第4話 後輩の友達に告白される

「中間試験、学年一位取れました」

中間試験の結果が廊下に貼り出された日の昼休み、星那からそんな嬉しい報告をされる。

「もうちょっと喜んでもいいと思うんだけど」

星那は相変わらず淡白な声色で、表情にもあまり喜びを出しておらず、まるで当然かのように振舞っている。

「光希先輩に教えてもらったんです。学年一位も当然ですよ」

「いや…俺はほとんど何もしてない気がするんだけど……」

星那は「そんな事ないですよ」と言ってくれるけど、実際、本当に星那の独力でも全然余裕だと思う。

と言うか、俺は星那の分からないところを分かりやすくする。みたいな事しかしてないから、ほとんどは星那の自力だし。

「光希先輩はどうだったんですか?」

「俺は五位だったから、家庭教師としてどうなんだろうな…」

言い訳になるけど、俺の学年には全教科満点とか言うバカが三人いて、四位の生徒も一問しかミスがないと言うバケモン揃いの学年で、学年一位なんて天の川銀河から出て行けと言われてるようなものだ。

「まあ、一年は中学の復習みたいな内容も多かったので、そこですかね」

「でも、学年一位は凄いよ」

「ご褒美に頭撫でてください」

「えぇ……」

「ほら先輩、早くしてください」

そう言いながら、星那は頭を突き出してくる。

俺が仕方なく星那の頭を撫でると、星那は「ひひっ」と不敵に笑ってから、「ふふふんっ」とかわいらしく笑う。

「なんか、ドキドキしちゃいました」

「それはこっちのセリフだろ……」

「イケメンなのに女の子に慣れてないなんて、本当にダメな人ですね」

「慣れたら色々終わりな気がするんだけど」

「そろそろ私が頼まなくても頭撫でれるくらいにはなってくださいよ」

「絶対に無理な頼みだな」

星那は「ふふっ」と清楚に笑い、「かわいいですね」とからかってくる。

そんな事はどうでもよくて──いや、全然どうでもよくないけど、今はとにかく周りからの目が痛すぎる…

最近の星那は「一年の女神」と呼ばれていて、三年の女神である香織さんと、二年の女神である夏鈴に次ぐ白咲高校三人目の女神となっていた。

当然、学年を越えて有名になってる訳で、たった今一年の女神の頭を撫でた俺へのヘイトが物凄かった。

「光希先輩、なんだか注目されてるみたいので、キスでもしてやりましょうか」

「バカな事言うな…」

「言っておきますけど、私は光希先輩とならキスくらい余裕ですからね」

最後にそんな爆弾を落として、星那は一年生のフロアへと去って行った。

廊下がいつも以上にザワザワとしていて、俺も俺で星那の言葉を真に受けてしまいそうになって立ち尽くすしかできなかった。

「はーい!たった数分にして学年中の注目の的となった生徒会所属二年二組の吉岡光希君に質問でーす!一年の女神とはどのようなご関係で?」

突如背後から現れて大声でそう言ったのは、中学生の頃に部活で出会った長谷川悠陽だった。

学年一モテてると言っても過言じゃないくらいにモテていて、なんで俺なんかと友達やってんだ…と思うくらいのイケメン。

たちまち廊下の至る所から「キャー!」と女子生徒の黄色い声が上がり、耳に響く。

その歓声でちょうど消えるくらいの声量で「一旦は俺に任せとけ」と耳打ちされる。

「中学の頃からの先輩後輩で、受験の時に家庭教師頼まれてたってだけだけど…」

「なるほどなるほど。では、付き合ってないどころか好きでもないと?」

「普通に仲のいい後輩です…ね」

「なーんだ、つまんねーのー!」

悠陽のその言葉で廊下は静まり、ちょうどいいタイミングで昼休み終了のチャイムが鳴る。

さすがスクールカースト最上位と言ったところか、日本人の弱さと言うか、悠陽が興味を削いだように演出しただけでこれだ。

「ありがとな…」

「後で詳しく聞かせろよ?」

「まじで特に何もないんだけど……」

「じゃあ、一条会長のちょっとえっちな写真をくれ」

「自分で頼め」

「一条会長と付き合いてぇーよぉー」

「もうそれずっと言ってるだろ…告白して来いよ」

「うっせぇ!一条会長にポテトをあーんしてもらってた奴には言われたくないね」

何故か最後にそんな軽蔑するような視線を送られて、俺も悠陽も自分の教室へと戻る。

悠陽は中学の頃からサッカーと恋愛に忙しく、サッカーに関しては県の選抜メンバーでスタメンを獲得するほどだった。

この学校にも特待生として入学してるだけあって、一年の頃からモテまくってて取っかえ引っ変えと言った感じだったけど、香織さんに一目惚れしてからは香織さんにまっしぐららしい。

