さよなら
側から見ても私たちは仲睦まじい恋人達であった。好きなものも同じ、行きたい場所も、気に入っていたアーティストも。
誰しもが「あんたらは安泰だよね」って口を揃えて言うものだから、その度に私は口を緩ませて、彼に寄りかかって見せつけてやるんだ。今、世界で一番幸せなのは私なんだって思える気がしていた。小さい頃憧れたお姫様みたいになれている気がして。
3つ歳上のあなたは地方から上京して、都心で一人暮らし。郊外の実家暮らしだった私はよく彼の家に入り浸っていた。最寄りの駅から彼の家までにあるコンビニで、お決まりの缶コーヒーとお菓子、コンドームを買うのが私の日課。
家に着いたら彼がいて、私が置いた人形が私を出迎えてくれる。2人で買った新しいソファに座って、窓の外の景色を見ながら無駄話をする。
身体を重ねて、終電を逃して、翌日も仕事なのにそんなことは気にしないで、ふわふわした夢のような世界で私たちは生きていた。
春も夏も秋も、冷え性なせいで少し嫌いな冬すらも彼の部屋で過ごすとなんだか暖かくて、そのどれもが愛おしかった。
電車の乗り換えも、買い物も、風景も、その全てが私を高揚させる宝物だった。
全ての物事には終わりがあると誰かが言っていたけど、そんな終わりを想像するのは残酷で、手から零れ落ちてしまわないように必死に抱えていた。そんな努力はとても虚しいもので。
些細なすれ違いが増えるようになったのが3ヶ月前、小さな言い合いも、大きな喧嘩もたくさんした。それでも別れたくなくて、なんとか乗り越えてきた。それが叶わなかったのが1ヶ月前。
原因は彼だった。典型的な浮気。相手は同じ職場の同期。いつもと違う場所に置いてあるドライヤーを見つけて問い詰めると、そう答えた。
前々から不信感はあったのだけれど、どこか信じたくない自分と、私たちの関係が壊れてしまう恐怖から言い出せなかった。それがいま、目の前に現れた。もうなにも考えられなくて、その日は終電もないのに家から飛び出してタクシーで泣きながら帰った。都心の夜景がやけに綺麗で、私が余計惨めになっていく気がして。
そこからは一切連絡を取らなかった。これ以上時を進めたくなくて、世界がこれ以上黒くなってしまうなら、このまま止まってくれればいいのにって何度も何度も考えてた。
彼から連絡が来たのはそれから二週間後、俺たちもうダメだって、荷物を取りに来て欲しいって。私は覚悟を決めて電車に乗った。
彼の家で、人形は捨てた。楽しかった日々を思い出してしまうから。鞄に入るだけの洋服と、置いていた化粧道具。誕生日に友達からもらった季節外れのコートを着て、家を出た。
もう話し合うつもりもなかった。これは私の御伽噺。心の中で大事にとっておく。もうこれ以上、汚いものにするのは耐えられなかった。初恋が一番心に残るなんて人は言うけど、私の一番は間違いなくこの恋だった。
駅に向かう。お世話になったコンビニを素通りして。
もうこの駅で降りることはない。
もうこの電車に乗ることはない。
宝物だったあの乗り換えも、あのコンビニも。
さよなら、私の愛した風景。
さよなら、私の好きだったあなた。
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