第5話 邂逅の刺激

 目の前には砂塵から姿を現した巨体。


 フロウズの中でも最も危険度の高い個体。


 そして思い出す。教科書に記された長文を。やっててよかった全暗記。そして軽くはない嫌な過去も。



〖 【将軍ジェネラル

 その存在が初めて確認されたのは桜花歴255年に起こった、第一【ゲート】災害時とされている。


 それまでに認識されていた個体のクラスは3種類までとされていたが、【将軍ジェネラル】の出現によって大幅に変更された。


 巨体で他のフロウズとは一線引いた存在。単騎で強大な力を持つこの個体は思考を持ち合わせたように動き、多くのフロウズを連れて一夜にして一つの基地が落とした。


 これにより多くの被害を受けた防衛庁は、71年度に至る現在も【将軍ジェネラル】を超える個体が存在しない限り、この個体が最も脅威となる存在だと規定した 〗


 そんなバケモノが目の前で睨んできている。いや、地に落ちたハエを眺めているかのようだった。


 崩壊した建物の飛んできた破片にでもぶつかってしまったのか。逃げ遅れたクラスメートたちが点々とグラウンドに座り込んでいる。


 助けを求めようにも、教官や先生たちでは無理だ。今も前線で身を粉にして戦っている国防隊の中でもエリートの隊員が団結して倒せるかどうかだ。


 そんなバケモノにこんな学生が対抗するすべなど、もちろん持ち合わせていない。ただの学生があんなバケモノを倒せるはずがない。


 それでも背後には、もう逃げられない舘花たちばなと、負傷したクラスメートがいて。


「ちょ、ねえっ! 立浪さんッ!」


 もう、何もかもが無茶苦茶だった。


 地面に転がっていた教官の最期を共にした武器、豆鉄砲としか言えない小銃を拾った。残り何発が入っているのかを確認する。


 そして腰にナイフが一本、しっかりと装備されていることを確かめて走り出した。


「待って……ッ!!」


 後ろからは小さく舘花たちばなの叫び声が聞こえる。分かっていた。自分じゃ時間稼ぎの何にもならないことを。


 少しでも嗚咽が漏れないように口元に力を込めた。


 生徒一人に何ができるかと問われれば、無駄死にだと答えるほかない。自分が行くべきなのかと言われても、自分である必要はない。


 それでも。


 一刻も早く国防隊が来てくれることを信じて敵と立ち向かうことに、養成学校の生徒としての意味を持てるのではないかと。


 自分よりも素晴らしい夢を持っている優秀な生徒を守って死ねるのならばそれは、この先の未来も守ったことになるのではないかと。


 選択肢の少ない未来に、ならばと浅はかな思考を持ち合わす自分の未来を捨てる覚悟で突っ込んだ。


 人間、いや全ての生物が持つ生存本能は、胸の中で大きく警鐘を鳴らした。


 粉塵が晴れた舞台に【将軍ジェネラル】と小虫一匹。


 小銃を構え、照門リアサイトを覗いて調節する。とはいえ小銃の、しかも走行しながらのため、一番近くで目標調整可能な【将軍ジェネラル】の足元を狙った。


 グリップをしっかりと握り、トリガーを絞った。ちょこまかと蛇行で走りながら三発を発射する。一発は周囲の瓦礫に当たり、後の二発は当たるも勿論豆鉄砲ごときが傷をつくることは出来なかった。


 【将軍ジェネラル】は足元でうろつく子虫を鬱陶しく思ったのか、大木のような見た目をしている武器を振り上げると物凄いスピードで地面に叩きつけた。


「んなっ……!?」


 自身が出せる最速で大木の着地点から切り抜けると、バランスを崩してその場に転がる。瞬間、立ち上がろうとすれば背後から突風が吹き荒れた。


 砂埃と砕け散ったガラス片が飛んできて、おでこを切ってしまった。

 

 痛い。燃えるように痛い。


 全身の血行が運動によって良くなっているのか、だらだらと切り傷から血が止まらない。


 それでもあの大木に潰されるよりはマシだった。


 突風は舘花たちばなたちを超えて教官たちの方にも影響したのか、敵味方関係なくその場に押し倒れていた。しかしすぐに立ち上がり、戦いは休む暇なく再開されている。


「はやく仕事に来てっ、国防隊ッ!」


 やけくそになって【将軍ジェネラル】の脇から何発も撃ち込む。ほとんどの弾は標的を外れ、当たったとしても少し痒そうにしていてまるで意味はない。


 やがて弾切れになった。【将軍ジェネラル】は自分の事を敵だと認識していないのか、教官たちが戦う方を見ている。


 少しぐらいこっちも気にしろ。


 激しい怒りが胸の中で暴れ出し、心の中で悪態を吐いた。現実にしては解像度の荒い戦況に、そしてとうとう覚悟を決める時が来た。


 手元に残る武器は、訓練用ナイフがただ一本。【将軍ジェネラル】に致命傷を与えるどころか傷をつけられるかも怪しい武器。


 それでも、どうせ死んでしまうのなら。こうも命を燃やして立ち向かう自分を無視するあいつに、最後に嫌がらせでもして死にたかった。


 静かに、気づかれないような背後に回り込む。

 【将軍ジェネラル】は相変わらず教官たちに夢中なのか、密かに命を刈り取ろうと目論む存在がバレないまま近寄ることに成功した。


 腰からナイフを取り外し、右手に逆手で構える。

 

