第4話 〇〇持ってないかーーーー
僕は高校時代、スキー部にいました。
これでも主将でした。
東京の私立高校の多くにはスキー部がありました。
種目はアルペン競技、オリンピックにもある「回転」「大回転」ですね。
北海道や新潟県、長野県など雪国が強いですが、東京も意外と強かったのです。
当時はスキー人口も多く都内全体ですとスキー部の部員も多数いたので、公認制度をとっていました。
一部公認選手、二部公認選手、未公認選手の三部制で、関東大会予選やインターハイ予選などは一部公認選手しか出場できませんでした。
スキー部に入り高体連(高校体育連盟)に加入すると最初は未公認になり、未公認のレースでいい成績を出すと二部公認になり、さらにそこでいい成績だと一部公認選手になれるのです。
一部公認選手…というとけっこう自慢できたのでした。
はい、僕は2年生の時の検定レースのさい、たまたま調子がよくて、一部公認に運よくなれました。
そのまま学校ではスキー部の部長にさせられました。
我が校のスキー部において一部公認選手は僕一人だったのです。
さて…
冬や春、合宿に行きます。
ゲレンデの端っこを借りてポールを張ります。
そこに顧問の先生が立っていたりします。
リフトで上がって、ポールをくぐってまたリフトに乗ります。
体力的にはまったくきつくありません。
リフトの時は休めますからね。
高校生でしたし、若かったし…
春の合宿時のことです。
同期の谷本と二人乗りのリフトに乗っていました。
ゲレンデでは下級生がポールをくぐっています。
みんなあっという間にうまくなるのですね。
顧問の三井先生がめずらしくたたずんでいました。
天気もよくゲレンデには先生の影が白い雪面に映っていました。
先生、渓流釣りが好きなのでね、春はあまりゲレンデには来ないのですが、今日は僕らの練習を眺めています。
ふとリフトの僕らを見上げました。
「タニモトーーーーー」
隣に座る谷本を呼んでいます。
*****
合宿を張るスキー場はあまり有名ではないところです。
普通のお客様の迷惑にならないところにポールは張りますが、それでもマイナーのところのほうがリフトにもすぐに乗れますし、職員さんもいろいろと便宜をはかってくれます。
そうだ…一度見かけました。
芸能人じゃなく芸能生物…? なんだろう
「ガチャピン」
メジャーなスキー場だと人だかりができてしまうのできっとあまり知られていないこんなところに来るのだろう…ってね、みんなで言っていました。
ガチャピン、スキーも上手でした。
なぜかこのスキー場のインストラクターがはいているOGASAKAのスキー板を使っていました。
僕らのようなレーシングではなく基礎スキーの滑り方でしたね。
「ガチャピンうめーな…」
「ガチャピンの足、よくスキー靴に入ったな…」
「ガチャピンこけねえかな…」
高校生は勝手なことをつぶやくものです。
ガチャピンは本当に上手でした。
まるでスキー場のインストラクターと見紛うくらいうまかったです。
話がずれました。
*****
ゲレンデにはほとんど他のスキーヤーはいないのです。
平日ですしね。
人がいないので、雑音もなく、ゲレンデ内で声が通ります。
谷本と僕からは先生がよく見えました。
「なんですかーーーーー」
三井先生を恐れ多いことに見下ろしながら谷本が返事をします。
「お前さーーーーー」
先生、サングラスをしていますが、それでも少し眩しそうに僕らを見ています。
「ライター持ってないかーーーー」
春の雪山にこだましました。
「え…」
小さく谷本の声が洩れました。
「堀…これは誘導尋問か…」
僕に少し顔をむけ小声で訊く谷本。
「正直に応えなよ…」
「オウ…うん」
見上げる先生に向かい谷本は言いました。
「持ってませーーーーーん」
これも雪原に響きました。
「うそつけーーーーー」
あきれ顔で先生はそう言いました。
空は青く雲ひとつない素敵なスキー日和でした。
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