第3話 生徒会長の先輩に甘えられる

「光希くーーーーん!」

新学年が始まって一ヶ月が経ち、俺の所属する生徒会の活動も本格的に始まった。

俺の名前を叫びながら飛び付いて来たのは、生徒会長の一条香織さんだった。

茶髪のショートカットが似合うかっこよさすら感じさせる顔立ちで、バレンタインにはどの男子よりもチョコレートをもらっていたり、歴代を圧倒する票を集めて生徒会長に選ばれたほどである。

「久しぶりだね!会いたかったよ!」

普段はクールで何事にも動じない香織さんだけど、たまにこうして人に甘えるところも見かける。

生徒会室で二人きりとは言え、俺にそれをされると、もし見られれば視線が痛いだろうからやめてほしいけど……

「お久しぶりです」

とは言っても、入学式の日に校舎案内などですれ違ったけど…

「あと半年くらいで会う機会も少なくなると思うと、ちょっと寂しいね」

あと半年もすれば、生徒会選挙も終わり、三年生は完全に引退となって受験やら就活やらに力を入れる。

香織さんは、バレーの推薦がもらえるだろうけど、それでもしっかり勉強はするらしい。

本当に、こう言うところが応援される人って感じがする。

「半年間、全力でサポートさせてもらいます」

「相変わらず女っ気はなさそうで安心したよ」

香織さんまでそんないじりをしてくるけど、久しぶりのこんないじりも少し楽しく感じる。

「香織さんこそ、まだ俺に飛び付いてくるなんて、相変わらず彼氏できないんですね」

「ボクはできないんじゃなくて、作らないんだよ。ボクの好きな人は恋愛偏差値が低すぎるからね」

ちょっとだけ顔を赤く染める香織さんに、やっぱりちゃんと女子なんだなと思わされ、夏鈴と同じく陰ながら応援する事にする。

「香織さんってどんな恋愛してきたんですか?」

「彼女ができた時はハグもキスも沢山したけど、彼氏ができた時は、なんか普通に友達って感じだったかな」

前半部分は想像すると扉が開きそうな気がしたからすぐに辞めたけど、後半部分はしっかりと想像が着いた。

「あっ一番最近の元カノとはちょっとエッチな事もしたよ」

「それ、ニヤニヤしながらする話じゃないですって…」

「その様子だと、エッチもまだおひとりのようですねぇ」

「少しは躊躇って下さいよ……」

「いや〜でも、光希君に甘えてる時ってだいたいおっぱい当ててるから、もういいかな〜って感じ」

香織さんには、だいぶお世話になってるから甘えられるのは許容してたけど、そうなら話は別。

「ボクも女の子なんだから、少しは意識してよね?こっちは恥ずかしいのを堪えてるんだから…」

少し俯いて耳を赤く染める香織さんは、身体をくねくねとさせていて、相当にらしくない表情をしていた。

「そう言うのは、好きな人にしてくださいよ……」

「光希君も相変わらず恋愛偏差値低いんだねぇ〜」

この口振りから見るに、どうやら俺の「もしかして…」なんて不安は必要なかったらしい。

「甘えるだけなら全然いいですけど、ちゃんと大事にしてください」

「光希君が甘えさせてくれるから、そのお礼だと思ってよ」

「気まずいだけですって……」

「ボクはちゃんと大事にしてるから、ありがたく堪能してよ」

そう言いながら胸を張られると、無意識に視線が向くからやめてほしい…

「甘えられるのを受け入れてるのがこっちのお礼なので、お礼は要りません!」

「じゃあ、普通に甘えてるだけで、たまたま当たってるって事にしておくよ」

「本当に、わざとするのだけは辞めてください」

埒が明かないし、これ以上その言葉を聞くとおかしくなりそうだったから、これでこの話は終わりと言うように締める。

香織さんは「はーい」と言って分かってるのか分かってないのか分からない返事をして、俺の左腕に抱き着くようにする。

さっきまでのやり取りがあっだから、腕に伝わるほんのり柔らかい感触に意識がいってしまい、勝手に気まずくなる。

「光希君、今めっちゃ意識してるでしょ」

ニヤリと口角を上げた香織さんが挑発するようにそう言ってくる。

「当たり前ですよ…」

俺がそう答えると、香織さんは「ふふーん」と何故か嬉しそうに笑う。

「ボクも女の子なんだから、気を付けてね?」

香織さんがそう言って立ち上がり、生徒会長の席に着くと、それから続々と生徒会委員が入室してくる。

やがて全員が着席し、香織さんに催促されて俺も席に着く。

さっきまでの香織さんとは打って変わって、完全無欠と言った様子で、とにかくクールに振舞っている。

「では吉岡君。号令を」

これは毎回会長の気まぐれで選ばれるのだが、俺になる頻度が高かった。

「第一回生徒会会議は今年度の行事の流れの説明となります。よろしくお願いします」

「「「よろしくお願いします」」」

全員の声が重なり、生徒会室に響く。

男子四人に女子四人と言う各学年から二人ずつの選出で、一年生は秋に行われる選挙からの参加となる。

そうして生徒会会議が始まり、香織さんの主導で話が進んでいく。

五月に中間試験、七月に期末試験と夏季休暇、九月に文化祭、十月に球技大会と体育祭と中間試験、十一月に一年生はキャンプ二年生は修学旅行と生徒会選挙、十二月に一二年の期末試験と冬休み、一月に卒業試験、二月に卒業式、三月に進級試験と春休み。

