第8話 初めての現場出動

 翌朝、案の定筋肉痛となった。


 結局あの後から午後11時までぶっ通しで訓練訓練訓練......。

 確かに国防隊として働くには体力がものを言うし、下手したら一日中戦わなくては行けない事例だって過去にはある。


 だから体力が命綱という意味も分かるには分かるのだけれども。


 しかしわたり准尉のあの体のどこに、そんな体力が眠っているのだろうか。不思議でたまらない。


 なんて思考しながら今朝支給されたばっかりの隊員服に腕を通しては気分が上がる。

 軽い。動きやすい。本格的な戦闘服じゃないけどこれが一般制服なんだ。


 長袖に腕章が付けられているようなデザインのされた黒い上着には《月章組アルテミス》の銀紋章が刺繍されている。

 同じく正面に刺繍の施されている軍帽? キャスケット? こういう帽子って何て言うんだっけ。

 とにかくそれをきっちり被って鏡に映る自分に力が入った。


 本当に国防隊員になったんだ。


 改めてその自覚をさせられた。この服を着れば自分は一般市民ではなく国防隊としての任務に就く。

 いざ戦場に立てば、もう自分は守られる側ではなく守る側なんだ。


 途端刺繍の部分に重みを感じたのは勘違いではないと思う。


「おい、さっさと来い!」

「すいません!」


 制服を着た自分を見ていれば、多分先輩だと思われる人に怒鳴られた。同じ制服着てるし、胸元の階級章は……兵長。やっぱ先輩で上官だ。

 

 今日は昨日と同じ訓練ではなく実地に出されて市民の避難誘導の任務を受けることになったのだが......。


「もっと早く歩けないのかよ」

「りょ、うかいしました」

「僕に命令されることが不満か。そうなら辞めろ」

「いえ! そのようなことは全くありません!」


 初対面の隊員にいきなり着いてこいと言われれば一瞬怯ひるんでしまう気持ちも理解して欲しい。しかもかなり眼光の鋭い。

 もしかしたら自分はこの人に嫌われてるのかもしれない。……初対面だけど。


 いや、丁寧に自己紹介を出来る時間もないのかも。そうだ。自分にはそんな余裕もないんだ。


 …………なんだって筋肉痛がやばいんだ。


 早歩きをするとももの前方がどうもピクピクする。つまりはあまり動きたくはないのだが、そうは言ってられない。


「後ろに乘れ」

「えっと…………」


 駐車場に連れられると装甲車のようなごつい見た目の車に乗るように指示された。


 抉られたり切られたりと傷の目立つ車体に、あ、これ教科書で見たことがあるー。なんて呑気に考えたりしていたが……ドアの開け方が分からない。

 取っ手は? あ、これ? いや、こっちか?


 象の骨格でも搭載してます?と言わんばかりの外骨格で頑丈にできてそうな車。これには全くの無知が働く。


「何してんだ。さっさと乗れよ」

「これ、どうやって乗るんですか…?」

「はァ? そんなことも知らないでよく《月章アルテミス》に来たな。……こうだ。閉める時は普通の車と変わらない」


 そう教えてくれた先輩は取っ手に手を伸ばして掴んだ。

 縦向きだった取っ手を右に90度回転させるとドアが開いた。結構重そうだが、これがいざという時には隊員を守るのだろう。


 そそくさと車に乗り込み、ドアを閉める。案外優しいのかもしれない。言葉遣いは…あれだけど。


「今日は現場で一般市民の誘導だ。学校で習ったことをそのままやればいいってわけじゃないからな」

「はいっ」


 市内をパトロールのように巡回していく。


 この装甲車にはおおよそ窓と呼べるのもがなかった。あったとしてのぞき穴程度の、しかし分厚いガラスは擦れていて多少は外の様子が望めるか程度だった。


 街の賑やかしい音は車にかき消されるが、それでもフロントガラスから見える一般市民たちはいつも通りの平穏を保っている。


 しかし自分は平穏を保てるかが怪しかった。


 結果から言おう。先輩はかなり荒い運転だった。おかげで若干うっぷ来そうな感じで酔いました……。


 車内のフロント部分に取り付けられた無線は、砂嵐を流しては司令部と現場の音声で乱れた。全くと言っていいほど聞き取れない音声にでも先輩はきちんと耳を傾けて適宜てきぎ情報を集めていた。


