第17話
そろそろこの別荘地での犯行も終わりにしなければならないだろう。警察の奴らが応援を呼んだと耳にした。
さあ、デザートの時間だ。雇い主である蜜ノ園有李華を手に掛ける時が来た。あの娘は気が強そうだからどうなるか楽しみだ。
今日帰ってきたら殺してしまおう。それまでにメイドや執事を殺しておこうか。それともお嬢さんの目の前で解体ショウを行おうか。――解体ショウだな。屋敷の家人は縛り上げて置いておこう。
***
「おかしいわね……」
約束の午後八時になってもメイドたちが迎えに来ない。何かトラブルでもあったのだろうか。
有李華は待っていても仕方がないと自宅の方へ歩き出した。一本道なのだ、すれ違うことはないだろう。
***
「ただいま」
言いながら家のドアを開けても誰からも返事はなかった。何かのサプライズ? 何があっても驚くだろうからきっと成功ね。
有李華は家中を探して回ったが誰の姿も見つからなかった。
ここで初めて有李華は危機感を持つ。
みんな揃ってどこへ行った?
「由利さん? 入るわよ」
声をかけて、庭の小屋へ入る。赤に塗れた斧やチェーンソーがまず目に入った。なんの血だろう。一番奥の机にはページが開いたままの手帳があった。
危ないとは思いつつ好奇心には勝てず覗き込んでみた。
鉛筆で書きなぐるように罫線も気にせず書かれたそれを――殺人記録を、最新のページから読んでいく。
殺人が始まったのはいつ?
由利翔星を雇ったのはいつ?
ああ――虎は家の中に居たのだ。
どうしよう。どうするべきだ? 林の連絡先を知っているのは吉野だけだ。その吉野が見つからない。
どこへ行ってしまったの?
またわたしは置いていかれてしまったの?
とにかくここに居るのは危険だ。有李華は由利の小屋を出て、そこでばったりと由利と出会す。
「由利さん、吉野を見なかった?」
平静を装ってそう聞けたのは有李華の胆力の賜物だろう。
「吉野さんの居場所なら知っていますよ」
その言葉は能面のようなのっぺりとした顔から発せられた。
由利からはただならぬ圧迫感を感じた。
「会いに行きますか?」
「――いえ、今はいいわ。後で行きます」
横をすれ違って、唯一今安心できる場所、蒼夜のところに行こうとすると、
「お嬢さん、見ましたね?」
ささやくようなその言葉に背筋がぞくりとした。この男に背中を向けているということが恐ろしくてしょうがなかった。
「見たって、何を?」
「……白々しい素人芝居はもう十分なんだよ」
豹変したような態度を取った由利に、有李華は駆け出す。ああ、有李華が白々しい素人芝居なら由利はベテラン役者だろう。
悪意にこれまで触れてこなかった体は上手に動かず、足は縺れ、それでもなお必死で走る。
夜は暗いのだと初めて知った。ところどころにある街灯が有李華を助けるように道案内をする。
息が切れてきて、走るペースが落ちてきて、とうとう有李華は立ち止まった。耳を澄ませると、遠くから有李華を追う足音が響いて聞こえる。
だめだ、立ち止まっては。
死の皮を被った人間が今有李華に迫っている。
有李華はもう一度走り出した。
紫陽花の小道に至って、そこで一旦息を整えていると、正面から警察の林と今井がやってきた。
「ああ、良かった。警察の林さんと今井さんよね」
「なんでこんなところにお嬢さんがいるんです?」
今井の素っ頓狂な声に安堵の息が漏れる。
「助けてください、殺人犯はうちの庭師の――」
「由利は何をやっているんだ」
「――は」
この人は何を言って――
有李華の脳内が高速で回転する。
そう云えば。警察と名乗られはしたが、警察手帳は見ていない。
殺人犯は一人だと思いこんでいた。
有李華は踵を返して紫陽花の小道に飛び込んだ。そのまま走る、走る、走る。
しかし、疲れ切った娘と成人男性の走力の差は歴然だった。どこに隠していたのだろうか、鋭い刃物で背中を大きく切り裂かれる。
「あ゛ぁっ」
熱い。焼けるようにたった今つけられた傷が痛んだ。
しゃがみこみたいのを堪えて、石垣に捕まってそれでも歩き続ける。
「三分待ってやろう。逃げられるものなら逃げてみせなよ、お嬢さん」
「林さんずるいですよ、俺だって痛めつけたいのに」
「うるせぇ。由利のやつばかり今回はいい目を見て、俺は誰も殺せていないじゃないか」
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