第11話

 標的を定めた。十六番地の老人だ。あそこはメイドも執事も居らず、老人がひとりで住んでいるだけだから発見も遅れるだろう。

 深い霧の中、人間殺害セットを手に十六番地へと向かった。呼び鈴を鳴らすと直ぐに老人は現れた。

 一度強化スタンガンで眠らせる。猿轡は手慣れたもので、気品ある老人は無様によだれを垂れ流しびくんびくんと痙攣する物体へと姿を変えた。その様が笑えたのでハンドカメラでムービーを撮った。

 首根っこを掴んでずるずると奥の部屋へと引きずっていく。

 拷問の時間の始まりだ。

 まずは体を紐で椅子にくくりつける。主に上腕、脹脛などを紐でぐるぐるに縛る。

 そして、ゆったりとした肘掛けに両の手首を縛って、準備が完了した。

 親指から順番に持ってきた釘で縫い止める。人差し指の第二関節に太い釘を当てて、金槌でごん、ごん、と打っていく。痛みで強制的に意識が戻された老人は為すすべもなくただ首や全身を左右に捩って抵抗しようとしている。

 次は二本目だ。中指の第二関節を打っていく。

 

 完全に両の手を椅子に固定したら、今度はナイフを取り出した。

 この老人の死因は窒息死だ。

 だが、あえて老人の目の前でナイフを見せつけた。

「これで、お前を刺す」

 そして、前腕部の内側をすうっと切って見せた。縦に、横に、斜めに。網の目になった自分の肌から目をそらすように老人はうめき声をあげて首を反対側へ向けた。

 丁度いいのでそのまま首を締めて、殺した。

 そして心臓が止まっていることを確認したあと、首に通っている太い血管にナイフを突き刺して、彩り豊かに出血させた。

 それから腹部を開いて、腸を引きずり出し、蝶結びにしてやった。

「ほら、お前の好きな金だぞ」

 言いつつ、腸を引きずり出して空いた腹の中に前回の殺人でせしめた札束を詰め込んでやった。

「良かったな、お腹いっぱいだなあ、じいちゃん。三途の川の渡り賃だ」


***


 蒼夜に家まで送り届けて貰った。

 有李華が家の敷地内に入って、振り返ると、蒼夜は既に居なかった。

 すばやいひとだわ。

 何かから目を逸らすようにそう思った。

 有李華は裏口からこっそり自室に戻った。あのひとと繋いでいた手は冷え切って、けれどその芯は火が熾ったように熱い。その熱の正体がまだあのひとに知れていませんようにと願った。この心臓の罪深い熱量が伝わりませんようにと願った。


***


 翌日。霧の深い日だった。

 また警察の林が屋敷に訪れた。

「有李華さん、昨晩はどちらにお出ででしたか?」

「どうしてそんなことを聞かれなくてはならないの?」

「昨日、被害者が出ました。一名。残酷な手口からして、我々が追っていた犯人だと思われます」

「まあ……」

「最も重要なのは、あなたの身を守ることです。ご協力願いたい」

 控えていた執事の吉野が有李華に訪ねた。

「昨晩お出かけになられたのですか?」

「……ええ」

「危ないので外出の際はメイドを伴ってくださいと申し上げたはずですが」

「ごめんなさい。夜も遅かったから、起こすのが申し訳なかったのよ」

「お嬢様の御身に何かあったらと思うと、吉野の残り少ない寿命が更に縮んでしまいます。どうか今度は人を連れて行ってください」

「吉野はまだまだ死なないわ。そうでしょう?」

「ええ、もちろん。お嬢様の花嫁姿を目にするまで死ぬわけにはいきませんとも。ですが、それとこれとは別の話です」

 ごほん、と林が咳払いをした。

「どちらに行かれていたのですか?」

「……」

 有李華は答えに窮した。

 あの湖のことはできるだけなるだけ人に知られたくなかったのだ。それに蒼夜は、人を殺している。今回の殺人には関係がないとしても、その罪が暴かれるのは嫌だった。

「秘密の場所……」

「有李華さん、我々も遊びでやっているわけではないのです」

 林は声のトーンこそ変わっていなかったが、どこか苛立っているように感じられた。男性の苛立つ声は怖くて好きではなかった。

「存じ上げていますわ。けれど、……言いたくないの」

「人が死んでいるのですよ」

 はっきり言ってしまえば、有李華にとって知らない人が死んだということはヴェールを隔てた向こう側の出来事のような感覚でしかなかった。現実味がないのだ。

「わかっています。わかってはいるのよ……」

 有李華は嘆息した。誤魔化せないところまで来ている。けれどもし、もし蒼夜が件の連続殺人犯だったら? 有李華に嘘を吐いているだけだったら?

 だとしたら、蒼夜が有李華を殺していない理由が見つからない。殺さなくても害がないと思った? それだけの信用を有李華は蒼夜から得ていた? 否、そこまで交流は深くない。有李華が一方的に慕っているだけだ。

 蒼夜からあの湖での逢瀬について口止めされたことは一度もなかった。

 つまり、蒼夜はあの湖が知られても困らないということ?

 否、彼はあの静かな生活を妨害されることは嫌がるだろう。だからわざわざあんな人気のない場所にいるのだろうから。

 そもそも蒼夜はなぜ人を殺したのだろう。

 推測ばかりで確実なことが一つもない。そんな状態で警察に湖のことを教えるのは嫌だった。

「明日、家で小規模なパーティを開きます。そこに彼を――わたしがお会いしている方を招く予定です。そのときに林さんにご紹介します」

 それではいけない?

 そう尋ねると、林はため息を吐いた。

「わかりました。ですが、けっして一人で行動しないように」

「わかりました」


***


 今井が笑いながら林に話しかけた。

「パーティですってよ、林さん。被害者の写真の一枚でも見せてやったらどうです? お嬢さんには刺激が強すぎて倒れちゃいますかね」

 林は黙って煙草を取り出して一本咥え、ジッポライターで火をつけた。

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