きのみinわんだーらんど

きのみinわんだーらんど その①

 時は16世紀後半。

 フランス西部の港町、ナントでの出来事である。


「それにしても、船長キャプテン。こんな荒天で出航するんですかい?」


 いかにも歴戦の船乗りといった体のヒゲ面中年大男おおおとこに尋ねられた船長は、笑って答える。


「勿論! もう海が時化シケって一週間。これ以上、待つことは出来ない!」

「ですが、どうみてもこの天候はおかしいですぜ。普段より霧も濃い、どう考えても危険じゃねえかと」

「全く、ゴンザレスは慎重だなあ。このきのみに任せなさい。何と言ってもはるか遠くの新大陸まで行った私を!」


 船長きのみはフラットな胸を右の手のひらで軽く叩くと、何気に恥ずかしくなったのかくるりと背中を向け、目の前にある海を見る。

 暗く厚い雲に覆われ、本来の青さを見せることがないそこは、海面が大きくうねり、小型の漁船であればひと飲みしそうな勢いだ。

 だが、きのみに不安はない。

 いつの日だったか。秋のある日、イスパニア(スペイン)のセビリヤからイタリアのナポリまで航海した時だ。

 急に強い風が吹き始め、雨が降り出し、一気に嵐がやって来た。

 当時、今より一回り小さい船に乗っていたきのみ一行は、少しだけ水の入ったカップを振り上げてはテーブルに叩きつけるような地獄の荒波を経験したのだ。

 だが、こうして今も生きている。


「ふ、今は国が一つ買えるくらいの費用で建造したガレオン船にゃ。この程度、大したことないにゃ!」


 思わず口癖が人前で出てしまった船長きのみは、いかにも無謀な航海へと繰り出すのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る