第7話 戦闘試験②

 「僕の名前はアグレイ! 男爵なのにやるねぇ君。きっと試験の前にたくさん稽古したんだろう。でも、君の努力はここまでだ。

 僕が試合相手になったのが運の尽きってね」


「小煩いな……まぁ良いだろう。いつでも掛かってこい」


「チッチッチ。きみはどうせ負けが確定しているんだ。先に動くことを薦めるよ。必死の抵抗を僕に見せてくれ」


 よっぽどプライドが高いようだ。

 一体何をもって勝利を見込んでいるのか分からないが、俺に先に動くことを許可したその後悔と、プライドをへし折ってやろう。


 何が起きたのか分からない速さで。そしてたった一度の突きだけで。

 俺は木刀の切っ先を真っ直ぐ正面に向けたまま、頭の横まで持ち上げる。

 狙いは彼のみぞおち。


「突きの姿勢……? あーわかった。力で敵わないから速さで僕を圧倒しようとしているんだね?

 突きは速さが大事だからねぇ。でもさぁ、それって避けて仕舞えば君の負けってことだよね? 僕が万が一避けられなかったから、首やみぞおちなんて狙われたらたまったもんじゃないだろう。

 つまり僕を一撃で沈めようって算段だよね?


 おっとこれは舐められたもんだ。

 でもでも、無理だよそれは。速さでも」


 いつまでこの話を聞いていれば良いんだ。俺は彼の話を途中で遮って、すこし煽る。


「いちいち煩いな。安心しろ。お前はやられた事も気づくことすらなく、次目を覚ました時は診療所のベッド上にいることが分かるだろう」


「な……この僕のありがたーい話を聞き流すのではなく、自ら遮るとは!

 どうやら君に躾が必要のようだね?

 その男爵という身分を弁えるのを、その身体に教え込ませてやる!

 お前なんて、ボッコボコのギッタギタにしてやる!!」


そう彼が怒っている間に、俺はより強く練り上げた魔力を足に集中させる。

 この魔力操作によって最大限に溜め込んだ足の魔力を爆発させた時、生み出される速さは人間が捉えられるような速さじゃない。


 それは正しく弾丸。彼が気づく事なく。という話はそういうことだ。

 弾丸の軌道は読めても、撃たれた瞬間に避けられる人間はそうそう居ない。


「行くぞ」


「来るがいい!!」


 俺は足に溜めた魔力を一気に爆発させる。その瞬間に起こるのは俺から後ろの視界が凄まじい砂塵で覆われる程の衝撃波。

 恐らく彼の目には爆発だけが見え、その時は既に俺の持つ木刀が自分のみぞおちを抉っていることだろう。


「へ……?」


 俺の木刀にメキメキと骨を砕く感覚が伝われば、彼は大きく口を開けて少量の血を吐いていた。


「ぼぎゃあっ!!??」


 速さを出す為にどれたけ音が周りに響いたのか。周囲の他の試合をやっている者はともかく、次の試合を待ちながら観戦しているすでに試合を終了している者らが静かに騒めいていた。


「そこまで! 伯爵アグレイを戦闘続行不可と判断し、試合を終了する。

 勝者は男爵ハオス!」


 さて、次はどんな者が来るだろうか。そろそろ数多くいた新入生が決勝に近づいているのか大半が観戦席に座っている。

 次は第4試合。相手は辺境伯だ。


「俺様はフォーリー。男爵風情が第4試合まで登るとか聞いたことねぇぞ?

