第2話
「うえ〜もうちょっと汗かいちゃったんだけど」
トモヤスが煩わしそうにカーディガンの下に覗くワイシャツをひらひらと動かす。
「え疲れたけどさすがにかかない」
「お前は普段運動してないからだな」
「それ関係あるかね」
改札の通りを抜けた後、『西口五番街』と書かれた古ぼけたアーチの下を歩いている。
近くの立ち食い店の匂いが鼻を抜け、この佇まいもやや久々に思えた。
だがいつもと変わらない、この人ばかりの都会に視覚的に見える春らしさ、目新しさはあまり見当たらない。
一学生の進級など祝うはずもないこの忙しない街並みをぼうっと眺めつつ、足は車のない広いアスファルトの通りに向かう所だった。
「サヤおはよー」
すぐ側を、一人の女子生徒が通った。
斜方から見える明るげな表情に、ふわりと後ろ髪が揺れる。
それらが相まってその瞬間がゆっくりと目に入り込むような、そんな感じがした。
だからそのまま、前を歩く同じくらいの背丈の女子と肩を揃える、なんて事ない朝の通学の様子までをつい自然と追いかける。
「おお山本じゃん」
隣を歩く青年もその流れを見ていたようだった。
「同級生?」
これといって広げようという気も無かったが、口ぶりから適当な質問を投げてみる。
「いや去年も結構話題出てただろ〜2組の男子ん中で」
トモヤスは不満そうな顔を見せるがこちらは大してピンと来るものがなく、はてと首を捻った。
「......そういう話してる時だいたい相葉とかと別の事してたし、だからちょっと」
「まーそうかお前らいっつも逃げてたよな」
妙に懐かしむ様子で笑みをこぼすその横顔を、怪訝な表情で見返す。
「いや逃げるっていうかね」
ただ自分の持ちネタ、手札も無いのに振られても何も出ない訳で、あのような場はどうにも気まずいだけだ。
「いいやとにかく覚えろ山本楓な」
そんな俺の反論はつゆ知らず、トモヤスが精悍な表情で目配せしながら話題の方へと注意を仕向ける。
「はあ?なんでだよ」
だがこの男子も本気で口にしている訳はなく、それを踏まえた上で返答するとやはり待ち構えていたかのように頬を緩めた。
そして再び彼女らを見やると何かに気づいたように、今度はあー、と口を縦に開く。
忙しいね。
「隣にいるのは松木さんか、あの子もかわいいよな?」
「......」
もういいだろうと思いつつも、トモヤスの指す後ろ髪が長い方の女子生徒を一瞥して、雑に答える事にした。
「まあ、うん、そうなんじゃない」
「うわ雑」
「はっはっは」
答えておきながら確かに同様の雰囲気があった。
並んで歩き、互いに目を合わせて笑う光景は絵になっている。
「やっぱ可愛い子の周りには可愛い子がいるもんだな」
「そういうもんだろ」
しみじみと口にする少年の横顔をちらりと見て、また前方のどこでもないような所を眺めては、ふと下を向く。
誰が可愛いとか付き合ってるだとか、あるいは誰と誰が何組だとかSNSで何をアップしていたとか。
知った所で、彼ら彼女らの高校生活の中に自身が関わる事態は生まれない。
他人の話、結局それは自分とは離れたどこかで起きた、違う世界の出来事だ。
だから例えば前を並ぶあの女子生徒らが何かのイベント事の中心にいようと。
誰と交友関係があろうとクラス内での立ち位置がどうであろうと。
少なくともそれは、俺には関係の無い話だ。
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