なんか最近、身近な人が恋に悩んでて、青春してるなぁと思わされる事が多いな。





「キャーー!悠陽くーーーーーん!」

「かっこいーーーーーーー!」

何事もなかったかのように時は経ち、あっという間に放課後となった。

相変わらず、ランニングをしてるだけで黄色い声援を浴びる悠陽を見ると、羨ましく思わない事もない。

悠陽も悠陽で手を振ったりとファンサービスをしてる辺りは、プロだなと思う。

「ドッキリかなんかだといいんだけど…」

そんな部活の光景を眺めながら、俺は野菜や植物が丁寧に育てられている裏庭に来ていた。

と言うのも、今朝俺の下駄箱に入っていた一通の手紙に綺麗な丸い文字で『〜吉岡先輩へ〜話したい事があります。放課後、裏庭に来てください。』と、書かれていたからだ。

なんとも古典的なそれだけど、もしそうだとしても、俺には好きな人がいないし、断る事になる。

これまでも何回かあったけど、本当に慣れない…目の前で泣き出されなんてしたら、本当にどうしようもなくなる。

今日のそれが、これまでのそれと違うのは、相手が後輩である事。

星那と同じような関わり方じゃ、多分ダメなんだろうな。昼休みの事もあるし……

「き、来てくれたんですね…!」

裏庭で寂しく一人考え事をしていると、手紙の主であろう女子生徒に声をかけられた。





♢ ♢ ♢





「吉岡先輩ってかっこいいよね〜」

「うんうん!長谷川先輩もいいけど、吉岡先輩の方が大事にしてくれそうだよね」

「長谷川先輩もアイドルみたいでいいし!」

「でも、長谷川先輩は彼女いそうだしな〜」

一年生の間では、すっかり光希先輩派閥と長谷川先輩派閥に二分していて、休憩時間には妄想トークが繰り広げられる。

光希先輩は、多分メンヘラ製造機なんだと思う。

付き合いの長い私だって、光希先輩が私以外の後輩と話してるとちょっと嫌な気持ちになるし、頭撫でてほしいなんて言ってしまうようになる…

私が光希先輩の事を大好きすぎるんだとも思うけど、誰にでもとことん優しいから彼女ができないんだろうなとも思う。

光希先輩とは付き合いたいし、キスもしたいし、その先も──だけど、光希先輩にとっての私は、ただのかわいい後輩で、好きとかじゃないんだと思う。

この前手を繋いだ時には戸惑ってたし、手汗も私と同じくらいだったし、たまにくっ付いた時にはドキドキもしてくれるけど、多分誰にされてもそうなるんだろうなと思う。

「せなちはどっちが好みなの?」

授業の内容を改めてノートにまとめながら考えていると、前の席に座る白澤愛紗に話しかけられた。

愛紗とは小学生の頃からずっと同じクラスだったし、必然的に仲良くなったから幼馴染と言ってもいい。

「どっちでもない」

「よかったぁ〜!ちょっと相談なんだけどさ──」

「えっ」

愛紗からの相談内容は、あまりにも単刀直入に伝えられた。

私は戸惑いつつも、応援はできないけど、聞かれた事にはしっかりと答えた。





「き、来てくれたんですね…!」

「まあ、うん」

「私の事、覚えてますか…?」

「えっと──中学の頃バスケ部の」

「そうです!ボールが当たりそうだったところを助けてもらった者です……」

「うちの悠陽がごめん」

「い、いえいえ…!か、かっこよかったので……」

「そう……」

二人がどんな顔をしてるのかは分からないけど、この空気はなんなの…

胸を縛られるような感覚に襲われ、もしかしたら──なんて考えが呼吸を乱す。

愛紗の好きな人は光希先輩で、今朝下駄箱にラブレターを入れていたらしく、告白するとの事だった。

嫌だ。

それが、愛紗からその話を聞いた時最初に浮かんだ言葉だった。

愛紗は私よりかわいいし、胸も大きいし、よく笑うし、それならに恋愛もしてきてる。

高校に入ってからも何回も告白されてるし、私なんかじゃ相手にもならない。

最近よく言われてる〝一年の女神〟もきっと愛紗の事で……光希先輩とはお似合いだった。

「も、もうお察しだと思うんですけど…私、吉岡先輩の事が大好きです!も、もしよければ私と付き合ってください……!」

「ありがとう、嬉しいよ──」

光希先輩がどう答えても、多分私との関係はこれまでと変わりなくて、頻度は落ちると思うけどきっと遊んでくれて……

でも、もし付き合うなら、光希先輩の一番になるのは愛紗で、私は二番目とか三番目とかで……

そんな事を考えると、勝手に涙が溢れてきて、盗み聞きなんてしなければよかったと後悔する。

何も分からずに、私はとにかく走って走って、気が付いた時にはもう家だった。





♢ ♢ ♢





「ありがとう、嬉しいよ。でも、ごめん。」

手紙の主は、中学の頃に悠陽が本気で放った馬鹿みたいな速さのシュートがあらぬ方向に飛んで行き、それが顔面に当たりそうになったバスケ部の女子だった。

確か、星那の友達だった気もする。

「そう…ですよね……やっぱり、星那ですか?」

ここで星那の名前が出てくるのを見るに、やっぱり星那の友達らしい。

昼休みの事があって、俺と星那の関係がカップルのそれに見えるんだなと認識した。

まあ、今更態度を変えるつもりはないけど、少しだけ場所を考えようとは思った。

「いや、俺はやっぱり好きな人と付き合いたくて、でも好きな人がいないから多分恋愛に向いてないし、色々と傷付けると思うから」

「私は傷付きません…せなちとの関係も知ってますし、それを変えろなんて言いません…」

「俺は多分、彼女ができても星那とか生徒会長とかを優先しちゃうから、ごめん。俺、恋愛をするには子供すぎるんだよ」

「そう…ですか……」

「うん、ごめん」

「わ、私…これからもずっと先輩の事が好きです…!だから、もし、その──す、好きになってくれたら、ですけど……ま、待ってますので…」

「気持ちは嬉しいけど、俺なんかよりいい人見つけたら、その人と楽しく幸せに青春してほしいな」

「は、はい…………」

星那の友達は下唇を強く噛み、走り去って行った。

割と酷な言い方になったと思うけど、強い人だった。

俺なんかよりいい人と幸せになるんだろうなと、直感的にそう思った。

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