第8話 高位者

 次は侯爵が相手だ。やはり決勝だからか午前の休憩時間が設けられ、午後に行うことになった。

 そこで俺は急速に魔力を回復させようと自然魔力の吸収を始める。


 自然魔力の吸収など、本来は多量に魔力が蓄えられた鉱石から抽出するのが一般的で、空気中に漂う魔力を吸収するなど、人間にはほぼ不可能とされている。

 空気を口から吸ったところで、それは人間にあるべき呼吸としての役割を果たすだけで、そこから魔力を得られる訳ではない。


 ならばどうするか? 俺は特に知識だけで体内の魔力回路を形成し、全身や物質へ自在に魔力を転換しているが、それと同じ要領で人間の体を自然魔力に適応するようにすることは可能である。

 だがこれは俺が魔力の構成や性質を全て知っているから出来ることであって、半端な知識でやろうとすれば、一気に体内魔力が空気中へ霧散したり、最悪の場合は体が消し飛ぶ。


 ではやってみよう。

 やり方は至極簡単だが、一切の妥協をしてはならない難易度だ。それは、自身の魔力回路を体の一部を通じて自然魔力に接続する。

 今回は腕からにしよう。地面にしゃがみ、片手を地面に付く。そして腕から伸びる回路を地面と接続することをイメージし、地面の中の魔力を一気に吸い上げる。


 そうすれば、まるで吸水タンクの如く、大量の魔力が俺の体内は雪崩れ込むので、同時に魔力を全身の筋肉や感覚に変換し、体力回復に十分な魔力を全身の隅々で受け止める。


 ここが失敗の主な瞬間、簡単に言えば決して開けられない蓋付きの器を一つしか用意せず、受け止めきれない魔力によって器は破壊される。

 破壊された器から溢れ出す魔力が軽量ならまだしも、大量に溢れ出した場合、器が無く逃げ場をなくした魔力は、体を突き破るのだ。つまり、消し飛ぶ。そういうことだ。


 そんなこんなで午前の休憩時間は終わり、午後の戦闘試験が再開される。その相手は……。


「僕はジーニス・ウェルテクス。侯爵子息だ。さて、午前の体力は戻ったかな? 僕なら準備万端だ」


「あぁ、俺も概ね回復した。なるほど、お前は高位者……若しくはそれに連なる人間か?」


「へぇ、それが分かると言うことは君も高位者なのかな? 僕の目には君から完璧な魔力がみえるんだけど」


「残念ながら違う。俺はただ魔力の流れを見れるようにしているだけだ」


 高位者とは、神の加護を受けた存在のことで、良く敬虔で深慮深い信者がそれを授かる。またその加護には段階があり、彼は最高位と言っても過言ではない。

 神の加護を受けた存在は、その瞬間から自身と身の回りで起こることに大きく影響し、高段階の者は神術の行使が許される。


 そしてその神術とは、受けた加護の神の力を一部自身に宿すことで、さらにそれは時間と共に増大していく。

 つまり、たとえまだ子供だとしても油断ならない相手だ。


「そりゃすごい。それじゃあ、そろそろ始めようか。久しぶりにいい勝負が出来そうだ」


「そうだな。俺も本気を出せる時が来たようだ」


「それでは、試合始め!」


 審判の試合開始の合図で動いたのは俺とジーニスの両方だった。

 開始の合図と同時に、直前までに溜めておいた足の魔力を大きく爆発させ、突進の推進力とする。

 俺の足元の地面は砂塵を巻き上げ、常人では目に追えない速さを生み出す。


 体感一秒以下、俺の木刀とジーニスの木刀が思いっきりぶつかり合うことで、いとも簡単に両者の木刀はへし折れる。

 そこでへし折れた木刀によって武器を失ったジーニスに対し、俺は自分の木刀も捨てると同時に顔面を鷲掴み、地面に勢いそのまま叩きつけようとする。


 しかしジーニスの後頭部が地面に激突する僅かの短い瞬間に、ジーニスは密着する俺に向かって空いた片手から魔法弾を発射する予備動作が見えたので、俺は咄嗟に手を離して体を捻ることでそれを回避する。


