第3話 実戦演習

 授業が終わってあくびが出そうになった時、頭上から友達の声が聞こえた。


「立浪さん! 一緒に着替えに行こ?」

「あ、うん。ロッカーから持ってくるからちょっと待ってて」

「分かった! 先に廊下出てるね」


 彼女は舘花たちばな かの。先程先生に当てられてどもりながらも答えていた生徒で、この間眼鏡を卒業してコンタクトに変えたばかりのお下げの女の子。

 所謂いわゆる陰キャに属すのであろう自分に話しかけてくる心優しいクラスメートだ。


「さっき私当てられちゃってさぁ。もうどうしようかと思ったよ!」

「でもちゃんと答えられてたじゃん」

「そうなんだけど。でもなんか、もっとこう、ビシッ!と答えられたらカッコイイのになぁって」

「そうなんだ」

「そうなんだよ!」


 身振り手振りの大きい舘花たちばなは着替えの入った袋を落としそうになって止まる。自分はお構いなしにさっさと進んでいくと後を追ってきた舘花たちばなが再び横に並んできた。


「あ、でもさっき立浪さんも当てられてたよね?」

「事故みたいなものだけどね」


 教科書見てたら怒られた。と冗談ではない事実を話せば、またまたぁといじられながら会話する。


 歩いて校舎を抜けると、グラウンドに隣接した部動棟ぶどうとうの中にある更衣室で着替えを済ました。


「この服っ。ほんっと、着ずらいよね~」

「まあ、卒業するまでの辛抱だよ」

「もうちょっとダボッとしててほしかったなぁ。体のラインが見えるの、ちょっと恥ずかしいし」

「誰も見てないから安心しな~」

「別にそっ、そういうことじゃないんだけど!」


 この訓練服は学校に支給される生徒専用の近距離戦闘きんきょりせんとうに特化したもの。実技を怪我無く行えるように、ある程度の攻撃を防げる分厚い仕様になっている。


 それでいて動きやすいのだから技術の進歩は素晴らしい。とはいえ通気性が悪いので着ていて心地の良いものではなかった。


 この訓練服もここを卒業したら使わなくなる。

 《日章組ヘリオス》に配属されれば実戦で使うことになる、これよりももっと質の良く実戦的なものを支給されるから。着ずらいと感じることも卒業すれば無くなるのだから寂しさを思うかもしれない。


「そう? 私は早く本物の戦闘服に腕を通してみたいな!」


 寂しさを感じるなんてそんなことはなかったらしい。


 訓練用ナイフと、実際に弾は出るがそこまで威力のない安全性のある小銃しょうじゅうを腰に装着そうちゃくし終えると、意外と時間がないことに気が付き、駆け足で外に飛び出した。


「今回は前回行った対フロウズを想定した近接格闘術きんせつかくとうじゅつの応用だ。基本的に銃器を持って戦うとはいえ、不測の事態に備え我が身を守る手段も必要になる。お前たちはあと2年もすれば実際の戦場へ行く。腑抜ふぬけていては一瞬で死ぬぞ。決して訓練だからと言って手を抜かない様に」


 いつものように気を引き締めるための文句を静かな空間に一つ、ピリついた声を落とせば生徒たちの目が変わった。3クラス合同で行われる実技は、普段関わることのない生徒もいるため、余計緊張感が増す。


 3列横隊を組んだ生徒の前で座学の先生とは違う教官は出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでの肉体美を誇るかのように立ち、生徒に気合を入れる。


 教官の整っている顔には痛々しい傷が生々しく残っていて、その傷は実戦での恐ろしさを暗に生徒たちに伝える。


 いつ見ても痛そうだ。


 ペアを組むように指示され、余った自分は同じく余った舘花たちばなに誘われた。


「私弱いから、手加減してほしい、かな」

「出来たらするよ」


 装着したばっかりだというのに腰から外せ、と指示された小銃を地面に置きながらいつも通りの会話をした。


 返事があいまいになったのは、別にそこまで実技を得意としているわけでもないので手加減などの仕方が分からないからだ。


 舘花たちばながまずフロウズ役となった。お互いに訓練用ナイフ一本を携帯し、舘花たちばなはそれをブンブンと振り回す。


 実際にフロウズがこんな風に戦うのかと言われれば、多分違うと思う。しかし舘花たちばなはこの間座学で見せられたフロウズとの戦闘映像を思い出して役を演じきっているんだろう。


