第二話 学校生活は快適Lv.999
「リズミ! 今のうちに行きなさい!」
吊り下げられている遠心力を利用してなんとしても私に接触しようとしていた変態をむっちゃんが床に叩き伏せたのを確認し、逃げるように自転車に飛び乗った。そのまま、安全運転でかっ飛ばしていく。
先の交差点の信号がちょうど赤だったので、水筒のお茶をガブ飲みして、ふぅ、と一息。
良いタイミングで青に変わった。そこからまた十五分ほど自転車を走らせ……スタートダッシュがあったおかげか、いつもより少しだけ早い時間に学校に着くことができた。
去年建て替えられたばかりだという、綺麗な赤茶色のこの外壁。殺風景な田舎道の中で……良く言えば存在感があり、悪く言えば浮いている。そんな建物――県立
駐輪場の指定の場所に自転車を置いて、校舎へ入っていく。今日も無事、変態どもからの襲撃から逃げてくることができた。ここからはしばらくの間は、平穏な時間を過ごすことができる。
大路良高校では、学年ごとに棟が分けられている。私の所属するクラスの二年三組は、最上階の三階にある。遅刻ギリギリに来ようものなら、地獄の階段ダッシュを強いられることになってしまう。
今日は、安心してのんびり階段を上ることができた。教室にもまだ人は少ない。いつも早く来ている友人たちよりも先に来られたことに得意になりながら、カバンの整理を始めた。
こうなれば、今日は一日真面目に過ごしてみようと思う。手始めに、今日の小テストに備えて英単語の勉強でもしようとカバンの中を捜索していると、後ろのほうから明るい声の挨拶が聞こえてきた。作業は一旦中断することにして、その声の主のところまで歩いていく。
「
「おー! おはよう!」
ドン、と音を立てて机にリュックを下ろした、黒髪ショートカットのボーイッシュな女子生徒――
そんな彼女は、一年生の秋に私がこの学校に転校してきて、初めてできた友達だ。迷っていた部活動も、彼女の勧めで同じところに入部した。
彩々と二人で英単語の問題を出し合っていると、もう一人の、私が仲良くしているクラスメイトも登校してきたようだ。
「リズミちゃん、彩々ちゃん、おはよう」
私たちの挨拶におしとやかな笑みを浮かべてそう返す、「ふーちゃん」こと、
そんなふーちゃんの名字は「
ふーちゃんも加わって、三人で問題を出し合っていると、始業のチャイムが鳴った。担任の先生も入ってきて、私たちを含め席を離れていたクラスメイトたちは急いで自分の席に戻った。
「
クラス委員長をやっている彩々の号令で、席を立つ。
「気をつけー」
「おはようございまーす」
平穏で快適な学校生活が、今日も始まった。
◇◇
さて、今は放課後。今日も無事に、先生たちからの眠りの呪文を七発ほど食らったところだ。ここからは、私が学校生活の中で最も楽しみにしているといっても過言ではないどころか当たり前の、あの時間が始まる。
そう、部活動だ。
今日は週三回の活動日のうちの一日なので、彩々と一緒に部室に向かう。ふーちゃんとは部活動が違うので、今日はここでお別れ……のはずだったが……。私たちのもとにやってきたふーちゃんは、何か言いたそうにそわそわしている。
どうしたのか尋ねてみると、私たちの部活動に入部したい……とのこと。そんな意外な言葉を聞いて、私と彩々は顔を見合わせる。
顔を戻した時に見えたふーちゃんの目には、強い意志がみなぎっている……と勝手に解釈させてもらおう。
というわけで。
気が変わる前に、ふーちゃんを連れて一緒に部活に行くことになった。
獲物を逃すまいとすごい勢いで廊下を爆走し(良い子の学生諸君はくれぐれも真似をしないように!)、あっという間に部室の前までやってきた。
「はい、ここが部室ね。開けるよー!」
彩々がそう言い終わらないうちに部室のドアを力いっぱい開け放った。ブワッという音と強い風に、一瞬目が開けられなくなる。
「先輩、お疲れ様です!」
風が止んだ先では、坊主頭の部員たちが立ち上がって、私たちに向かってびしっと頭を下げている。
「よし、みんな揃ってるね。じゃあ、今日も部活を始めていきたいんだ……けど! その前に!」
いつものように、部長である彩々が仕切り始めた。話を聞いていた部員たちは、その後に何か言葉が続くのを察したようで、どこか落ち着かないような様子を見せている。
「よっしゃ、新入部員だぁぁぁぁぁぁぁっ!」
大きく息を吸い込んだ彩々が声を張り上げてそう叫ぶと、部員たちも負けじと雄叫びをあげて喜んだ。
「はいはい、出てきてもらうのが一番早いでしょうが。ということで、自己紹介よろしくぅ!」
男子ですか? 女子ですか? それ以外ですか? もしかしてまた宇宙人ですか? 色々な質問が飛んできたが、彩々によってふーちゃん前に連れ出されると、そんなカオスな状況は一瞬にして静まった。
「きょ、今日からお世話になります。えっと……リズミちゃんと彩々ちゃんと同じ二年三組の、京生井院 芙蓉です」
ぽかーんとふーちゃんを見つめていたまだまだ思春期中の坊主頭たちだったが、名前を聞いた瞬間、全員がはっと目を見開いていた。
「きょ、“京生井院”って……。あの、伝説の教育委員会委員長の……」
一人の部員が、驚きのあまり口をぱくぱくさせる。
「入学式の式辞を一分で済ませたという、あの……京生井院ツトムさんの……娘さんですか?」
「は、はい……そうです……」
部員たちは、まるでスーパースターに出会ったかのような反応をしている。ついに、握手やサインを求める者まで現れ始めた。みんな、やけに詳しいけれど、これは部活で培った情報収集力が活かされているということなんだろうか……?
