第15話

 皆を見送る段になって、林と今井がそれぞれを送り届けることになった。蒼夜は二往復めで送るらしい。

「僕にはそんなもの要らないんだけどな」

「きっと任意の聞き取りがあるわよ。面倒なら先に帰ってしまったらいかが?」

「そうだね。そうしようか。今日はお誘いありがとう、有李華さん。またお呼ばれするのを待ってるよ」

「ええ、勿論。充分に気をつけて帰ってくださいね」

 そう言いつつ、有李華は蒼夜が誰かに襲われることなどありえないのではないかと確信めいて思っていた。


***


 金持ちの中で最もおれが嫌うのは中年だった。人生の良いところ総てを富裕層として過ごしてきた人間だ。説教などをされた日にはもうその場でナイフを突き立ててやりたくなる。衆人環視のもとで凄惨に死ね。

 使用人も連れず家族だけで別荘に来ていたことを呪うがいい。家族の方は先に殺しておいた。最後に残った中年をひとり、最初の老人のときの要領で椅子にくくりつけて、周りに家族の首を並べて置いた。妻の首が置かれた時、金持ちの中年男は滂沱した。中年男が愛妻家であることは知っていたのでよく見えるように近くに置いてやった。

 ふつふつと悦びの感情が沸き起こってくる。

 すべてだ。

 これまで与えられてきたすべてを喪わせてやる。

 俺は中年男の手の爪と肉の間に細い釘を細かく打ち込んだ。うるさかったので悶絶する中年男の頭に一発金槌を打ち込んでおいた。

 屋敷のお嬢さんはどんな殺し方をしてやろうか。

 右手の親指には五本。人差し指には四本。中指には三本。薬指には二本。小指には一本、細い釘を打った。

 左手はアサルトナイフのようなもので縦に引き裂いた。薬指は途中で切断して、結婚指輪を抜き取った。中年男は途端に目を血走らせた。それだけはやめてくれと声が聞こえるような暴れ方を始めた。ので、あえてそれを無理やり口の中に突っ込んで嚥下させる。絶望が極地に達したのか、もう中年男は声も出さずに泣いていた。

 シャツの前を開けて、腹をひらいて、大量の血が吹き出したがおれにはなんにも関係ない。レインコートを着ているし、顔面も完全防備している。

 生きたまま腸を引きずり出し、別室から持ってきた中年男の家族の腸と蝶結びする。これで冥府でも一緒だろう。ざまをみろ。資産家であった中年男を恨みながら無様につながって死後の世界を過ごすがいい。


***

 

「蒼夜様、と仰っしゃりましたか」

「え? ええ」

「あの方ならばお嬢様を孤独にすることなく付き添っていけるかもしれませんね」

「吉野? なにを言っているの」

「お嬢様をお任せする相手を今日はじっと観察させていただきました」

「吉野!」

 ほほ、と笑って吉野は両手をさすった。

「しかし、今日は少し寒かったですな」

「そうだったかしら」

「ええ、フロア全体が」

「あ……」

 蒼夜のせいかもしれない、と思った。

「どうしました?」

「あ、いえ、なんでも無いわ」

 

***


 翌朝目覚めると、外はどんよりと曇って霧が濃かった。ああ、良かった。今日も逢える。

 起きて、レタスとベーコンエッグを挟んだマフィンを食べる。そして用意されていた白い生成りの麻のロングスカートとセーラー襟が特徴的なネイビーのトップス、白いカーディガンを身に着けて本を二冊持ち、玄関ホールに降りる。

 もう何も言わなくても日傘とバスケットを差し出されるようになってしまった。それだけ多くの回数有李華が蒼夜のもとに通っているということだった。なんだか面映ゆくて俯いてそれらを受け取る。

「お嬢様、メイドを伴っていってくださいね」

「はいはい。それじゃあ行きましょうか」

 有李華たちは屋敷を出た。


***


「よし、つけるぞ」

「今度こそ撒かれないといいですね」

「うるせえ、集中しろ」

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