第9話 眼の色
近藤君のおじいちゃんがじっと彼を催促するように声をかけた。
「この子は何かあるな」
どういう意味なのか、受け手の私には理解し損ねた。
「神楽に関心があるかね」
彼ははい、と鋭利な象牙のような肩幅に備わった背筋を伸ばしながら礼儀正しく返事をした。
「そうか。眼の色が他の少年とは違うな、と気付いたんだよ。とても賢そうな顔をしている。うちの馬鹿野郎も神楽をもっと勉強してほしいんだが」
彼は褒められて照れ臭そうにその希臘彫刻のような常春の少年らしい、尖った肩を真冬なのにすくめた。
「祓川神楽のルーツは室町時代まで遡るんだよ。島津氏の信仰が厚く、剣の舞が特徴的なんだ。奥に小川があっただろう。あの霊泉に初代天皇でその功名を馳せ給うた神武天皇、幼名・狭野尊がお生まれになったとき、その川水を産湯に使用されたという、霊験あらたかな小川なのだよ。小川の横道に社があっただろう……」
その逸話は私が小さい頃から今まで軽く百回は聞いている。
近藤君のおじいちゃんみたいに狭野地区のおじいさん、おばさんたちは脈々と受け継がれた祓川神楽について誇りを持っている。
お父さんはその話を昔話みたいに聞かせてくれた。
「ありがとうございます。丁寧な解説をしてくださって」
火影が神楽殿に四方に浮かび上がり、微細な火花が惣闇の虚空に向かって無尽になって飛び散った。
焚き火の焔の赤い舌と笛の音の複雑な旋律が重なる、陰々とした細やかな音色も耳朶に喨々たる風の通路へと誘う。
「頑張りなよ。お前さんも」
さすがに近藤君は壇上で神楽舞に一心不乱に専念し、元旦で回される慶事の独楽のようにクルクルと回っているためか、大勢の人影に隠れて私には気付かなかった。
ほっとしたものの、束の間、私は近場から大声で目立つように一声を掛けられた。
「血捨木さん、どうしたんですか? あっ、日野先輩じゃないですか! どうして、こんなところに!」
その声のトーンから察して堺君だ、と判断した。
その台詞は私だって尋ねたい。
どうして、こんなところに? と彼に好奇心旺盛さを一切、封印せずに問い質したかった。
「この前の夏に血捨木さんと会っていたんですよね? 血捨木さん、半泣きだったから何かあったのかなって」
大丈夫かな、と心配症になりながらも、ふと彼の不穏な動向を窺うと彼は誂えるように意外にも平静を保っていた。
「お腹が痛くて僕の家で休んでいたんだ」
「そうなんですか? そう見えなかったけどな。日野先輩、ちゃんと学校へ行けていますか? まあ、日野先輩は頭だけはいいから大丈夫でしょうけど」
その頭だけはいいからって、という捨て台詞は最初から計算された、歯が浮いたように絶妙な嫌味なんだろうか。
堺君もお兄ちゃんと同じ泉が丘高校に志願するつもりらしいから、みみっちい対抗意識を持っているんだろうね。
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