第11話 冬木陰、御池
さすがに俺は辞めてないぞ、とお兄ちゃんは彼に酷薄に告げていたらしい。
あんまりじゃないの、そんな物騒な言い方。
ずけずけと相手を巧妙に挑発するように言うなんてあんまりだ、と思う反面、これでようやく判断できた。
彼は面倒くさい筈なのに、冬休みも直近のこんな中途半端な時期にわざわざ福岡から長時間バスに揺られ、やって来た理由が。
「血捨木さん、そっち、御池のほうですよ。暗いですよ!」
私は堺君の声が彼方まで消え去るまで無我夢中になって走り続けた。
水縹色の夜空にはバター色の肥えた冬の月がぽっかりと嘲笑うように浮かんでいた。
黒雲が焼きたてのバタークッキーから着火し、煙たがられる不吉な黒煙のようにムクムクと膨らんでいた。
冬の空には洋館で飲む、包まれるような温かい紅茶がこの上なく似合う。
暗い森を突き抜ける、真冬の寂れた一本の冬木陰の夜道から車一台さえも通らなかった。
もちろん、路上を歩いている人は誰一人いない。
遠くの木立から梟の、お伽の国の童話のような得も言われぬ鳴き声がかすかに聞こえた。
凍り付くような寒気に身が染みる中、完璧なまでの寒風がダイヤモンドダストのように煌めきながら頬を冷ました。
彼はまだ死んでいない。
まだ生きている。不穏な心配が脳裏に駆け巡ったのは即座に早かった。
御池の奥の森では定期的に自ら命を絶つために森の奥へ出かける人がいるんだ。
こんなに寒いんだもの。
このまま深い森の奥でさ迷って凍死してしまうもしれない。
駐車場に辿り着き、九十九折の坂道を下り、御池の岸辺まで息切れしながら走ると水面にホワイトタイガーの毛皮のような色の満月がぽっかりと一対の真珠のように浮かんでいた。
御池の森林公園は口を噤むほどすごく深い、深いんだ。
大昔に火山が噴火してできた火口湖なのだから夜中に侵入したらうっかり、遭難してしまうほど峻厳なのだ。
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