第12話

「一番地と三番地、あと七番地の方々に招待状を出してくださる? 明日の夜にパーティを開くから」

 執事の吉野にそう言いつけると、吉野は首を傾げた。

「いつもお会いになられているお嬢様のご友人には招待状は出さないのですか?」

「彼には直接わたしが持っていくわ」

「必ずメイドを連れて――」

「わかっています」


***


 霧が濃かったので、有李華はメイドを二人伴ってあの紫陽花の小道へと向かった。

「お嬢様はいつも霧深い日にこんな道を一人で歩いていたのですか? 怖くありませんでしたか?」

「ぜんぜん怖くなんてなかったわ。むしろ探検みたいで楽しかった」

「お嬢様は昔からお転婆でしたものね」

「あら、失礼しちゃうわ。こんな淑女をつかまえて」

「ふふ」

「淑女は夜中に家を抜け出しません」

「まあ、それは、そうかもしれませんけれど」

 有李華は口を尖らせた。

 その様子を見てメイドはふたりともけらけらと笑った。

 この二人と吉野は生まれたときから有李華についてくれているので気のおけない仲だった。

 両親に甘えることができなかった有李華を代わりに甘やかしてくれたのはこの三人だ。

「あ、見えたわ。あの紫陽花の小道を行ったところに彼はいつもいるの。ここまでで結構よ」

「私達のことは紹介してくださらないのですか?」

「それはパーティのときにね」

 メイドからサンドイッチと招待状と文庫本の入ったバスケットを受け取って、有李華は軽く手を振った。

「じゃあ、午後八時頃に迎えに来て頂戴」

「かしこまりました」


***


 蒼夜はいつものように四阿に腰掛けていた。

「蒼夜さん」

「おや、暗い顔をしているね有李華さん。どうしたの?」

「警察がここに迫っているわ」

「そうか。君は何も悪いことはしていないのだから、気に病む必要なんて無いのに」

「あなたが人を殺したのを知っているのに黙っているのよ」

「僕に脅されていたと云えばいい」

「そんなことはできないわ、脅されてなんかいないもの」

 ハンカチを四阿のベンチに敷いて、腰を下ろす。優雅に一枚のカードを取り出して、蒼夜に差し出す。

「これ、招待状。明日の夜にパーティを開くから、いらして」

「是非」

「絶対よ。警察もいるけれど、怖がらないでね」

 絶対という言葉のありきたりな響きに有李華は自分で笑ってしまいそうになった。

「大丈夫、僕は捕まったりしないから」

「……捕まらないでね」

「大丈夫だよ」

 その蒼夜の自信がどこから来るものなのか知りたかった。安心したかった。

「あのね、蒼夜さん」

「なんだい、有李華さん」

「あなたがもしも連続殺人犯だったとしても、わたしはあなたに惹かれていたと思うわ」

「ああ、困ったな――そんなことを言われると」

 蒼夜は有李華の耳元に唇を寄せた。

「殺したくなってしまう」

 それでも良い、と思ってしまった。

 耳にかかる吐息は冷たく、繋いだ指先も冷たく。けれどその芯だけが温かい。

「いいわ。その代わりうんと綺麗に殺してね」

 耳元で蒼夜がくすりと笑った。

「冗談だよ」

 蒼夜がゆっくりと有李華から離れた。

「今日はなんの本を持ってきたんだい?」


***


 前途ある子供を殺すのは楽しい。幼くして将来を約束されているのだ。妬ましい。金持ち総ての子供を殺してやりたい。この手でなくても構わない。何らかの理由で死ねばいいと思う。もうすぐ安寧の地に行けたはずの老人を殺すのよりも楽しい。未来を刈り取る死神はおれだ。おれなのだ。

 子供の嘆きが聞こえる。どうしてこんなことをするのかと。

 お前の親が資産家だからだよ。金持ちはみんな凄惨に死ね。

 ママの名を呼び騒ぐのでママの首を投げてやった。眼球がくり抜かれ、首を斧で斬られた母親の首を。

 子供は無力なのでくくらなくても良かった。力でねじ伏せて、ナイフで体の各所に線を引いていく。血がぷつりぷつりと出る様は興味深かった。その顔にナイフを向ける。

 子供が泣き叫んでうるさかったので口を横に薙いで口裂け女のようにしてやった。

 やはり子供は嫌いだ。うるさい。その心臓にナイフを突き立てて、一気に引き抜いた。生きたままだったので盛大に血が吹き出した。ついでに腹を開いて、腸を引きずり出し、蝶結びにしてやった。まだ脈打っていた腸がだんだん動きを止めていくのを俺はじっくりと眺めた。その空いた空洞の腹の中に母親の首を無理やり突っ込んだ。人体は柔性があるのでどうにか収まった。

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