 少し笑えて来てしまう大ぶりの攻撃の仕方も、本番だと思ってこなす。


 ナイフをあっちこっちに振り回す攻撃をギリギリで避けながら懐へと忍び込み、軽く足を引っかけて転ばせた。


 どすんっ。


 土埃が舞い、地面に転ばされた舘花たちばなの顔が歪んだ。そんな彼女はお構いなしに右手に持っていたナイフを胸に突き立てて抑え込む。


 ろくな武器を持たない時のフロウズの近接対処はこれだ。フロウズの胸にある核を壊せばフロウズは消滅する。確実に刺したナイフに力を込めたままでいると舘花たちばなが手を挙げた。


「降参、こうさ~んっ! 痛てて……」

「ごめん。怪我してない?」

「ううん! これくらい大丈夫だよ!」


 先に立ち上がり横たわった舘花たちばなに手を差し伸べて起こすと、背中やお尻についた砂を払った。


「んっ、まっぶし~!」

「快晴だからね」


 空を見上げた彼女は眩しそうに手で影を作る。


 今日は本当に天気がいい。雲一つないから逆に日差しが痛いまでもある。そしてこの訓練服の通気性のなさを改めて実感させられた。あつい。


 少ししか動いていないのに舘花たちばなの顔には既に汗が出ていた。それを拭いながらも彼女は話しかけてくる。


「でもやっぱりすごいや! 立浪さんの動きは見てて綺麗だもん」

「そうかな。舘花たちばなの演技もかみがかってたよ」

「えへへ。なら良かった!」


 舘花たちばなが嬉しそうにはにかんでいるのを正面で受けながら、横目に他クラスの生徒の実技を見ていく。


 大災害以降、多くの命がフロウズによって失われていく中、専門組織が出来てから被害はその効果を示すかのように少なくなった。今では彼女らがいないと暮らしていけないほどに。


 そしてそんな彼女らに憧れて、もしくは親しい者をフロウズたちに奪われて養成学校に入学してきたのがここにいる生徒たちだ。

 

 通常の学校に比べ、命のやり取りをする事前学習の場で、しかもあと2年すれば卒業となり実地へと戦いに行くことになる。周りの生徒の実技を見ていれば気合の入り方が違うことが注視しなくてもわかった。


 しかし、例外もいる。


 私、立浪たちなみあきらは可もなく不可もない一般生徒だ。いや、この養成学校に所属しているから一般ではないのかもしれないが。


 だけど特にこれと言った特別な思いや理由があってこの学校に入学したわけじゃない。ただ成り行きで、なんとなく。敷かれたレールの通過点がここだったというだけ。


舘花たちばなはさ、なんで隊員になりたいの?」


 だからこそ聞いてみたかった。今までの学校生活でおっとりとマイペースな舘花たちばなが、何故命を落とす危険のある隊員を目指すのかを。


「そんな急に?」

「うん、気になった」

「え~、そうだな~。カッコイイからかなぁ」

「さっきもカッコよくなりたいって言ってたけど、何か目標でもあるの?」

「うん!」


 舘花たちばなは元気よく応えると、しかしどこか戸惑いを見せた。


「あ、言いたくなかったら言わなくていいよ」


 たとえ友達であろうが他人には話したくない事情だってあるはずだ。


「え? あ、そういうことじゃなくてさ。もしかしたら立浪さんが不快に感じちゃうことかもしれなくって」

「それって? 聞いてみないと分からないし。取りあえず話してみてよ」


 ゆくゆくは舘花たちばなと同じタイミングで隊員になる自分に、明確な目標がなければ生きるために抗おうと、死にそうなときに思えないだろう。そのために他人の考えを参考にしておきたかった。