「っし、応援要請。飛ばすぞ」

「っ! 頑張ります……」




 現場に到着するまでの10分間。必死に口を押さえて、胃の中身を漏らさないようにする行為だけで十分体力が削れた気がする。


 現場に着けば、市民はパニックに陥る寸前だった。逃げ惑う市民を先着している隊員たちが大まかな誘導をしていたが、それだけでは人手が足りなさそうだった。


 三ブロック先で【ゲート】が開いている。


 パパパパ…ッ。ダダダッダダダッ…。


 決して軽くはない戦闘音が建物の間を縫うように聞こえてきた。


「おい、さっさと仕事に取り掛かれ」

「っ、はい!」


 先に車から出ていた先輩がバックドアから誘導棒と簡易武器を投げてきた。うわっ!と受け取れば早速先輩は人ごみの中に消えていった。


 一人取り残された自分はというと、後れを取らないように武器を腰のホルダーに差して誘導棒を点灯した。


「避難所はこちらになります! 慌てず! 落ち着いて移動してください!」


 地下にあるシェルターに次々となだれ込んでいく市民たちを学校で習った通りに誘導したってその勢いが止まることはなかった。


 このままでは小さな子供や体の弱い人が逃げ込む人に押し倒されてしまう。そうなったら……いつ死人が出てもおかしくない。


 しかし我先に逃げ込む市民たちはフロウズの恐怖を知っているからこその行動なのだ。

 と、目の前でご婦人が倒れた。すかさず助けに駆けつける。


「お怪我はありませんか!」

「だ、大丈夫だわ…」


 ご婦人は手のひらに切り傷を作っていた。それだけじゃない。杖でようやく歩いていたであろう脚は、いくら頑張ったところで立って歩けそうには見えなかった。


「まずは移動しましょう! あの車に避難します!」


 倒れているご婦人とそれを助ける自分に全く気に掛けない市民たちは自分たちの体にぶつかってはこけそうによろけた。


 助けを求めるあまりに周りをないがしろにしてしまう人間に、本当の恐怖を感じた。


 この中で処置していればいずれ二次災害になりかねない。

 そう思った自分はご婦人を背負って車へと一時避難した。


「どこか違和感を感じるところなど」

「ないわ。隊員さん、ありがとうございます」


 軽く手当てをしてご婦人の様子を確認する。頭を下げたご婦人にしゃがみ込んで問いかけた。


「はい、これでよしっと。……ご婦人、お連れの方は?」

「いるわ。でも、先に避難所に入っちゃったかもしれないわねぇ」


 喧騒の中、静かにゆっくりと話すご婦人の言葉に耳を傾ける。


「お連れさんのお名前って?」

「――――おばあちゃん!!」

「あらぁ、さきちゃん」


 その時背後から叫ぶ声が一つ、そしてそれにご婦人は応えた。自分が振り返ってその声の主を確かめるよりも先にご婦人へと抱きついた身内に見られる女性。


 余程心配していたのか。ご婦人の体を隅々まで調べるとようやく安心した顔を見せた。


 明らかに身内であろうお互いの反応だが、一応確認のために声をかける。


「ご家族の方でしょうか?」

「あ、そうです。祖母がご迷惑をおかけしてすみません!」

「いえ。合流できたようで良かったです」


 幾度も頭を下げてくる女性を見ていれば、確かに同じ血を引いていそうだった。そして移動しようとする二人を、一度止めた。


「すみません。ここで待機してください」


 絶えず流れ込む人々に突っ込めば、逃げる人に体をぶつけられたご婦人は再び倒れてしまうかもしれない。


 それだけではない。シェルターにも入れる人数に制限がある。バックドアを開けっぱなしにしていたから聞こえてきた無線の音。


『――――ルター、キャパオ…バーで……他のシェル…ーに避難誘導の…示を』


 どうやらもうここのシェルターは人数制限を超えてしまったみたいだ。


 携帯無線機で先輩に呼びかける。

 ……ザザッ。

 無線機特有のノイズと共に先輩へと叫ぶ。


「先輩! ここのシェルターはもう人を入れられないそうです!」

『……避難先の誘…経路を変えろ。シ…ルターのシャッターは時機じきに閉…る。まだ数十人残っ……る。ツーブロック先……シェルターに先導…ろ』

「せ、先導!?」


 私まだ着任三日目ですけど?!

