第35話 謝罪
私は自宅で、マチルダさんへの悪阻軽減の薬を仕上げていた。
久しぶりの自宅の仕事部屋で、調剤をしている。
やっぱり居心地がいい。
適度(ウィス的には酷いらしいが)に物が散らばっていた方が、落ち着く。そういうもんよ。
決して片付けられないのではなく、敢えて片付けないだけなのだ。
そう、敢えて だ。うん。そうそう。
「本当に申し訳ない!自分の気持ちを押さえられなくて、いい大人が、本当に……」
不敬罪を覚悟して、自宅に戻ったけど、あれから近衛騎士達が連行しにも、憲兵が自宅を取り囲む訳でもなく、平穏に日々が過ぎていた。
で、今、私の後ろ姿に必死で謝罪しているアダライト殿下が居る。
「すぐには気持ちの整理もつかないんですが、強引に進めることはもうしません。ここ数日考えていました。やはり好きな人には笑っていてもらいたい。それが、自分に対してではなくとも……」
ゴリゴリゴリゴリ。
「一週間後の舞踏会も、参加しなくて大丈夫です。無理強いはしません。仕立てたドレスは貰って下さい。リーリア嬢が、かなりの力作に興奮していましたので。」
ゴリゴリゴリゴリ。
「………勝手な申し出ですが、また友人に戻って頂けないでしょうか?あ!いや、友人ではなくてもいいです!知人程度でも……」
チラッと目線をやると、でかい犬が項垂れてる。ケモ耳はペターっと頭に付き、尻尾はぐだぁと床にへばりついている様。
はぁぁ……
しゃーないなぁ。
「舞踏会にはAランクの蜂蜜酒は出ますか?」
途端、ぱあぁぁぁぁぁ!と殿下の顔色に桃色が差す。
「はい!はい!あります!というか、無ければリタさん専用に出します!!樽ごと置きます!」
いや、さすがに樽は要らないよ。でもまぁ、殿下の必死や誠実さが感じられたから、いいかな。
くるっと殿下の方を向いて、わざと真剣な表情をする。
「それで手を打ちましょう。でも殿下、これっきりですよ。暴走するのは。」
「勿論です!リタさんにご迷惑は掛けません!ありがとうございます!」
ブンブンと握手した手を上下に降って、満面の笑みを放つ。
うぅ、キラキライケメンの全力笑顔は、心臓に悪いわ。
そしてお詫びに と、以前貰った瞬間移動の魔方陣の紙を渡された。
「この間は、段々元気が無くなっていくリタさんを見かねて、ウィスさんに会えるよう魔方陣を用意しました。あの時は、ウィスさんに頼るしかなかったので。悔しかったですが、帰ってきた貴女は一段と輝いていました。その時点で、私は諦めなければならなかったんですよね……」
寂しそうな笑顔を浮かべた。
「あ、そんな顔しないで下さい。踏ん切りをつけますので。大丈夫です。」
「私が言うのも、何か違うかもしれないんですが……。殿下にも暖かい存在になってくれる人が、出来ます様に。」
「ありがとうございます。」
「こちらこそ。」
「あ!そうだ、忘れるところでした。宮殿の仕事部屋に置いてある材料や、道具をお渡ししたいのですが、動かしたり、触ってもいいものか判断に困ったので、リタさんの時間がある時に、宮殿にいらしていただけませんか?」
おぉ!希少な材料を置いてきたんだった!あれがあれば、作れる薬の幅や種類が増える!マチルダさんへの薬も、効果が高まるのが作れる!
「殿下!ありがとうございます!今すぐ行きましょう!さぁ!早く!」
ぽかんとしている殿下を引きずるように、自宅を出る。
家の前には、大きな馬車は停められないので、少し離れた広場に停めてある馬車に向かう。
勿論、王家の紋章が入っていると、えらい騒ぎになるので、外見はオーソドックスな馬車だったけど、乗り心地はさすが。
あー寝てしまうわ、これ。
適度な揺れに、最近の寝不足もあり、直ぐ様夢の中へ。
そんな私を、殿下は微笑みながら、少しの寂しさも入った顔で見ていた。
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