 かつて部動館だった瓦礫の不安定な足場をジャンプしながら飛び越えていく。この訓練服に身体強化されているわけではないから自分の運動神経が頼りだった。


 と、うねうね動く【将軍ジェネラル】の体に巻き付く蔦のようなものが、次に飛び移ろうとしていた瓦礫を払い壊した。


「……うそっ!?」


 ただの人間が空を飛べるはずもなく。


 何もない空間に落ちていくだけかと思われたが、さっき足場を払い壊した蔦が戻ってきた。


 一か八か。


 気づかれるのも承知の上で、何とかして蔦にしがみついた。


 ナイフを刺したごつごつした蔦に体全身を使ってしがみつくと、無防備な頬が裂けた。


 痛いと叫ぶ声も出ない。恐怖と刺激でどうにかなりそうな体は、喉を震わすことが出来ない。


 そんな状況で、醜く敵に運命を委ねた小虫は、【将軍ジェネラル】に気づかれた自分の人生はとうとう幕を下ろすだけだと悟った。


 ブンブンと振り回されて、ナイフから手を離したら瞬間に地面とハグして終了。手を離さずにいても蔦の動きで地面に叩きつけられても終了。


 どちらにせよ詰んだ今を、太陽は煌々と照らす。

 

 ――――しまった。やっぱり今朝にイチゴ大福食べておくべきだった。帰ってからのお楽しみに、なんて取っておいた自分を呪いたい。


「死ぬ前に考えることがこんなくだらないことでいいのか」


 そう問いかけてくる精神世界の自分がいる。


「死ぬ直前に頭をフルで使えるわけないでしょ」


 と、無様に敵にしがみつく現実世界の自分は応えた。


 遠心力で振り落されそうになる。Gを感じる顔面はどんな表情をしているのか、一度でも見てみたかった。


 それも出来ないのならせめて最後に、綺麗な空でも眺めて逝こう。


 そう考えた刹那。再び頭上に何かが通り、影を作ったかと思えば、太陽が顔を出した。


 なんだ。鳥かな。


 ビル七階分の高さから地面へと近づいていく蔦の下敷きになる運命を恨みながら、呑気に思考を巡らす。


 あと15m。あと8m。あと4m。……のところで蔦は一度ストップし、慣性の法則で地面へと引っ張られた自分は、握力が消えて行っている手で何とかナイフを握りしめた。


「………………え?」


 事態が飲み込めないまま、声が漏れる。本日何度目の疑問形だろうか。


 一時停止を受けた蔦は、そして落下した。幸い地面に近い距離で一度止まったことでそこまで高くない高さからの落下でも受け身を取れた。


 少々、いやかなり体は痛むが命拾いをした。

 

 しかし何故蔦が止まったのかの疑問が脳活動の殆どを占める。そしてその疑問はすぐに解消されることとなった。


「――――《月章組アルテミス》、現着」


 そこには陽の光を背負った黒い女性が一人。

 

 刀を左手に持ち、右手を腰のベルトに差した鞘に置いている体勢で、数秒前まで【将軍ジェネラル】だった木々と花弁の上に悠然と構えていた。


 視界はおでこから流れる赤い血で染まったまま、既に精神はすり減り、身体も活動限界を迎えていた私は意識を手放した。



――――――――――――――――――――――――


 読者の皆様、初めまして。作者の知㋶ぬ間²(しらぬまに)です。


 初めてカクヨムに小説を投稿するにあたって、初期設定に苦労しました。投稿に必要なキャッチコピー?紹介文?タグ付けなども何がいいのかが分からず、慌てました……。


 そこで、ここまで読んで下さった皆様からぜひ

「このタグを付けた方が良いよ!」「こんなキャッチコピーが良いかも!」

などの提案が欲しかったりします。


 こんな堅苦しい挨拶ですが初回という事もあり、緊張しているのです。実際はきゃぴきゃぴなので、普通に接してくださると大変、それはもう物凄く助かります。


 コメントにアドバイスなども募集していますので、何卒よろしくお願いします。

 高評価?などもついでにしてくれると嬉しいです。もう尻尾(ついてないです)をぶんぶん振っちゃいます。

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