きのみinわんだーらんど その②

「すげえ、やっぱり船長は只者じゃねえ……」

「ふ、私には母なる海の女神アヴェ・マリス・ステラ様がついているのにゃ」


 いざ、航海、となった瞬間、雲間から突然陽光が差し始め、雨は止み、西風も吹き始め、絶好のタイミングとなった。

 バウスプリット(船首にある長い柱)の手前で腕を組んで、ところどころ陽光によりきらめく真っ青な海を眺めるきのみは、冷静につぶやく。


「夢にゃ」


 そう、夢である。

 本当のきのみは、ベッドで寝ずにテレビの前に置かれているソファーベッドに丸まってぐーぐーと寝息を立てては、途中ふがっと寝息が止まり、またぐーぐーと睡眠メロディをかなでている、はずだ。


「夢と分かれば何とか起きずに楽しんでやるにゃ!」

 

 木造帆船はんせんの上は、天気が良くなってもグラグラと揺れる。

 しかも、ここはナントの海。

 北大西洋に面したこのエリアは地中海に比べ、波が高く、それだけ揺れが激しい。

 

「船長、なんか顔が真っ青ですぜ」

「うう、こんなところまで再現しなくてもいいにゃ……」


 でも、と、きのみは気持ちをふるい立たせる。

 こんな夢、めったに見られない。海系は見ようと思っても見られない。

 潮のツンとした香りを感じつつ、きのみは甲板かんぱんに居る船員たちに向かって宣言する。


「私達は、これから新大陸に向かうにゃ!」

「……何言ってんですか、船長。今日はパリからリスボンにその……密書を届ける仕事でしょうに」

「なぬ、そうだったのかにゃ! じゃあ、リスボンへ! ポルトガルへ!」


 妙にディティールにこだわった設定に普通であれば奇妙に思うはずだが、きのみは自分の夢の出来に満足しきっていた。

 航海士が舵棒だぼうを傾け、一路、ポルトガル最大の港町、リスボンへ一行は向かうのだった。

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