第2話 これぞ青春です

「お前ら、痔の痛みってわからないだろう…」

 体育の教師のような体格だけど社会科の大畑先生が授業中に言いました。


*****


 まだみんな高校生なのでね…よくわかりません、痔の痛みは。


「酒も飲むし辛いものも食うからな…お前らも気をつけろよ…」

 なぜか一番前の席に座る僕に向かって言いました。


 なぜなんでしょうね。

 というか

「お前らも…」ってね。


 さて、痔のお話です。


 

 大畑先生から聞いたお話です。

 先生、系列の女子高でも教えていました。


 女子高の生徒も男子校の生徒といっしょで非常にフランクというかなんというか…。


*****


 先生、マジである時怒りました。

 騒がしいし話をきかないし…


 大畑先生、ガタイがいいので怖いです。

 と言っても女子を我々男子みたいに

「バニラ、レモン、イチゴのどれがいい!」とか、

 愛ゆえにたまたま手がでてしまったとか

 そんな“指導”をするわけにはいかないし

 かなりかな~り抑えていたそうですが…


 ある日頂点に達しました。


 うるさい女生徒達を前に、

 仁王立ちして

 両手の拳を握り絞めて

 渾身の力で

 怒鳴ってってやろう…

 そう思い


「お前ら!!!…………」


 と大きな声をあげたのです。


 一瞬にして教室には静寂の波が覆いかぶさりました。

 

 固まった大畑先生と女生徒達。

 緊張が走ります。


 恐ろしい形相のまま

 ピクリとも動かない教師。

 顔は厳しいまま、首を動かさず瞳だけで教室を見まわしています。


 長い沈黙


 心なしか息まで意識して小さくしています。

 体を硬直させ、少しでもわずかでも動かないようにしているようです。


 女生徒達…

 驚愕と緊張と後悔とがいりまじっています。


 大男がそのまま仁王立ちで

 なぜか冷や汗をだらだらと流し…

 目には涙も滲んでいます。


 女生徒達はいつもと違う先生に最初は驚き、いつまでも動かない様子を見て、自分達の普段の行いを今更ながら反省しました。


 先生…

 怒りと…

 生徒への熱い思いで…

 動かない…


 何人か泣き出す生徒もでてきて、教室はある意味、清い感動に包まれたのです。

 学園ドラマのようになったのです。


 歯をくいしばり厳しい表情の教師と泣く生徒…

 青春です。

 これぞ青春です。


 大畑先生…

 動かない…


 のではなく…


 動けなくなったのでした。


 首さえも回せないのでした。


「お前ら!!」

 のあと、黙ったわけでなく…


 声も出せなくなったのでした。



 実は…


 怒鳴ったその瞬間…

 爆発というのか…

 大爆発というか…

 以前からくすぶっていた痔が…

 ついに…

 悲鳴をあげたのでした。


 なにしろ、強烈な痛みが体の芯をつらぬき、話すことも首を動かす、手を上下させる、そんなこまかな振動さえも怖くてできないくらいだったのです。


「先生…ごめんなさい…」

 泣き出す生徒が徐々に増えていきました。

「本当にごめんなさい…」

「先生…もう怒らないで…」


 でも動けない…


 痛くて、少しでも動けばさらに痛みが増しそうで動けない。


 長い…

 というか、長すぎる…


 何人かの女生徒が不審に思い

「先生…どうしたの…」

 と涙声で席から訊きました。


 滲んだ目で、

 瞳だけでそちらを見る身長180cmの大男。

 顔は向けられません。

「先生…本気で怒ってるよ…」


 さらに泣く生徒が増えていきます。

 すすり泣くのではなく、わんわんと泣いています。

 ほぼ全員の女生徒が泣き出す異常事態です。


 青春です。

 これぞ青春です。


 それにしても微動だにしません。

 というか、話もできず動けないのです。


 おかしい…

 一人の女生徒が席を立ってゆっくりと教壇に近づきます。


 他の泣いている生徒が彼女を見つめます。

 授業中に席を立つなんて…

 大畑先生…さらに怒るよ…

 やめてよ、大変なことになるよ…


 泣きながらとまどう女生徒達…


 先生、だけど動かない…

 

 いや…

 動けない…


 目だけで生徒を見下ろします。

 脂汗が…

 冷や汗が…

 そして涙までが…

 流れます。


 激痛ですからね。


「先生…」

 教師の握り絞められた拳を触る生徒…

「先生…ひょっとして…」


 まずい…

 ここで生徒に動けない理由を知られたら…

 非常にまずい…

 

 だが…

 しゃべれない…

 本当に動けない…


「先生…ひょっとしてさ…」

 少しにやける女生徒。

 ホラーですね、これは。


「『痔』でしょう!」


 たまたま彼女の父親か男性の親族に同じ症状があったそうです。


 でもその生徒の一言はある意味大畑先生の救いになりました。

 なにしろ

「他の先生呼んできて…」

 とか

「保健室連れていってくれ…」

 とかさえもしゃべれないのですから。


 女生徒の問いかけに

 ただ冷や汗の顔で

 ちいさくちいさくうなずくだけです。

 何度も書きますが身長180cmの大男がです。


「痔…って…」

 うら若き女生徒達は知らないですよね。


 感動に包まれた教室は一気に、一瞬にしてある意味修羅場になりました。


 少し前まで

 生徒に心から熱い指導を行い

 あまりの熱量に固まってしまった

 熱血教師だと思われていたのに…


 反動って怖い…


 立ち上がって蹴りをいれる女生徒。

「先生どうしたの…」

 と普段は絶対にできないであろう親しげに肩をたたく生徒。

「いつも叱ってくれるよね…」

 と背伸びをして教師の頭に手をかけ、髪をくしゃくしゃにするなど。


 苦笑いを浮かべ、だまって耐える大畑先生。

 動けないもんね。


 しかし、そんなことをする生徒ほど、一通りの普段の“お礼”が終わると職員室に走って行きました。


 他の教師の肩を借り、ゆっくりと保健室に向かい、その後を教材やらを持った蹴りを入れたり“お礼”をした女生徒達が続きました。


*****


「痔ってな…痛えんだ…」


 大畑先生のお話でした。


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