「なかなかの反射神経だな……」


「いやはやそちらこそ。零距離弾を避けるなんてどんな判断したらできるのやら」


「だがまだ序の口だな。まだ、"人間の範疇"だ……!」


 俺は次に再度足の魔力を爆発させると同時に、両足の筋肉を最大限に魔力で膨張させ、爆発の推進力と共に、瞬間移動とも呼べるほどの足の速さを実現させる。

 それによって俺は瞬時にジーニスに背後に移動し、後ろから頭を掴んでもう一度顔面を地面に叩きつけようとする。


 だがそれに対してもジーニスは一切の戸惑いを見せることなく、顔面が地面に激突する直前を狙ったのか、俺の攻撃の勢いを利用した拳によって地面を殴りつけ、その反動を俺に流す。


 俺はすぐさまバックステップで大きく回避し、一つ頷く。

 まさか本気を見せると言ったのに、相手があくまでも人間だからと手加減していた。

 相手がその気ならば、神の知識を最大限に活用しなくてはならない。


 俺はその直後、片足で地面を踏み付けることで、片足の魔力回路と地面の魔力を接続し、それだけの動作で地面に大きな地割れを起こす。

 地面の亀裂は一直線にジーニスの足元にたどり着けば、接続した魔力回路によって地中の魔力を操作し、ジーニスの足元から鋭いの岩を隆起させる。


 魔法発動が出来ない者のやり方だ。これに関してはいくら才能があっても普通の人間には不可能。神である俺が断言する。


「ッ!?」


 ジーニスの酷く驚いた表情を俺は見逃さなかった。ジーニスは咄嗟に両足の地面を爆発させることで、高く上空へと飛び上がって回避した。


「うおおおおお!」


 ふと高く飛び上がったジーニスを見上げれば、上空で武器召喚。魔力の塊で作られた巨大な槍を片手に、俺を突き刺さんと大声をあげていた。

 しかしこれもまた人間の範疇に過ぎない。神の知識でいかに人間の身体を破壊しないギリギリを知っている俺であれば、こうするのだ。


 ここで俺は力加減を下げることにする。そうしなければ子供である俺の身体が耐えられないからだ。

 全身を巡る魔力回路を地面と空気の自然魔力に接続し、周囲全ての魔力を操り、ドーム状の魔力障壁を生成する。


 魔力障壁とは物理に対しても少しだけ防ぐ力があるが、特に魔力に対する防ぐ力は絶大。さらに魔力障壁は魔力に対する最大の防衛反応に、一瞬だけ起こるがある。


 そうしてジーニスの槍は半透明の障壁と衝突する。

 ジーニスから見れば障壁を強大な力で突き破ろうとでも考えているのだろう。しかし……。


「なっ!? ぐあああああっ!!」


 魔力の塊で作られた槍に対して障壁は一度だけ反射する。槍は凄まじい勢いも相まって、ジーニスと共に強烈に爆散する。

 これによって起こる爆発は、魔力の暴発と似ており、これだけのエネルギーをまともに受ければ、普通なら魔力の再使用が不可能になり、修復も絶望的な体内の魔力回路が細切れになってしまう。

 ジーニスが高段階の高位者であったことが唯一の救いだ。


 ジーニスは体から黒い煙を吹き上げながら、そのまま地面に落下した。


「ははは……まさか、僕が負けるなんて……」


「お前に宿る神術は強い。体が成長してからまた再戦しよう。俺は初めて本気が出せて楽しかった」


「そりゃ……よかっ……た」


「そ、そ、そ、そこまでええええぇ!」


 ジーニスは薄く笑いながら気絶した。

 さて、これで戦闘試験は終わった。結果が見ものだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

力を失った創造の神が行く異世界奇譚 Leiren Storathijs @LeirenStorathijs

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