まあ、そんなことは今は置いておいて……。我らが「オカルト研究会」に、新たな仲間が増えたのだった。
◇◇
カキン、という快音とともに、白球が夕焼け空に舞い上がる。
湧き上がる歓声の中、塁に出ていたランナーたちが次々にホームインしていく。
「はい、ゲームセットー!」
彩々が高らかにそう告げる。「
出場選手たちは互いに一礼し、固い握手を交わしている。
「リズミちゃん……。これ、本当に、オカルト研究会……?」
「うん、そうだよ」
「今度、甲子園の地方大会に出るんだよね?」
並んで観戦していたふーちゃんからのそんな疑問に、肯定の返事をする。
「それ、世間では『野球部』って言うらしいんだけど……」
「ううん、オカルト研究会だよ」
大路良高校には、野球部がない。しかし、最も野球部に遠く、最も野球部に近い部活がある。それが、この「オカ研」なのだ。
部活柄、学校外に取材や調査に行くことがよくあり、その空き時間に学校裏の河川敷で野球をしていたら、野球好きが噂を聞きつけてどんどんやって来て……いつの間にか、こんな感じになってしまった。
オカ研は、創部二年目にしてそんな経歴を持っている。
普段は地域や学校の不思議な話を集めたり、実際に現地に赴いて検証をしたりと真面目にオカルト系の研究に取り組んでいるが……。
そろそろ、球児たちが全てをかける夏がやってくる。記念すべき初めての甲子園出場の切符を勝ち取ろうと、部員のみんなは日々練習に励んでいる。
「よーし、今日の部活終わり!」
「ありがとうございましたーッ!」
彩々の号令と元気いっぱいの挨拶が河川敷に響き渡った。この場で解散なので、残って自主練に励んだり、まっすぐ家に帰ったり、どこかに寄り道しに行ったり……それぞれ自由に行動を始めた。
私は特に用事はないので、家に帰る組だ。彩々とふーちゃんと三人で、学校の駐輪場まで自転車を取りに行く。
「ふーちゃん、部活見てみてどうだった……?」
「入りたいってことだったから、一応入部にはしたけど……」
勢いで入部させてしまったこともあり、私はふーちゃんのことを心配に思っていた。私と彩々の二人がオカルト研究会に入っているという話は、仲良くなった時の自己紹介でしていた。
でも、オカ研に野球部要素があるという話は、流石にしていない。
そして、ちょうど今の時期の活動内容は実質野球部だ。オカルトのほうに興味を持って入ってくれたのだろうけど、しばらく、というか秋までは本来の活動はしないだろう……。
私と彩々が順番に声をかけてみたが、ふーちゃんの口は開かない。沈黙が続いたまま、駐輪場まで来てしまった。
「ごめん……。私……」
ふーちゃんの声を聞いて、自転車の鍵を開けようとした手が止まった。
「オカ研、入るよ?」
その返事を聞き、ふーちゃんと顔を見合わせて安堵する。この溜めはてっきり辞める流れだと思っていただけに、なおさらの安心感だ。
「いやー、私、実は野球大好きで! でも、この高校野球ないじゃん? だから、部活どうしようって思って……。絵が好きだからとりあえず美術部に入ったんだけど、やっぱり何か物足りないなーって。そしたら
普段の彼女からは想像できないほどのマシンガントークを食らい、私と彩々はその場にぽかんと立ち尽くすしかなかった。
まさか、オカルトではなく野球のほうに興味があったとは……。
友達のそんな意外な一面を知って、私の平穏な一日の幕が下りていく。
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