年間の大きな行事は一般的な物だけど、秋にイベントが多くなっているのは、集中力の分散を避けた学校側の采配で、かなり英断だと思う。

この時期は勉強なんてほとんどの生徒がしないし、とにかく楽しい時間ばかりだし。

「では終わります。ありがとうございました」

「「「ありがとうございました」」」

最後は香織さんの号令で終わり、順番に退室していく。

俺は書記の仕事が残ってるため、しばらく残るが、当然のように香織さんも一緒に残り、他愛もない会話をしながら記録を続ける。

「光希君って本当に優しいよね」

「優しくされたから、それをお返しできればいいなって思ってるだけですよ」

「ボクはわがままばかりだけど…」

「こうして書記の仕事で残ってるところに話しかけてくれるのも、十分すぎるほど優しいですよ」

俺がこうして香織さんと関わるようになったのにも、それなりの理由がある。





♢ ♢ ♢





「ちょっと待った」

入学式と簡単な説明などが終わり、帰ろうとしたところで、そんな声と共に肩をトントンと叩かれる。

入学早々になにかやらかしたのかと不安になったけど、振り向いた瞬間、そんな不安が消し飛ぶほどの美少女が立っていた。

「君、生徒会とか興味ない?」

その美少女はとにかくクールと言った印象で、その微笑みにはかっこよさすら感じた。

引き締まった体躯が更にそれを引き立てていて、たった二言だけでこの人は凄い人だと思わされる。

「いや…勉強がちょっと……」

俺は七組に配属されたけど、入学式で新入生を代表して言葉を述べていた首席であろう生徒が一組に配属されている事を考えると、そう言う事なんだろう。

だから、定期試験の事を考えると、委員会やら部活やらで時間を無駄にする訳にはいかない。

「勉強なら、ボクが教えてあげるよ」

ボクっ娘か…容姿と真っ白な制服も相まって、まさに白馬の王子様って感じの人だな。

勉強も難なくできそうな人だけど、こんな人から優しさを受けると申し訳なくなるし、どうお返しをすればいいのか分からない。

だから──

「大丈夫です…遠慮しておきます……」

──俺は丁寧に断って、下駄箱まで歩く。

「ねぇ、聞こえてるでしょ?なんとか言ってよ」

申し訳ないけど無視を続けて下駄箱まで来たところで、一条先輩に手を取られる。

思わず振り払おうとしてしまうが、振り払えずに立ち止まってしまう。

「ボク、この学校が好きだし楽しんでるからさ。君にも三年間ちゃんと楽しんでほしいんだ。もちろん、君以外の生徒もだけどね」

俺を生徒会に誘ってくるだけあって、全校生徒の事を想っての行動らしい。

少し悲しげに笑う一条先輩に目を奪われ、俺は何も発することができなかった。

「生徒会に入らなくてもいいから、ちょっとボクに付き合ってほしいな」

「はい…」

俺は、無意識にそう答えていて、多分それは一条先輩のカリスマ性とかオーラとかそう言う物に魅せられていて、一条先輩に着いて行く事になった。

「吉岡君はどれにする?」

「自分で買いますから…」

「ボクのわがままに付き合ってくれてるお礼だと思ってよ」

「じゃあ、ミニパンケーキで……」

「意外とかわいいんだね」

一条先輩は「ふふっ」と笑みを浮かべるけど、俺としては、できるだけ安くて且つ気を使ってない感を演出するための選択だった。

ファストフード店で勉強なんて、中三の頃の夏休み以来だったから、少し懐かしく感じる。

「勉強教えてくれるなら、やっぱり自分で払いますって…」

「後輩は先輩に甘えてればいいんだよ」

「でも──」

「でもじゃない。ボクの初めての後輩なんだから、もっと甘えてよ」

一条先輩はそう言って俺の口にポテトを突っ込み、ニコッと花が咲くように笑って見せる。

それから、香織さんの指導によって学力はメキメキと上がり、夏休み前の期末試験では学年十位になっていた。

高校生活にも余裕が出たし、後輩の受験勉強を見る事だってできるようになった。

その全てが香織さんのおかげだから、大抵の事は許容できるくらいに香織さんを慕うようになった。





♢ ♢ ♢





「光希君って本当に無防備だよね」

「信用とか信頼とか。そう言うのが大きいと思いますけど」

「そう言われると、ちょっと恥ずかしいね」

「俺の初めての先輩なんですから、堂々としててくださいよ」

「それは、生徒会室で二人きりじゃない時でも甘えていいって事?」

「周りの目を考えてくれるならいいですけど……」

「やった!」

かわいらしく喜ぶ香織さんだけど、完全無欠ではない姿を多くの人に見られるのは、香織さんとしてもあれだろうとは思うし、多分ここまでの密着はしてこないだろう。

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