第3話 ナイーブな非情


 舌の先でじれったく抱っこされたがっている嬰児のように火照った舌先で唇を舐める。


 彼がここを淫靡な鍵を回すように触れたんだ。


 


 一番ナイーブな非情を駆使して。


 


 過去が過去を消した。


 過去が未来をも消した。


 未来が過去をも奪った。


 


 彼の澱んだ過去は通知された消去ボタンのようにはアンインストールできはしない。


 消したいと思って何度も消しても叶わない、禍々しく虎の尾を踏んだ刺青のようにこの掌に深く重なり合ってしまう。


 


 重罪人がどんなに天地神明に誓って、深海を溺れるまで懺悔してもこの世にいる人々が有無を言わさず、断罪を望んでいるように彼の過去は消えないからだった。


 私は酷い眩暈に襲われ、堪らなくなりながら、思わず顔を両手で包むように伏せ、腰を小さくし、胎児のように座席で丸くなった。


 


 絶え間ない清流に漿液が流れ込み、たちまち高温を帯びるように片方の瞼が熱くなる。


 目頭がチクチクと痛い。


 咽喉も削り出すようにすごく痛い。


 そうか、今日は生理も始まったんだ。彦星と交わる深夜のない、私の中で一向に孵化できぬ、未知の赤ちゃんの卵が剥がれ落ちたのだ。


 たくさんの血痕とともに血の池地獄へと流れていく。


 


 私も歪んでいくんだ。


 君は当初からガラクタのロボットの模型のように歪んでいたんだ。


 どんな亜型のロボットよりも、深い水底までその朽ち果てた機体を押し付けるまで。


 いっそ、地獄道へ堕ちるなら深い井戸の真下へ良心の呵責も忘れ、急降下してしまおうか。


 大袈裟だよ、と私は誰にも聞こえないように小さく呟いた。


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