走っても走っても雑木林が続いていた。息が切れた。私は立ち止まってあえいだ。顔を上げると月が出ていた。もう夜だ。満月が光っている。


 急に喉の渇きを覚えた。水、水が飲みたい・・


 「水をご所望しょもうかの?」


 突然、後ろから声が掛かった。


 私が驚いて振り返ると、木々の間に一人の僧が立っていた。何枚ものボロ布を継ぎはぎしただけのような粗末な袈裟けさを着ている。剃り込んだ頭が満月に光っていた。もうかなりの年だろう。


 私は思わず尋ねた。


 「あなたは?」


 僧がしわがれた声を出した。


 「わしはこの林に住む法師じゃ」


 法師? 私の脳裏に先ほどの不思議な老婆の声がよみがえってきた・・「ここは大馬鹿モンの法師の土地じゃ」


 法師が私の思いに気づいたように言った。


 「みなは、わしのことを大馬鹿モンの法師と呼んでおるがの。ここは乾燥しておるから、わしの身体もこの袈裟もカラカラよ。喉も乾こうというもの。さっ、水じゃ。遠慮せず飲みなされ」


 法師が私に竹筒を差し出した。水筒だろう。私は竹筒を受け取ろうとして、両手を伸ばした。


 そのときだ。


 法師の口が耳まで引き裂かれた。鋭い三角形の歯が見えた。法師は腰をかがめると、それを反動にして大きく宙に飛びあがった。法師の身体が私の頭上を覆って・・降ってきた。


 私は思わず横に転がった・・といっても林の中だ。1mも枯れ葉の上を転がると、横の枯れ木にぶつかった。ドサツという音がして、私の顔の上に枯れ枝が落ちた。転んだ私のすぐ横に法師の足が落ちてきた。枯れ葉が舞った。


 法師は着地すると私の方を向いた。手に鎌を持っていた。法師が鎌を頭上に大きく振り上げた。満月に鎌の刃がキラリと半円形に光った。法師の口から、ケケケケケという不気味な笑い声が洩れた。


 私の身体を恐怖が貫いた。こ、殺される・・


 鎌が落ちてきた。私の右手にさっき落ちてきた枯れ枝が触れた。私は枯れ枝を握ると、思い切り法師に向かって突き出した。


 次の瞬間、私の左肩に激痛が走った。同時に法師が「がぁぁぁ」という悲鳴を上げた。見ると、私が突き出した枯れ枝の先が・・法師の右眼を貫いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る