 まぁいい、てめえがどんな野郎か知らねえが、ここで殺す。

 そうだなぁ、バラバラに切り刻んでやるよぉ!」


 俺は冷静に相手の魔力とついでに木刀の強度を見る。

 体内魔力は完璧と言えるほどに一切乱れなく流れているが、恐ろしく速く体内を循環させることで、疑似的に魔核を活性化させ身体能力を底上げしているようだ。


 しかも、木刀の強度は鋭い刃物程度までに硬く作られている。

 さすが上の階級ともなれば、魔力操作は基本技能のようだ。


 だがこの木刀の強度は本当に相手を切り裂く程の切れ味がある。

 俺が先ほど作った鈍器のような木刀と同じ原理で、物質に一定の魔力を注ぐと強度を増すと同時に性質まで変化する。

 だから、小石や木の枝でも人を殺傷できるようになる訳だ。

 小石は鋼の砲弾となり、木の枝は折れた刃となる。


 これはさっきまでのようにお試し程度で行けば痛い目に遭うだろう。

 だからここは完全な守りに徹しよう。

 その方法は『魔力障壁』と呼ぶ。


 分かりやすく言えば俺がこの帝都に入る前に感じた外壁を覆っていた魔力の壁のこと。

 あれを身体の周囲に展開させることで、物理攻撃でも弾くことが可能。

 しかし弱点を言うなら魔力障壁展開中は一切の攻撃ができない事だ。


 障壁の展開は常に体内の魔力を周囲に放出させることで、魔力は所有者の身体を守ろうと魔力の壁を生成する。

 つまりこれにはかなりの集中力が必要で、集中が途切れれば魔力は即座に体内に戻り、通常通りの循環を始める。


 だがこれはあくまでも人間のやり方。と言いたい所だが、俺の体は今や人間そのもの。

 神だからこそ知識でどうにかなる。こともあるが、全てが叶うわけではない。

 だからこれからは体力勝負ということだ。


「いつでも掛かってこい。お前の刃では俺に傷1つもつれられんからな」


「ははっ! 威勢を張るのは自由だ。ならお望み通り切り刻んでやるよおおぉ!」


 そして彼が俺に木刀で切り掛かってくる瞬間に、魔力を体外へ放出させ魔力障壁を生成する。

 そうすれば彼の刃の1撃目は見事に弾かれる。


「はぁ? もしかして魔力障壁作ってんのか? てめぇ馬鹿かよオイ。そいつぁ自滅行為だせ? 俺の刃が、てめえの障壁を傷付ける度に、削がれていく集中力!

 ヒャハハハハ! オラオラオラ! さっさと諦めて死んじまえぇ!」


 彼の言う通り、刃の連撃が障壁に当たる度に魔力は障壁を修復するために働くため、障壁を生成するより集中力が必要という訳だ。


 時間は試合開始から10分が経過した。


「ヒヒヒヒヒ! またまだ俺の体力はあるぜぇ?」


 さらに時間は30分が経過した。


「クソクソクソ! いつまで守っているつもりだ! 速く破れろおぉ!」


 時間は1時間経過した。


「はぁっはぁっ……てめぇ……ふざけてんのか。まじめにやりやがれ……マジでクソ……」


 最初の素早い連撃は、だんだん速度を下げて行き、今や木刀を振り上げるのも精一杯になっている。

 そろそろ頃合いか。


 俺は魔力障壁の展開をやめると、彼の振り下ろす腕を掴んで止め、一気にもう片方の拳に魔力を集中させると、そのまま腹に向かって拳を打ち込む。


「あ? ぐぼぁっ!? 畜生……体力が……」


「俺の勝ちだな」


 最後に彼の胸倉を掴み持ち上げ、思いっきり投げ飛ばす。


「そこまで! 辺境伯フォーリーを戦闘続行不可と判断し、試合を終了する。

 勝者は男爵ハオス!」


 だんだん疲れてきたな。元の魔力が少ないとはいえ、魔力操作で魔力を練り上げて連戦をしているから疲れが酷い。

 要は元から少ない砂を、さらに少しずつかき集め、水で固めてから全力で投げている訳で、そろそろ魔力回復のため休憩しなくては、魔力が底を付く。


 次は第5試合か……相手は、侯爵……あぁ、いつのまに。次は決勝戦ではないか。

 だがその前にまずは休憩を……。

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