「私、実は【ゲート】災害に巻き込まれたことがあって」

「【ゲート】災害に……。それは、不用心に訊いてごめん」


 【ゲート】災害とは、名の通り【ゲート】が一か所に複数個開いてしまう現象。フロウズが大量出現し、被害の範囲が通常よりも広範囲に及ぶ場合に使われる単語だ。


 そこまで多く起こるものではないのでどれも名前が付けられているが、それは被害を受けた者にとっては聞きたくも思い出したくもないだろう。


 それなのに彼女はその時の事を思い出すかのように目線を上にあげ、幸せそうな表情を浮かべた。


「ううん! 嫌な思い出も勿論あるけど、でも話す分には全然平気だし。むしろ聞いて欲しいかも!」

「そっか。なら聴きたいかな。舘花たちばなの話」

「うん、えっとね! 今から7年前だから……まだその時は11歳か」


 ――――当時橘が暮らしていた隣町で【ゲート】が複数開いた。当然避難区域に指定され、両親に連れられて車に乗って逃げていたそうだ。


 しかし車は逃げ惑う市民たちの渋滞に巻き込まれ、仕方なく車を降りて走って避難所へと向かった。


 そんな時に、背後から轟音が聞こえてきたという。それはフロウズが押し寄せる波にひっくり返される車などが発する音だったそうだ。

 もしあのまま車に乗っていたらと考えると、今でもぞっとするらしい。


 母親は持っていたバッグを投げ捨て、父親は舘花たちばなを抱えて走り出した。抱っこされた時、舘花たちばなからはフロウズたちの様子が鮮明に見えた。

 

 フロウズは人々に襲い掛かり、地獄絵図が広がったという。それはまるで、トラウマにでもなってしまうような光景だった。


 舘花たちばなの両親の爆走も虚しく意味を失くしそうだと思ったその時。国防隊の隊員が次々と現れ、舘花たちばなの家族をぎりぎりのところで救ったのだという。


 自らの危険もかえりみず、国民の為にフロウズと立ち向かう彼女らに、そのとき憧れを持ったのが舘花たちばなのオリジンだった。


「それからかな。家族には勿論反対されたけど、でもどうしてもあの人達みたいになりたくってさ!」

「……立派な理由だね」

「そうかな! そう言ってもらえると嬉しいっ」


 舘花たちばなには、家族にだって譲れない芯があった。それは揺るぐことなく未来へと伸びている。


「うん。誇れる志望動機だよ」

「えへへ! 早くあの純白の制服を着てみたいかな」

「かっこいいもんね」

「そういう立浪さんは?」

「え? あぁ……」


 言い淀む自分に、舘花たちばなは不思議そうに頭を傾げた。その時。


「おいそこ! 私語禁止のはずだぞッ!」


 舘花たちばなと軽く談笑していれば教官から怒声が飛んできた。それにつられて周りの生徒の視線も集まってしまった。舘花たちばなはあわあわと焦りながら姿勢を伸ばしてぺこぺこ頭を下げた。


「すみませんっ!」

「すいません」

「ったくお前らは……これが終わった後に外周10周だ!」


 お、今回は軽い罰だ。普段通りの反省文がない。


 校舎を囲うフェンスの内側でさえ2kmは優に越す。それの10周となれば20kmコースだ。いつもならあの鬼畜教官は倍の20周を走らせるから、その半分と考えれば容易い。


「ま、今日は運が良い方だよ」

「うへぇ……外周嫌いだよぉ」

「文句言うんじゃないッ! 追加でもう10周ッ!」

「げっ、最悪だぁ……」


 今にも泣きだしそうな舘花たちばなだが、しかし一体あの教官はどれだけ耳が良いんだろ? 50m離れた舘花たちばなの小さな声を、しかも間には実技を行ってる生徒だっているのに。


 と、まぁ疑問はさておき次は自分がフロウズ役になって舘花たちばなに倒される番。それが終わったら次の実技に移行して、実習が終われば舘花たちばなと嫌々外周して。


 それで今日もいつもと同じ繰り返しを終えるだけ、かと思っていた。



――――……キィイインッ!



 突然、黒板でも引っ掻いたかのような嫌な音が耳に入ってきた。自分もクラスメートも耳を押さえ、その不快な音を遮ろうとする中。


 ふと目に入った教官だけが、耳を塞がずにその場に立ち、目を見開いて運動場の端を見ていた。その視線の先を追うにも歪な雑音にどうしても体を思うように動かせなかった。


 中には気絶している生徒もいる様子だが、生憎教官もそれに構ってはいられなかったようだ。


 暫くして砂嵐音が消え、真っ先に口を開いたのは教官だった。


「―――校舎に向かって走れッ!!」


 何が起きたかも把握できずに狼狽えている生徒たちは、明確な指示を出した教官の吠えた声ではっとする。

 次の瞬間、さっきとは違う音が鳴り響いた。



――――ウゥォオオオォ……ン!!



 それは国防隊の駐屯地が町中に設置したスピーカーから発せられる【ゲート】出現を知らせるサイレンだった。


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