第10話 動揺


「日野先輩って福岡の名門校に所属しているんでしょう。僕から言わせたら羨ましいですよ」


 お兄ちゃんが口酸っぱく事あるごとに愚痴っていた。


 彼が通っている、全国でも有数の中高一貫校は頭脳明晰で家庭にゆとりのある裕福な家柄の秀才しか、入学を許せない、目を細めるような進学校なんだ、と。



「あんな学校、学校じゃないよ」


 漆黒の美神が降臨した、幽玄な神楽殿に弁財天が肩から身に纏う、正絹のように滑らかな月影が皓々と射し込んだ。


「待ってよ! 真君!」


 私は人込みを掻き分けながら、刹那のように疾走した彼を追った。


 後に残された堺君が動揺しながら後ろから叫ぶ声が聞こえる。



「何か、ひどいこと言いましたか? 血捨木さん!」


 最初から捻くれたように軽々しく言わなきゃいいんじゃない。


 そんな風にみんな目を覆うような悪口雑言を一足先に吐き捨ててしまうんだ。


 また、薄い瞼が傷付くのを繰り返してしまったんだ。


 血塗れの事件現場のような舗道を細い腕にしっかりと抱えたまま、ひっそりと。



「さっき、日野先輩が血捨木さんのお家の前でうろうろしていましたよ。血捨木さんのお兄さんが大声で怒鳴りながら喧嘩していてびっくりしましたよ。何で、年末年始じゃない、こんな中途半端な時期に高原にやって来たのかなって」


 堺君はまだ、西諸県の方言の訛りがなかった。


 いや、無理をして標準語を話しているんだ。


 堺君はお父さんとお母さんが離婚して、関東地方から宮崎にUターンした後ろめたさがあるからだろう、その淡々とした口調にも軽蔑の声色が含まれていた。



「お兄ちゃんは何て言っていたの?」


 私は立ち止まり、一度、堺君のいる場所へ小走りで戻ると、堺君は気まずそうに口を押えて話題を避けるように言った。


「お前、高校を辞めたくせにうちによく来られたな」


 

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