 と、暴れ出しそうになる心を静めれば、先輩の更なる指示に驚愕した。


『車を先導車に…てゆっくりと進…でいけ。キーはサイ…ドアのポケットに入っ…る。他の隊員がいなけ…ばお前が運転しろ。……僕はフロ…ズに対応中だ。後はお前が考え…』


 そこで先輩からの無線は終わった。


 フロウズに対応中…? もしかして前線から漏れてきたのか?


 とにかく先輩に助けを求めても向こうにそんな余裕はなさそうだった。無線機を腰のポケットに入れて辺りを見渡す。


 誰か、国防隊員が……。


 自分は車の免許を持っていない。なんなら今日初めてこの車に触れたばかり。そんな奴が運転できるとはとても思えないだろう。勿論自分でも出来るとは思っていない。


 しかしいくら周りに目を配ろうが今にも暴徒化しそうな市民しか視界に入ってこない。


 本当に無免許がやるしかないのか?


 と、そこに一人。ご婦人に連れ添っていた女性が声をかけてきた。


「あの、何か助けになれますでしょうか?」

「あ! 運転! 車の運転は出来ますか?!」


 民間人に国防隊の車を動かす権利はない。それどころか緊急時以外、車内に入ることも許されない。


「できます。普通車の免許は持ってます」

「はっ、よかった」

 

 しかしこれは緊急時だ。市民の命を守ることを最優先とするのであれば、あるいは。

 安心してほっとする心を置いて、すぐに指示を出した。

 

「……危険を承知でお願いします。装甲車の運転をしてほしいです」

「えっ、この車、をですか……?」

「はい。ゆっくりの走行でいいです。どうか、お願いします」


 今度はこっちが頭を下げた。

 多少は普通車と運転方法が違っても大まかには同じだろう。


「おばあ様は車内に座らせてもらって構いません。責任も一切を自分が持ちます。避難所での優遇をお約束します。お願いします」


 深く、深く頭を下げる。


 自分が責任を取れるほどの階級ではないことは重々承知だ。車を走らせてくれる条件としてご婦人を乗せることは当たり前だろう。避難所でも数日間の暮らしも、この自分の一つの頼みで上手くいくとは限らない。


 それでも、もう頼れる人がこの人しかいない。


「…………やります。私、運転します!」

「っ! ありがとうございます!」


 早速ご婦人を後部座席に乗せてから、そして女性を運転席に案内する。

 やはり通常の車とは仕様が変わっていたらしいが。いや車に関して何の知識もない自分ですらそう思うのだからそうなんだろうけど。


 初めは戸惑っていたが、しかし女性はアクセルとブレーキに足をかけ、ギアとハンドルを握ると指示通り車をゆっくりと進めた。


 その車に飛び乗り、ゆっくり移動し始めた車のバランスを取りながら車の上に立った。

 誘導棒とスピーカーを持って、混沌と化す市民に思いっきり叫んだ。


「スゥ――――次のシェルターに案内します! ゆっくりと! この車に着いてきてください! 皆さんの安全は国防隊にお任せください!」


 キィィイン!と耳障りの金属音が鳴って注目を集めた自分に、そしてその指示は届いてくれた。


「既に国防隊がフロウズの対処をしています! 慌てず、落ち着いて歩きましょう!」


 車の背に立っていれば視界が高くなるので、通りの建物から遠くの様子まで見える。

 そしてこっちに向かって走ってきている先輩の姿も見えた。


 目立ちやすく、かつ声の通りやすかったこの位置は、思惑通り市民の注目を集められた。

 シェルター近くに集まっていた市民たちは先導者に従って動き始め、少し離れた場所に居た他の隊員たちも意図をくみ取ってくれたのか、それに沿って誘導をしてくれている。


 ポケットに突っ込んでいた無線機が鳴った。


『―――お前あほか! 装甲車の内蔵スピーカー使えや!』

「そんなのあったんですか!」

『お前っ……はぁ。いい。そのままシェルターまで進め』


 先輩は呆れたようにため息をつくとブチッ!と無線機を切られた。

 内蔵スピーカーがあったなら先に言ってほしかった情報だった。





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