一人になった病室は静かで、ひどく孤独を沸き立たせた。


 そういえば、あれ以来舘花たちばなと会っていない。無事保護されたとは聞いていたが、お互いに無事を確認しないままこんな形で別れてしまうことに今までの感謝を伝えられず、残念に思う。


 舘花たちばなには立派な国防隊員になって欲しい。とかってに期待を寄せたり。舘花たちばなのオリジンを聞いたら応援したい気持ちになった。


 もしまた会えるというなら、今度はフロウズの前で再会するのだろうか。


 その時は、自分も一人前になれていればいいけど。


 江守さんとの攻防のせいで破けたシーツを纏う掛け布団をかけ直すと、今日限りらしい二度寝をする為に布団に潜った。


 配属された初日に二度寝をかます行動に、どこか背徳感を感じる。


 明日からの新しい環境に耐えることが出来るだろうかと不安になるも、それでも頑張っていくしかないと覚悟を決めた。



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